3 お仕事
さて、父は仕事と言ったがこれは仕事なのだろうか?
豪華な宮殿の一角でリリーはなぜか大きな衝立を前に一人座らされている。
『何も言わず。静かに座っているように』
そう告げた父はリリーを一人残して行ってしまった。暫く経つが誰も現れないし、ひとり静かに座っていると眠くなってくる。こくりこくりと船を漕ぎ出したその時、扉の開かれる音がした。複数の足音が続く。
複数ある足音の中でも一つはドスドスと重たく響くことから最低でも一人は恰幅の良い男性だと推測される。
「ですから今年の辺境での魔物の量は例年より多く農作物に被害が出たのです。税収も昨年の半分以下。魔物退治に必要な物資も足りず辺境伯もお困りで、交渉に出されたのが私なのです」
何だかザラザラとした声の主はどうやら辺境伯からの使いらしい。
「では騎士団を派遣すればよいのか」
若い男性の声が部屋に響く。はっきりとした発声、よく通るけれど高いわけでも低いわけでもない。
(なんだか素敵なお声だわ)
きっとお姿も素敵な方なのではと一瞬リリーの気がそれた。けれどそれもザラザラとした声が答えたことでやりとりへの集中が戻る。
「ですが辺境伯領は隣国ナハバートとの国境沿い。騎士団を派遣することで痛くもない腹を探られ、開戦ということになるのは避けたいとお思いになるのではと」
嘘をついている。リリーにかけられた呪いがこの男が嘘をついているとつげる。
「兵力の増強より物資での援助を辺境伯は希望されているということか?」
「ええ、辺境伯騎士団は優秀ですが魔物退治用の魔道具につかう魔石は消耗品。そちらを大量に支給してほしいと」
魔石は高級品。この男、大量に辺境伯へと持ち込まれる途中で半数以上をかすめ取り私腹を肥やす計画を立てている。
「ふむ。ガンスエッケ伯がそう言うなら国庫から手配すべきなのだろう。宰相に確認をとらせる」
「よろしくお願いいたします。私は用意ができるまで控えの間でお待ちしておりますので。では御前失礼いたします。」
ドスドスと重たく響く足音の主が部屋を出ていったようでドアが開き閉じた音がした。
「さて、と」
コツコツと床をならし声の主がリリーの衝立のそばにやってきた。かすかに香る柑橘系の香りがリリーの鼻孔をくすぐる。
「今の話は本当かな?」
どうやらこれからが本当の仕事らしいとリリーの背がピンと伸びた。先ほどの若い男性の声が少しの緊張を含んでリリーに問う。
「真実なら足を一回。嘘であるなら二回踏み鳴らしてほしい」
リリーはトントンと足踏みをする。
「ふむ。嘘か。ではあの男は辺境伯の使いというのは?」
トン。
「本当の使いだというのか。なんとまぁ辺境伯も焼きが回ったようだな」
衝立の後ろで男性が呆れたといわんばかりに大きなため息をついた。
「君のことを信頼できる人物だと紹介されてはいるが真偽の確認が済むまではこの部屋を出ないように」
また複数の足音が部屋を出ていきドアが閉められた。そのことで衝立の向こうにあった残り香がリリーのところまで届きふわりと彼女を包んだ。
「いい匂い」
(さすがは王宮で働くお方。趣味がいいわね)
一体どういう方だったのか香りの男性を想像する。一人椅子に座るだけの時間が過ぎていったがもう退屈だとは思わなかった。