36 思い込みDNA
「うわ!アレク!!」
トリスタンは突然現れたアレクサンダーに驚き椅子を倒した。
「お前は……騒がしいな」
トリスタンをちらりと横目で見てつぶやくアレクサンダーは相変わらず生気のかけらのない表情のままだった。
「いやいやいや。お前が気配を消して来るからだろう!!ほんとやめてくれよ!!心臓に悪い!!」
「殿下どうされました?もうおかえりかと思いましたが」
「一つ聞きたいことがあって、戻ってきた」
たんたんと言葉を紡ぐがアレクサンダーのガラス玉のような目は相変わらず感情をうつさない。
「はい」
リリーが見つめ返してもアレクサンダーがほんとうに彼女を見ているのかリリーは確信が持てなかった。声も抑揚がなく普段のアレクサンダーの声と違い覇気がなく小さいため非常に聞きづらい。
「リリフォリア嬢を弄んだ挙げ句捨てたと聞いたが本当か?」
ポツリとしたつぶやきを拾い上げたリリーは予想外の言葉にあっけにとられた。
「はぁ?」
どうにも雑な返事になってしまったがリリーにはアレクサンダーの意図がまったく読めなかった。
「あれ?初恋を実らせようと頑張ってるんじゃなかったのか?ダミアンがゲス野郎だったのか?利用されたんじゃなくて、逆?」
トリスタンが横で首を傾げるのがリリーの視界の端にうつった。
「アルフォンス・ランズフートは、悲しみに暮れる元婚約者を哀れに思って、助けの手を差し伸べたと聞いた」
「はぁ?」
「アルフォンスが?それならダミアンを殴ったのは鉄拳制裁ってことか?おいおいおい」
トリスタンが横でブツブツ言うのが耳に入りリリーを苛つかせた。ただでさえ聞きづらいアレクサンダーの小さな声がトリスタンの声で邪魔される。若干楽しそうな気配が更にリリーの神経を逆撫でる。
(何を言っているの?)
「君がリリフォリア嬢を捨てたのは若くて可愛いシシィに鞍替えしたからだと」
アレクサンダーの瞳がシシィの名前を口にしたときだけゆらりとした感情をうつした。
だがダミアンことリリーにとっては訳の分からない言いがかりだ、それがどういった感情なのかよく考えることはなかった。
ただただリリーの中に不快がつのっていく。
「はぁ?」
(なんでそこでシシィが出てくるの?)
「二股はよくないなぁ。ダミアンお前シシィ様にアデノフォラ嬢のことを知られたら捨てられちゃうぞ。二兎を追う者は一兎をも得ずっていうだろう?」
(うるさい!トリスタン様うるさい!!なんでシシィと私が……)
リリーは思わずトリスタンを睨みつけた。
「突然複数の令嬢に好意を示されて舞い上がった挙げ句に失敗するってよくある……」
トリスタンが隣でごちゃごちゃいうせいでリリーの思考が邪魔される。どうしたらトリスタンを黙らせることができるのか?
「お、何だ怒ったのか?一般論だからな。一般論」
ヘラリと笑ったトリスタンはあまり悪いとも思っていない顔でそう言った。
「怒った……か?あ、リリフォリア嬢が年増で可愛くないと言っているわけではないんだ。そこは誤解しないでくれ」
ところがなぜかアレクサンダーがずれた論点から弁明をはじめる。
「へ?」
気づけばアレクサンダーのガラス玉のような目にぼんやりとした感情が戻ってきていた。
「すべての女性は華だ。それぞれの美しさ、芳しさがある」
誰を思っているのかアレクサンダーの瞳がうっとりと宙を見る。
「……はい?」
宙を見ていた瞳が焦点をしっかりと結びリリーの瞳を覗き込んだ。
「だがシシィの可愛らしさ、美しさは別格だ。あの黒目がちの少しきつい眼差しに打たれたら恋に落ちない男なんていないだろう?だから怒らないから言ってくれ!!」
「へ?」
「やはり恋をしているの、か?シシィが君を選んだのか?」
「は??????なにをおっしゃっているんでしょう?」
「正直に言ってくれ!!シシィは君を選んだのか?」
「ですからなんのことですか?!」
「シシィは私の妹のような、大事な存在なんだ」
アレクはリリーの肩をつかんで間近から顔を覗き込んだ。
「私はあの子が幸せになってほしいと思っている。心の底からそう願っている」
「ですから、シシィ様の幸せを私も願ってますし邪魔をする気はありません!!」
「シシィを誰よりも愛し幸せにする……君にはその覚悟があるのか?」
リリーの言葉を全く聞かないアレクサンダーの空色の瞳がある人と重なる。
この一直線さ。人の話を聞いたら死ぬとでも思っているかのような思い込みの強さ。
ガクガクと揺すぶられながらリリーは思った。
(クリスティーナ様とそっくり!!)
王太子アレクサンダーの思い込みの激しさは王妃譲りだと確信するリリーだった。




