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裏話 伏兵

 雨谷に脅迫まがいの約束を押し付けてから翌日。小見原が謎の緊張感と共に登校してみると、雨谷は昨日の出来事なんて無かったかのように目を合わせてきた。あんなことがあればすぐにでも目を逸らしたり怯えたりしそうなものなのに、図太いというか、ズレている人だ。


 雨谷の普通すぎる反応に若干の不満を感じつつも、小見原も普段通りに過ごすことにした。


 昨日の放課後に雨谷と面と向かって話してみて、分かったことがある。彼は何も考えずに毎日を生きてきたマイペース人間だった。人の話は聞いていないし、上の空だし、図書館の場所まで分からないと言い出した時にはもう、小見原は頭の血管が千切れそうであった。

 世の中にこんなに愚鈍でのろまな人間がいるとは思わなかった。しかも、小見原が曲を作れと言った瞬間、雨谷は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な態度で怯えることすらしなくなった。それが余計に、むきになっている自分を惨めな気持ちにさせた。


 頭では分かっているのだ。脅してまで憧れのYUIIの曲を手に入れたって、決して自分のためにはならないことぐらい。雨谷が本物のYUIIであろうとなかろうと、小見原は自分の鬱憤を晴らすために、彼の音楽を貶したのだ。その果てに作られた曲なんて、本当に求めていたものと大きくかけ離れたものになるに決まってる。


 そんな風に落ち込んでみても、小見原は心の奥底でひっそり期待している自分にも気づいていた。一晩を経て冷静になったおかげで、YUIIに会うことを夢見ていた積年の思いと、雨谷への失望とが今もせめぎ合っている。


 一時間目、二時間目と授業があっという間に終わっていく。YUIIが前の席に座っているのに授業に身が入るわけがない。小見原は彼の背中をじっと見たまま考え事に耽って、気がついたら十分休憩という不思議な現象に何度も驚かされる羽目になった。


 結局、ノートは白紙のまま昼休みを迎えてしまった。五時限目は体育なので、小見原は他の女子たちと一緒に更衣室へ向かった。


 クラスの女子とはできるだけ中立で、敵対しないように立ち振る舞う。別のグループの女子から声を掛けられても笑顔で、相手が欲する回答をしながら自分の意見をそれとなく混ぜておく。中学の時から小見原がずっと行っている処世術だ。


 自分たちと少しでも違う人間がいると、途端にいじめが始まる。小見原はその歪んだ痛みを身をもって知っていた。

 人が嫌がることを進んでやるなんて最低、といじめっ子を罵っておいて、それを雨谷にも強いているのは皮肉だと思う。しかも自分がそんな風にいじめっ子に反論できたのは、他ならぬYUIIの曲に励まされたからなのに。


 本当に性格が悪い。


 小見原は手早くジャージに着替えると、のろのろと雑談をしながらまだ服を脱いでいる女子たちの間を抜けて、更衣室の外で幼馴染の秋葉が出てくるのを待った。


「唯ー、お待たせ」


 笑顔で出てきた秋葉は、まだ肌寒い季節だというのに長袖のジャージを捲りながら出てきた。


 二人きりの時は”唯”と呼んでくる幼馴染の秋葉は、小見原が幼いころからYUIIに惚れ込んでいることを知っている。大好きな作曲者と同じ名前であることに小見原は誇りも持っていたが、だからこそ、名前を日常的に呼ばれるのが嫌だと前に秋葉に行ったことがある。

 秋葉はそれを聞いてからずっと、学校で二人きり、という短くて特別な時間だけ名前で呼んでくれる。些細な特別感はいつだって小見原の自己嫌悪から救ってくれた。


 そして他の女子が更衣室からぞろぞろ出てくると、秋葉は小見原に対する態度までころりと変えて、優等生っぽく振舞うのだ。


「じゃ、教室にもどろっか」


 人前では少しボーイッシュに振舞う秋葉の姿も、小見原は好きだった。幼馴染だから特別扱いしているのかもしれないが、そんな些細なおままごとのおかげで、小見原はちゃんと愛想笑いが出来るのだ。全く気が合わない女子に媚を売るのは精神的にキツいから。


