(6)嫉妬の鬼
月曜日の朝。
雨谷が教室に入ると、先週よりもこの時間帯にいる生徒の数が少なくなっている気がした。やはり入学したての数日間はみんな早めに登校していたらしく、これからだんだんと、遅刻魔やギリギリ登校の生徒が増えていくのだろう。
そう思いながら窓際の自分の席に行こうとする途中で、雨谷は小見原を見つけた。彼女は扉付近の席に座って、じっとこちらを見つめていた。周りには取り巻きの女子生徒も見当たらず、まるで雨谷が来るのを待っていたようにも見える。
「お、はよう」
ひとまず挨拶を返してみて、すぐに後悔した。
小見原とのこれまでのやりとりは、全てクラスメイトの目を避けて行われてきた。他の生徒がいる教室で言葉を交わしても、きっと小見原は返事もしてくれないだろう。
そう思って、雨谷は俯きがちに小見原の前を横切ろうとした。
「おはよ」
そっけないが、はっきり返事が聞こえた。
雨谷は思わずがばりと顔を上げて小見原を凝視する。
小見原はそんな雨谷の反応に驚いていたが、すぐに眉間に皺を寄せてふんぞり返った。
「なによ」
「意外だと思って」
「なんで」
「小見原さんってほら、人の目気にして僕に話しかける節があるから」
「アンタのためだし。てうかその言い方だと私がアンタと話してるとこ見られたくないみたいじゃん」
「そうじゃないの?」
きょとんとして尋ねると、不機嫌そうだった小見原の顔が一気に憤怒の形相になった。
「私がそんな軽薄な人間だと思ってたの!?」
「え、なんかごめん」
「思ってたのね!? しかも悪いと思ってないでしょ!」
「う、ん? うん」
「このぉ! 言わせておけば!」
悪役のような台詞を吐きながら小見原が椅子を蹴倒すと、雨谷の後ろから地を這うような恐ろしい声が轟いた。
「あーまーがーいいいいいい!!」
小見原の怒りに満ちた表情が一瞬で驚愕に変わる。と同時に、雨谷の首元に太い腕が回された。
「え!? うわ、わああああ!? ギブギブギブ! 首締まってる!」
チョークスリーパーを決められて雨谷が必死に腕を叩くが、首を締め上げる力が逆に増した。こんな暴挙に走る男あんて、このゴリラパワーからして絶対に山本だ。
山本は雨谷の首をさらに締め上げながら泣き叫んだ。
「お前なんなん!? なんなんだよぉ! 中学一緒だった俺よりなんで小見原さんと仲良くなってんだぁ!」
「ご、誤解……しぬ……」
腕を叩く力が段々と弱まっていく中、今度は扉の方から鈴の様な可愛らしい声が飛んできた。
「あ、雨谷くん!」
驚いた山本は雨谷ごと振り返った。雨谷も自然とそちらを見て、ぽかんとした間抜け面になった。
「は、春風?」
「お、おはよう……ございます……」
春風は恥ずかしそうに膝をすり合わせながら微笑んだ。今日は珍しく、後ろに流しているだけだったセミロングを二つの三つ編みにして、しかも華やかなリボンまでつけている。
突然垢抜けた同級生、しかも体育の授業以来話してなかった女子の挨拶に、雨谷は固まるしかなかった。
こうしてみると、春風も綺麗な部類に入ると思う。いつもこんな格好で社交的なら、小見原に引けを取らない友人関係が作れそうだ。
しかしなぜ彼女がわざわざ名指しで声をかけてきたのだろう。
もしかして自分に気があるのか?
……いや、ありえないな。
「おはよう春風。三つ編みにしたんだ。似合ってるよ」
とりあえず知り合い程度でも差し支え無さそうな評価を口にする。
途端、背後の山本から灼熱の炎にも似た憎悪を浴びせられた。しかも席に座っていた小見原までが、がたっと大きな音を立てて立ち上がる。
今だけは、小見原の方を切実に見たくなかった。
一方の春風は、雨谷の言葉を聞くなり顔を両手で覆い隠してしまった。
「あぅ、はい……ありがとうございます……」
なぜお礼を言われたんだ?
