2 「ひどいわお姉さま!」
伯爵家の父の書斎で婚約者の変更を父から告げられ部屋を出たリリーを待っていたのは元婚約者と妹だった。
気まずそうに目をそらすアルに寄り添うリアが申し訳無さそうな顔をつくる。でもその目が優越感に浸っているのを見逃すリリーではなかった。だてに17年もリアの姉をしていない。
可愛らしい容貌だが思い通りに事を運ぶためには何だってやってのけるのがリアの本性だとリリーは知っている。
血を分けた妹。わがままを通せないと癇癪を起こすのは困ったものだと思っていたがリリーは姉としてリアを普通に愛していた。なので今までお気に入りのドレスやお菓子なら一つため息を吐いて譲ってきたリリーだがこの日は違った。
一つ大きなため息を吐くと二人に向かってにっこりと微笑んだ。大輪の薔薇を思わせる色香にアルが息を呑む。
「アル様は私でもリアでもどちらでもいいのね。アデノフォラの家を継ぐ娘なら」
愛らしい唇から紡がれる言葉はなぜか無機質に響いた。怒りも悲しみもなくただ真実をのべているかのように彼女の表情に変化はない。
「ひどいわお姉さま!私が羨ましいからってそんな嘘をいうなんて、アル様に謝ってください!」
リリーの言葉にリアが金切り声をあげてくってかかる。姉が自分を羨ましく思うと決めつけているその態度にリリーは苦笑いをこぼした。
「わかったわ。謝りましょう。ごめんなさい、アル様、リアのお腹の子供はアル様の子供ではないのです」
「なんだって!」
白目をむいてアルが驚く。
「ひどいわお姉さま!またそんな嘘を!アル様、私の初めてはあなたです!」
「残念ながらアル様は5人目です。初めては庭師の息子のマリオですね。それから家庭教師、マリオの兄、マリオの兄の友人と続きます」
「ひどいわお姉さま!なんで、そんなこと・・・・」
「誰の子供かわからないけれど家庭教師以外は貴族ではなく、家庭教師はリアが贅沢をできる家格ではないので私を廃嫡してアル様を婿に迎えたい。という考えのようです。勉強が苦手なリアにしては精一杯考えた計画ね。よく頑張ったわね」
本当に感心したというように褒めるリリーをリアが真っ青な顔で見つめている。
「本当なのかリア?」
「ひどいわお姉さま!違うわよ!!お姉さまのでっちあげよ!!私はアル様をおしたいしてます!!」
「残念ながらリアが好きなのはリアだけ。どの男のことも大して好きではなかったようです。良かったですわね、アル様。みんな平等に好き、とも言えますわ」
アルが握った拳がぶるぶると震えだす。ギロリとリアをにらみつけると足音も荒くその場を去っていった。
「殴られなくてよかったわね。流石に妊婦を殴るような男は義弟と呼びたくないもの」
「今の話は本当なのか?」
厚いドアでも流石に騒ぎを隠すことは出来なかったらしく二人の父であるアデノフォラ伯爵が青ざめた顔でリアを見つめていた。
「本当ですわ、お父様。わたし、本当のことしか言えない呪いをかけられましたの」
「呪い?」
「嘘をつかれると真実がわかり、真実しか話せなくなる呪いです」
「それは・・・・どうりで返事が短かったわけだ」
この2年の出来事を思い返しているのか伯爵は視線を左に向けながらうなずいた。宰相の補佐をする伯爵は頭脳明晰で記憶力が良い。娘とのやり取りを思い返してリリーを信じることにしたようだった。
「そうです。お父様にはご迷惑をおかけしました。余計なことを言って人を傷つけたくなかったのです。ですから質問に是か非かでこたえるのが精一杯で。これは私を園遊会から連れ去った妖精のいたずらです。呪いを解くためには妖精が満足するまで嘘を暴かなければならないのでこれからもしばらくはご迷惑をおかけします」
「ひどいわお姉さま。迷惑なんて程度ではないわよ!!」
泣きそうになりながらもリアが食って掛かる。
「妖精はちょっとしたお楽しみだよ。と言っていました。人間にとってはいい迷惑ですが妖精とはそういうものなので妖精が満足するまでこの呪いは解けません。ですので私が貴族としての社交をこなすことは不可能です。嘘や秘密を暴き立てることで要らぬ敵をつくりだすことでしょう。ご迷惑をおかけするよりは修道院へ行かせていただきたいのです。リアに婿を取らせるか、養子を取ることをおすすめします」
そう落ち着いて述べるリリーを見つめた後、伯爵はニヤリと笑った。強面なので一挙に悪人面になる。
「嘘をつけないから夫を持てないとお前は言っているんだな」
「本当のことを告げると大抵の人は嫌な気持ちになるものですから」
「ではお前にぴったりの仕事があるのだが、受けてみるか?」
「はい?」
父を見つめるリリーとリリーを見つめる父。
その横で『ひどいわお姉さま!!』とリアが叫んでいたが二人はもう彼女を見ることはなかった。
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