 グループで浮かないように他の女子生徒と一緒に教室に入る。小見原は比較的仲の良い友人たちと手を振って別れると、自分の席から弁当を持ってこようとした。


 当然、自分の席の前にいる雨谷の姿が目に入る。その時やっと雨谷がじっとこちらを見ていることに気がついた。思わず視線を逸らして、急いで鞄から弁当を引っこ抜く。去り際に雨谷の方をもう一度見ると、至近距離で目と目が合った。


「何見てんの、キモ」

「……酷くない?」


 言ってしまった! と小見原は自己嫌悪で顔をしかめた。冷静になって、昨日彼に酷いことをしたと自覚しても、すぐにこうだ。いつも雨谷には辛辣な言葉が咄嗟に出てしまう。


 謝ったほうがいいのに言葉が出ずに視線をさまよわせると、雨谷の手元でチカチカと光るスマホ画面に気づいた。


――明日までに考えておくから! 逃げないでよ!


 あ。


 自分で言っておいてすっかり忘れていた。いや、鞄の中にはしっかりと要望を書き連ねたルーズリーフがファイルに入れられているから、約束自体を忘れたわけではない。しかし雨谷がこちらを見る理由がそれであると、全く思い至らなかったのだ。


 夏休みに入る前まで、という期限が付いているから雨谷としては今すぐにでも欲しいのかもしれない。だが小見原はここでそれを渡すのはどうしてもいやだった。ルーズリーフには久しぶりにYUIIへ出すものだからと、びっしりと文字が書かれているし、それを周りに見られるのも恥ずかしいし、ここで書き直せと言われるのはもっと心に来る。


 だから小見原は必死に言い訳を吐くしかなかった。


「あ、あの約束もうちょっと待ってなさい! 別に忘れてたわけじゃないから! ホントだから!」


 急いで荷物を抱えて友人と合流する。何やら教室の方が騒がしくなったが、小見原は秋葉にまた後で、と断ってから他の友人と一緒に教室を脱出した。


「お、小見原さん!?」


 初めて聞く雨谷の大きな声に心臓が飛び跳ねる。振り向きたいがまた悪態をつくかもしれないし、そうなると友人の前で取り繕っている愛想笑いが剥がれてしまう。


 悪いと思いつつも、小見原は聞こえないふりをして友人の話に耳を傾けた。


 …


 ……


 ………


 昼休みが終わり、体育の授業が始まった。小学校中学校、そして高校でも初回から数回目の体育の授業は大体同じだ。県民体操を覚えるか、レクリエーションの一環としてクラスメイトとチーム分けしてゲームをするかだ。


 今回は後者で、ゲームを始める前に体育の授業で恒例の二人ペアを組んで練習をすることになった。


「ちーちゃん、あっちでやろー」

「いいよー」


 小見原はすぐに秋葉に声を掛け、ボールを片手に体育館の隅の方へ移動した。周囲の女子が遠くなったタイミングで、秋葉は幼馴染の顔になってこそっと聞いてくる。


「今更だけど他の友達はいいの?」

「いいじゃん。ずっと別の子といると疲れるし」


 後半のセリフを小声で付け足して、小見原は幼馴染に甘えるように笑った。ここ一週間、秋葉と幼馴染らしいやり取りができなかったので、偶にはこういうタイミングで息抜きがしたかったのだ。

 秋葉は仕方ないという風に笑って肩をすくめると、小見原から距離を取ってゆったりと構えた。


「いつでもいいよー」

「じゃあいくよー」


 やりすぎなぐらいのぶりっ子な声で言いながら、小見原は秋葉へボールを投げた。小見原は毎日運動しているし、秋葉も剣道部をやっているのでどちらも運動が下手ではない。緩急をつけたパスを繰り返すのはあくびが出るほど余裕で、たまにふざけてあらぬ方向に投げて遊ばなければやってられないものだった。