「あーまーがーいぃぃ!」
意味がわからず首をかしげていると、血涙を流した山本が雨谷を肩に担いで暴れ出した。突然視点が高くなった雨谷は本気でわけが分からず、パニック状態で叫んだ。
「なになになに! 待ってやめろ! 危ないって! なんで僕なの!?」
教室の後ろ側がいくら広いとはいえ、人一人を振り回すのはかなり危ない。登校してきた生徒たちが廊下にまで逃げ出して、山本の友人らしき生徒も必死の形相で遠巻きに手を振っていた。
「マジやめろって山本ぉ!」
「誰か止めて!」
「俺はぁ! 俺はぜってぇお前を許さんぞおおおおおお!」
「まぁまぁ、山本は悪い奴じゃないから」
「言ってる場合か寅田ぁ!」
山本の憎しみに溢れる怒号の意味を知る暇もなく、雨谷はただ振り回されることしかできなかった。その後はクラスメイトが全員登校してきて、男たちでどうにか取り押さえるまで大乱闘は止まらなかった。
…
……
………
「おう雨谷。自分の飯持って中庭に来い」
昼休みに入り教師がいなくなった途端、山本が風呂敷に包まれた弁当を片手に脅してきた。雨谷は鞄から取り出したばかりのスマホとメロンパンを持ったまま、頭の中に大量の疑問符を浮かべることになった。
うちの高校はちょっと特殊で、一号館と二号館の間に立派な中庭がある。わざわざ外部から庭師を雇うほどの気合いの入れようで、中庭見たさにこの高校に入学してきた生徒も少なくない。
かくいう雨谷も中庭に興味を惹かれて入学したのだが、持ち前の記憶力の悪さと方向音痴で、入学式以来そこへ足を運んだことがなかった。
さらに言えば、まさかこんな形で、また中庭に来ることになるとは思ってもみなかった。
中庭は教室二つ分の広さがあり、内部にはいくつかベンチが置いてある。ベンチ付近のバラのアーチは上級生の間では人気スポットのようで、仲良く団欒する先輩たちの姿がちらほらと見えた。
そしてその中に交じって、雨谷は山本とその友人、寅田に囲まれて昼食を取っていた。
圧倒的場違い。一年生を示す赤いネクタイを引き抜いて鞄に突っ込みたい。
「おい雨谷、まさか昼飯それだけかよぉ」
隣のベンチに座ってガンをつけてくる山本に震えながら、雨谷はメロンパンをぎゅっと握りしめた。
本当に、どうしてこうなった。春風の三つ編みを褒めたからか? それとも小見原に朝の挨拶をしたからか? どちらも人として当たり前のことをしただけな気がする。だが山本にはそれすらも気に食わなかったのか?
色々な思いが頭の中を巡るが、答えが出るはずもなく。
雨谷が震えながらメロンパンの縁を小さく齧っていると、横からぽんぽんと優しく背中を叩く手があった。
寅田だ。
「まぁまぁ雨谷君。そんなに怯えないで、この機会にゆっくり親睦を深めよう」
「親睦って言っても……」
雨谷は肩を縮こまらせながら山本の方を見た。目があった瞬間に山本の顔が凶悪な笑顔になったので、雨谷はぴっと甲高い悲鳴を上げてぷるぷる首を振った。
「ムリムリムリムリ」
「大丈夫だって。本当に山本は悪い奴じゃないから」
「トラ。ちょっと黙ってろ。こいつとはゆっくり話すことなんかねぇ」
とても友達に向けるような目つきではない山本の態度に、さしもの寅田も引き下がった。完全に孤立無援になった雨谷は、原型のないメロンパンを握りしめてガタガタと震えることしかできない。
山本は雨谷の反応を見て何を思ったか、徐に立ち上がって、ベンチに縫い付けるように壁ドンをした。
「おい雨谷。そろそろはっきりさせてくれよ」
「ひぇ……なにを……」
身を乗り出したせいで影になった山本の顔は、どこぞの犯罪者のように恐ろしい。
雨谷は脳裏にお花畑と川向こうの祖母を連想した。目の前の現実よりよっぽど幸せそうな川の向こうへ渡りかけたところで、山本がおもむろに口を開いた。
「お前と小見原って……付き合ってんの?」
「……は?」
