5 ざんねんな男
「リリー、バラ園がいま見頃らしいよ。散歩に行かないか?」
そう言って金髪の青年は微笑んだ。丁寧に令嬢の手をとりその指先にキスを落とす動作までなめらかにこなす。デートの誘いとしては上出来であると言えよう。涼やかなしかし甘さのある碧色の目の青年はその見目の麗しさからも芳しいバラ園での散歩を断られる外見では無かった。
「結婚式なんだけどできるだけ早く……え?だってリリーが私の運命の人だから迷いなんてないよ」
夢見るように告げる青年は麗しい。女性ならその彼の容姿のみならず声の良さにも気づくだろう。耳元で囁かれればなんだかふわふわとした気分にさせられるビロードのような声だった。
だが……
問題は……
令嬢が彼の側にいないということであった。
「ほんっとにレオ様は残念ですね。なんでそこまでしないと散歩にも誘えないんですか?」
はぁぁぁーっと深く深くため息を吐きながら黒髪の青年が金髪の青年に近づく。レオと呼ばれた金髪の青年がいるのは彼が与えられた自室であり黒髪の青年は彼の侍従であるヨハンだった。
部屋の中にいるのは二人だけ。
レオの美しさを春の光に例えるならばヨハンは冬の夜のような一見冷たそうな冴え冴えとした美貌である。が、レオに対する砕けた態度のせいか、もし見るものがその場にいたならヨハンの言動には年の割には若干落ち着きの無さを感じただろう。
「そ、そんな事言わなくていいだろう。備えあれば憂いなしというだろう。次にリリーに会えたら散歩に誘うんだ。かっこよく誘いたい!ヨハンだって見ただろう彼女の愛らしさ。油断して他の男にかっさらわれたらどうする?私の運命なのに」
「そうですね。色々すっ飛ばしていきなり抱きついたりするような男があらわれると困りますからね」
「そんな無礼者がいるのか?誰だ?私が叩きのめす」
金髪の青年は目をむきヨハンを見た。
「あなたがしたんですよ。まったく、普通は警備兵につきだされますよ」
やれやれとヨハンは首を振る。
「リリーはそんな子じゃない。私のこと優しく抱きしめ返してくれた。運命だって分かってくれたんだ」
「そうだといいですけど」
「そうだよ。私が言うんだから間違いない!!さぁもう一度練習しなくては。私の運命が待っている!!」
早速もう一度空を見つめて甘い笑顔をつくりだすレオはもうヨハンのことを忘れたかのように振る舞う。彼の目に見えているであろうリリーに向かってバラ園への誘い文句を繰り返す。絵にはなる。非常に奇妙だがレオの美しさは一人芝居をしていても損なわれることはない。
そんなレオの姿を見ながらヨハンは思う。
彼の主の掛け値なしの美貌と貴族の子弟としてふさわしい品格、身にまとった高級な衣類からレオの運命の令嬢は騒ぎを立てるべき相手ではないと判断したんだろう。
十中八九、害のない頭の弱い気の毒な男だと思われたんだと。
そしてそれはあたっていたのだが、それをこの主従が知るのはもう少し先のことだった。