「ねぇ小見原さん。雨谷君のこと好きなの?」

「っな、なに言ってんのいきなり!」


 つい強めのボールを投げてしまったが、秋葉は涼しい顔でそれをキャッチして高く放ってきた。


「昼休みの小見原さんの態度って、どう見ても雨谷君意識してるでしょ。あんなに素で反応してる小見原さん学校では見ないし」

「それは、不意打ちだったからよ。好きとかじゃない、絶対!」

「ホントー? 小見原さんは素直じゃないからねー」

「うっさいうっさい!」


 昼間のあの態度は、小見原のクラスの印象を少し変える程度でどうってことないが、秋葉のように不埒な考えをされるのはかなり嫌だ。


「私全然、あいつに興味なんてないから! 変な勘繰りしないでよ!?」

「はいはい。大声出さない」


 全く分かっていなそうな秋葉に文句を言おうとしたところで教師が笛を鳴らした。


「五分経ったから、互いの立ってる場所入れ替えてやって!」


 まだ続きそうな暇な時間に小見原はつい、うげっと顔を歪めた。それを真正面で見た秋葉は軽く吹き出しつつ、場所を変えるためにこちらに歩いてくる。それも、わざとのろのろとした動きで。秋葉もこの暇な時間に飽き飽きしているらしい。


 小見原も適当にボールをドリブルしながら場所を変えて、さあ投げよう、と構えを取った途端、体育館の中央から怒鳴り声が聞こえてきた。


「あーまーがーいー! てぇめぇ! 小見原さんだけじゃなく他の女子にも手ェ出してんのか!?」

「違う、違う!」


 唐突に聞こえてきた雨谷の声に思わず動きが止まる。また山本が喧嘩を始めているらしい。中学の時も散々問題を起こしてばかりだった山本のことは、はっきり言って小見原は嫌いだった。


 中途半端な体制のまま小見原がそちらを見ると、ちょうど山本が寅田に吹き飛ばされているところだった。中学校でも散々見た山本のきりもみ回転で周囲から悲鳴が上がる。小見原は山本を尻目に、話題に出ていた雨谷とペアの女子とやらを探した。


 相手はすぐに見つかった。クラスでも冴えない部類に入る眼鏡を掛けた女の子だ。


 春風という名前のその子は、いつも一人で本を読んでいるイメージがある、典型的な内気な子だ。そんな子が男子生徒とペアを組めたのが意外だと思うが、その相手が雨谷となれば妥当だとも思う。二人とも一人で教室にいる場面をよく見かけるし、そういう意味では気が合いそうだ。


 だから春風に苛立ちはない。ただ、山本に対して萎縮してばっかりの雨谷の背中は気に入らなかった。雨谷は話しかければ愚鈍さが目立つが、普通に会話だってできるし弱くもない。だから山本に対してあそこまで怖がる必要なんてどこにもない。


 高圧的な態度の山本は昔から嫌いだが、やられっぱなしの雨谷はもっと嫌いだった。


 そして、言い返そうともしないでペアを組んだ女子のもとへ戻っていく雨谷に、ついに我慢がきかなくなった。


 たんっ。


 気づけばボールは小見原の手元を離れて、雨谷の後頭部に当たっていた。ボールはそれほど強くなかったらしく、雨谷はふらつくことなくこちらを振り返った。


 ボールを投げたのが小見原だと気づくと、雨谷は慌ててボールを拾って投げ返してきた。かなり距離があったのに、雨谷は片手でワンバウンドもさせなかった。

 小見原は受け取ろうと腕を伸ばしたが、自分のしたことに呆然としていたせいで反応が遅れた。ボールは目の前に落ちて大きくバウンドし、小見原を飛び越えて転がっていく。徐々に勢いをなくして壁に跳ね返ったボールを見下ろしていると、横から腕が伸びてボールが拾われた。