突然凶悪な現実の方が間抜け面を晒したので、雨谷もまた気が抜けた声を出してしまった。山本はそんな雨谷の反応が気に食わなかったらしく、胸倉をつかんでやたら大きな声を出した。
「どうなんだよ!」
「ひぇえ、付き合ってないって!」
「じゃあなんで一緒にいるんだよ」
「それはその……」
正直に答えられず、言い訳も浮かばないで口ごもると寅田が脇から手を出して山本と雨谷を引き離した。
「ほら山本、聞きたいのはそっちじゃないでしょ」
「……そうだったな」
山本は意外にも容易に引き下がって、今度は控えめな調子になった。
「じゃあよぉ、雨谷は小見原さんのこと、す、好きなのかよ?」
頬を薄っすら赤くして目を泳がせる山本は、すっかり恋バナに夢中なツンデレ女子と同じになっていた。雨谷は拍子抜けしたようにメロンパンに埋もれた親指を抜き、冷静に山本のことを観察してみた。
山本は多分小見原のことが好きなのだろう。朝の大乱闘の時も「中学の時から」と言った事を口走っていたので、相当長い間片思いだったのだと想像がつく。
だから、ポッと出の雨谷に小見原を取られてしまったと思って、暴走している状態なのだ。
……小学生か?
雨谷は失礼な考えを咳払いで追いやった後、真面目に考えてから正直に答えることにした。
「小見原さんのことは好きだよ」
「うぐ……それは、恋愛的な意味でってことかぁ……?」
だからこわいって。
「どう、だろ。そこまで深い関係じゃないんだ。でも知り合いとして、一人の人間としてすごく尊敬してる。ひたむきなところとか、はっきりしてるところとか、僕にないもの全部持ってるし」
「んだよ。中途半端じゃねぇか」
山本はあからさまにほっとしたため息をついて、雨谷を壁ドンから解放した。
「つーことはだ、お前よりも俺の方が小見原さんに脈ありってわけだ! んで、雨谷は俺の恋敵じゃねぇ。だろ!」
「う、うん。そうだよ」
頷いた瞬間、がしっと山本に肩を掴まれた。すわ、殴られる、と警戒した雨谷の前で、山本は無邪気な笑顔で何度も頷いた。
「そうだよな! 小見原さんがお前みたいなひょろっちい奴が好きなわけねぇもんな!」
「初対面から思ってたけど、結構失礼だね……?」
「お前ほどじゃねぇよ! 仲良くしようぜ!」
バンバンと容赦なく背中を叩かれてかなり痛い。だが山本の誤解が解けたようで、雨谷もやっと頬を緩めることができた。
するとその横から、こそっと寅田が耳打ちしてくる。
「山本はね、中学の頃に喧嘩ばっかりしてたんだけど、小見原さんにカッコ悪いって言われたらすぐやめるぐらい、彼女が大好きなんだよ。なんで惚れたかは知らないけどさ」
「へぇ、意外と一途なんだ」
「そう。お陰で周りが見えないイノシシなんだよ、マジで困ったやつだけど、悪い奴じゃないだろ?」
「おらぁ雨谷!」
名前を呼ばれて雨谷が肩をはねさせると、山本がずいっと透明な容器に入ったゼリー状のものを差し出してきた。
「メロンパンだけじゃたんぱく質たんねぇぞ! これ食べろ!」
「な、ナニコレ」
「俺特製プロテインゼリーだ! ありがたく食え!」
「うん、ありがとう?」
一応受け取ってみると、山本は心底嬉しそうに拳を天に突き上げた。
「これでお前は俺のもんだ!」
「どういうこと!?」
「友達って意味だよ」
寅田の補足がなければとんでもない語弊を生み出す発言である。雨谷が頬を引きつらせている間にも、山本は人差し指を掲げて恥ずかしげもなく中庭の中心で叫んで見せた。
「明日もここで飯食うぞ! もちろん雨谷もだからな!」
「えぇ……僕もいいの?」
「決まってんだろ! 今日みたいな昼飯持ってきたらぶっとばすからな!」
「ね、山本っていい奴でしょ」
「いい奴……いい奴かな?」
言われてみれば、いい奴と言えなくもない。ただ絶望的なまでに口が悪く、顔も極悪人なだけで、言っている内容をまとめればただの小学生だし。
……いい奴だろうか?