「小見原さん、大丈夫?」

「あ、うん」


 拾ってくれた秋葉からボールを受け取って上の空で返事をする。


 自分があんな子供じみた行動をするなんて思ってもみなかった。しかも抱いた感情がなんなのか、理解できていなかった。


 雨谷の方へもう一度目を向けると、彼は春風の方へとぼとぼと戻っていくところだった。少しだけ俯いた彼の横顔は悲しそうで、小見原は虚しくため息をつくことしかできない。


 ――なに、あの迷子みたいな情けない顔。


 チクリと胸が痛んだが、小見原は気を紛らわせるように勢いよく秋葉の方へ振り返った。


 だがその直後、雨谷がとんでもないことを言い出した。


「春風って優しいね」

「へ、へぇ!?」

「声も綺麗だと思う」

「はひゅう……!」


 突然の口説き文句に春風が背筋をまっすぐ伸ばしたまま後ろに倒れた。すぐに先生が駆けつけて山本がまた大暴走を始めたが、小見原はそれどころじゃなかった。


 男相手には文句も言えないのに、女の子にはそんな気軽に口説けるわけ。


「そう……そんな奴なの、アンタってやつはどこまで落ちぶれれば気が済むの!」

「唯ちょっと、貴方までどうしたの!? 暴れないで!?」


 ボディブローを決めるべく走り出したのに秋葉に羽交い絞めにされ、冷静になってしまったあとは結局一発も雨谷を殴ることはできなかった。


 …


 ……


 ………


「小見原さん、ちょっといいかな」


 放課後、これから雨谷と二人きりにならないといけないのに、秋葉に声を掛けられてしまった。

 幼馴染のお願いを無下にするわけにもいかず、小見原はちらりと雨谷の方を確認した。雨谷の方はまた山本に絡まれているらしいが、本気で嫌がる態度をしているのですぐに解放されるだろう。山本はああ見えて、意外と他人を尊重する。喧嘩っ早いことはかなりの欠点だが。


 ともかく雨谷が席を離れそうにないことに安心して、小見原は秋葉に連れられて教室を出た。

 下校するために降りてくる上級生を避けながら階段を上がり、二階の渡り廊下を抜けて音楽室がある三階へ移動する。その辺りには、吹奏楽部や美術部が楽しそうにふざけながら廊下を歩いていて、さらに奥の書道部の部屋を通り過ぎると急に静かになった。


 膜一つ隔てたように喧騒がくぐもってもなお、秋葉は足を止めることなく、屋上に続く階段を上り始めた。ここまでくるともう他の人間の姿はなく、完全に二人っきりだ。


「どうしたのちーちゃん。こんなところまで」


 ようやく壁に寄りかかって進むことをやめた秋葉に問いかけてみると、彼女は幼馴染の顔で目を細めた。


「雨谷君のことで話したいと思って」

「……なんでまたあいつ? 本当に、あいつとは変な関係じゃないから」

「でも仲良くしたいんじゃないの?」


 秋葉の真っすぐとした指摘に小見原は上手い誤魔化しの言葉が見つからなかった。仲良くしたいなんて微塵も考えていない。雨谷とはただ曲を作ってもらうだけ。彼がYUIIであると証明するために関わっているだけだ。


 小見原の中では十中八九彼がYUIIであると確信しているが、曲を作るまで証拠がないままだ。だから完成するまで待っている。


 ……証明する必要はもうないなんて、自分でも分かりきっているのに。


「ごめんね、そんな顔させたかったわけじゃないのに」


 秋葉にそう言われて、やっと自分がずっと黙り込んだままだったと気づいた。


 階段の踊り場の窓から夕暮れが差し込んできて秋葉の顔を照らし出す。放課後に雨谷に初めて声を掛けた時とよく似ている景色だったが、あの時ほどの情緒は感じられなかった。


「唯のこと、昔からずっと見てたからなんとなく思うんだけど、やっぱり雨谷君のこと大切に思いたいんじゃないの?」

「……どうかなぁ」


 意地を張るのをやめて、小見原は視線を自分の足元に落とした。まだ新しい上履きには名前が書かれていない。周りが書いていないから、高校とはそういうものなのだと思って小見原は書こうとも思わなかった。


 周りに合わせすぎたせいで、自分の感情をあまり大切にしてこなかったせいだろう、今では自分のことが一番分からない。


 小見原はぐっと肩をほぐした後、ため息交じりに言ってみた。


「ねえ、ちーちゃんには前に私の憧れの人のこと話したよね」

「うん。YUIIって名前の曲作ってる人だよね」

「その人ね……雨谷なんだ」

「……え?」

「本人に聞いてみたら本当にそんな感じの反応だったし、曲を作ってって言ったら頷いてくれた。じゃないとアンタのことバラすって、ほとんど脅しだったけどね」


 ぽつぽつと自分の悪いところを隠しもせずに、小見原はYUIIに対する思いと、雨谷のことを話した。YUIIを有名にしたいから、ずっと歌を練習してきた。歌手になってYUIIに曲を作ってもらって、彼の音楽の世界をたくさんの人に広めたい。その表現の手助けになれるようにここまで来たのだ。

 どこで間違えてしまったのか、小見原はYUIIのためではなく、自分のために歌うようになり、自分のためにYUIIを巻き込んでしまった。今雨谷に強いていることは結局、自分のやりきれない感情を持て余して、八つ当たりしただけだ。


「今更仲良くなんてできるわけないじゃない」


 最後にそう絞り出すと、右目から一筋の涙が溢れた。本当に自分でも性格が悪いと思う。因果応報だ。


 雨谷がYUIIだとしたら、どうするつもりだったんだろう。またAkatukiとして曲を作ってもらう? ずっと会いたかったと、脅迫した後に伝える? できるわけがない。もうYUIIにどうして欲しいのか、小見原はすでに分からなくなっていた。


 これ以上涙を出さないように歯を食いしばっていると、秋葉に頭を抱き寄せられた。胸元に顔をうずめると馴染みのある洗剤の香りがして、また涙腺が緩みそうになる。リボンを避けるように撫でてくる秋葉の手の平が、余計に小見原の感情を揺さぶった。


「頭撫でないで」

「そんな顔で雨谷君に会いに行くの?」

「………」


 小見原は自分から秋葉に抱き着くと、声を殺して泣き出した。秋葉は子供をあやすようにとんとんと背中を叩いて、耳元で優しく忠告してくる。


「仲良くしたいならすればいいじゃん。雨谷君と話してみたけど、脅しのことなんて、あんまり気にしてないみたいだったし、普通に優しそうな人だったよ」

「そんなの分かってる……」

「じゃあ優しくしてあげな。ちょっとだけ素直になってもいいし。雨谷君は中学校の奴らと違うから、どんな小見原でも受け入れてくれるかもよ?」

「……無責任」

「ふふ、こういう時の助言、外れたことないでしょ? 私ぐらいなら信じてみなって」


 秋葉は幼いころから、どんな時でも小見原の味方でいてくれた。クラスメイトから容姿を妬まれ、いじめられた時も守ってくれたし、まだ処世術に慣れていない小見原をずっとフォローしてくれた。


 そんな彼女が言ってくれるのなら、と小見原はかなり小さく首肯した。


 小見原は秋葉から身を引きはがすと、まだ濡れた目元をハンカチでとんとんと抑えてた。


「どう、目、腫れてない?」

「腫れてない。いつも通りの小見原さんだよ。ほら、行ってきな」

「うん……ありがと、ちーちゃん」


 精一杯の笑顔を浮かべて、小見原は秋葉に手を振りながら廊下を駆けだした。


 その後ろ姿を見守りつつ、秋葉がぼそりと小さな声でつぶやいた。


「嫉妬しちゃうな。あんな顔させるなんて」


 結局雨谷は小見原を泣かせやがったが、これはチャラにしてやる、と秋葉はほくそ笑む。恋する乙女に、あんなヘタレた男がどうこうできるわけがないから。

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