「えっと、寅田は山本のことよく分かってるんだね?」
「そりゃあ中学からの付き合いだからね。小見原とトラ、山本、春風、あと秋葉も一緒の中学出身だよ」
「みんなおんなじ場所受験するなんて奇跡だろ! 運命だろ!」
「うん。凄いねぇ」
会話に乱入した山本を寅田は適当にあしらいながら、雨谷へ話を続けた。
「山本はバカだったけど小見原さんのために猛勉強したんだよ。全教科百点しか取れなかったのに、受験前日までに三百八十点取れるようになって」
「へぇ、小見原さんへの愛が深いなぁ」
「お? なんの話だ?」
「テストの話」
寅田が言うと、山本はうげっと顔を歪めて「こんな時まで勉強の話すんなよ!」と距離をとった。
雨谷はそんな山本を眺めているうちに、近所の小学生を眺めるような穏やかな気持ちで満たされていくことに気づいた。
「なんか山本って憎めないなぁ」
「そうだろ?」
雨谷と寅田は生暖かい目で山本を眺め、それぞれ食べかけのパンに齧り付いた。
…
……
………
空中庭園を囲う柱の裏で、じっと雨谷たちの様子をうかがう人影が一つあった。
お昼のサンドイッチを片手に身をかがめて隠れる姿は、ドラマで張り込みをする刑事のようだ。三つ編みにした髪を揺らしながら、雨谷を睨みつつもくもくとサンドイッチを嚥下している。近くを通りがかった人たちから胡乱な視線を送られてもなお、彼女はそこから動こうとしなかった。
「雨谷君は、小見原さんを恋愛的な意味で、好きではない? じゃあ、他に好きな人とかいるのでしょうか……」
真剣な面持ちでサンドイッチをもう一口齧ったタイミングで、
「盗み聞きなんて良い趣味してるわね。春風さん」
「ひゃ!」
びくっと春風は飛び上がった。ついで、話しかけてきた人を振り返り、可哀想なぐらいに顔を青ざめさせる。
「あ、お、小見原さん!?」
「声がでかい。バレちゃうでしょ」
「あ……」
雨谷たちを見つめていた人物、もとい春風は慌てて柱の陰に隠れなおして、ついでに小見原を陰に引きずり込んだ。別に雨谷に見られても不味いわけではなかったのだが、なんとなく春風は隠れなくてはいけない気がしたのだ。
「小見原さんあの、わ、悪い意味でこんなことしてたわけじゃないんです! これは、じ、事情がありまして!」
「相当な事情がありそうね?」
にっこりと笑う小見原の全身からは、言い知れぬ圧がこれでもかと放たれていた。春風は真正面からそれを感じ取ってしまい、ハムスターのようにぴしりと固まった。
「ほ、ほほほ本当にやましい理由じゃないんです! その、なんといいますか……一緒に、ご飯食べたいなぁって」
「もう一人で食べちゃってるじゃない」
「お腹減っちゃったんです! それに、山本君がいるから、なかなか声を掛けづらくて」
頬を紅潮させながら春風が喋るたびに、三つ編みがぴょんぴょんと飛び跳ねた。
雨谷は髪型にしか気づいていない様子だったが、春風はスカートも少し短くして、普段閉めているはずの襟元のボタンも一つ外していた。今の反応からも察するに、どこからどう見ても春風は恋する乙女だった。
「やっぱり、雨谷目当て?」
「あ、ぅ……」
「なんで? 優しくしてもらったから?」
容赦なく追及してくる小見原に、春風は顔を真っ赤にしながらうつむいた。だが、小見原が真剣な表情で見つめていることに気づき、絞り出すようにこう答えた。
「それも、あります。雨谷くんなら、今の私でも友達になれるんじゃないかって、思って」
言葉を聞いた瞬間、小見原の目元がピクリと震えた。
「……そ。あいつ、友達作る気ないって前に言ってたんだけど」
「そうなんですか!? じゃあ、わたしじゃ無理……?」
始める前から無駄足だったかもと不安になった瞬間、小見原は呆れたように肩をすくめて雨谷の方を指さした。
「よく見てみなさいよ。あそこで笑ってる間抜けな顔なんて、もう友達どうこうなんて難しいこと考えてないわよ」
「言われて見れば……楽しそうです」
庭の植木の合間から見える雨谷は、ありふれた学生同士の戯れに溶け込んでいた。ぼんやりとそれを春風が眺めていると、後ろに立った小見原が小さな声で何かを言った。
「……やっぱやればできるじゃない」
「何か言いましたか、小見原さん」
小見原はそれに答えることなく、いたずらっぽく笑って見せた。
「春風さんもあいつと仲良くしたいなら、今すぐあそこに飛び込んじゃえばいいのに」
「はえ!?」
「勢いで何とかできるものよ。案外みんな優しいし、受け入れてくれるし」
「そ、そうでしょうか」
いきなりの提案に春風は心臓がどくどくと鳴りっぱなしだった。今まで男子ともまともに話したことが無いのに、そんなことをしたらまた気絶してしまいそうだ。しかし小見原はそんな春風の気持ちを分かっていそうな顔で、意地悪く顔を覗きこんでくる。
「なんなら連れて行ってあげる?」
「きょ、今日は無理です! 心の準備が!」
「誘う気はあったのに? アンタ面倒くさいわね」
優しげに笑う小見原を見て、春風はあれっと内心で首を傾げた。春風の中で、小見原という女の子はクラスの中でみんなにチヤホヤされるリーダーのような印象があった。だがこうして話してみると、言葉に刺々しさがあるものの意外と人当たりのよい少女らしい。
春風が今まで出会ってきたカースト上位の女子は、自分の美貌や優秀さを鼻にかけて、底辺にいるような人間に対してあからさまに小馬鹿にする態度を取る人ばかりだった。
だから余計に小見原の、強気な口調の裏に隠された優しさが目に留まった。
気づけば、その優しさに惹かれて春風はこんなことを提案していた。
「小見原さん、ご飯まだ食べてませんか?」
「……え?」
「一緒に、食べたいと思って。わたし、小見原さんとも友達になりたい」
「アンタ、意外と欲張りなのね」
途端に小見原が顔をひきつらせたので、春風はわたわたと手を振って弁明しようとした。
「あの、悪気はなくて」
「いいわよ。でも教室で食べたいわ。ここだと虫が多くて刺されそうだし」
「は、はい!」
春風はすぐに持ってきていた荷物を手にまとめて立ち上がった。そこでふと、なぜ小見原がこんなところにいるのか疑問に思った。
「あ、でも小見原さん、雨谷君に用があったんじゃないですか?」
「いいの。今じゃなくてもいいから」
「そう、なの……?」
「ほら、休み時間終わっちゃうでしょ。私も秋葉待たせてるんだから」
「は、はいぃ!」
まさか他の人と昼食を取るとは思っていなかったので、春風は秋葉の名前に震えあがった。だが、急いでいると言いながらも春風に歩調を合わせてくれる小見原に気づいて、自然と肩から力が抜けた。
「その、よかったです」
「何がよ」
「小見原さんが優しい人で」
「そんなことないわ」
小見原は一度足を止めると、植木に隠れて見えなくなってしまった雨谷の方を振り返った。その時の彼女はとても儚げで、一枚の絵から切り取ったように現実離れして見えた。
「私、すごく性格悪いから」
そう言って笑う小見原は、どことなく虚しそうに見えた。
雨谷 (なんか、凄い悪寒が……)




