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(44)夏休み

「すごい、すごい! 動いてる! かわいい!」

「いい調子だ。このまま動かしてみてくれ!」

「はい!」


 とあるパソコン画面の中で、二等親サイズの可愛らしいキャラクターが動き回っている。マウスポインタを律儀に追いかけ続けるキャラクターは、夏休みに入る前に朝桐がイラストとして書き起こしてくれたものである。

 小見原としては、こんなに早く自分が考えたキャラクターが3Dになって生き生きと動いているだけでも感動ものだった。大げさに言えば、まるでわが子が生まれてきたかのようで涙が出そうだった。


 夢中になって真っ白な世界をキャラクターとともに走り回っていると、小見原の背後で試運転を眺めていた一人の男性が感慨深そうにため息をついた。


「しかし実際に会ってみたら、AkatukiとYUIIってほんっとーに、めっちゃくちゃ若いな!?」

「いやいや、()()()()さんこそまだ若いでしょうに」

「もう三十路手前だぜ? いやぁ高校生ってすごいよなぁ、いるだけでキラキラしてやがる」


 腕を組みながらうんうんと頷くこの男は『よいばゆ』という名前で雨谷と知り合った、いわゆるネットの友人である。彼はつい最近まで会社勤めだったが、深夜まで働かされて趣味の時間が取れないという理由で、急きょフリーランスになった行動力のある人だった。

 ちなみに、よいばゆの本名は幸田陽介という。


「YUII、曲のほうはどうだ?」

「ちゃんとオープニングはできてますよ。小見原さ……Akatukiから事前にストーリーを聞いているので、イメージもばっちりです」

「お、珍しく断言するねぇ。あと、言いにくかったら別に本名で呼び合っていいぜ? もう実際に会っちゃってるわけだし」

「それもそうですね」


 と、会話の途中で玄関のほうからガチャリと音がした。幸田の家に堂々と侵入してきた二人分の足音は、小見原たちがいる部屋にまっすぐ来て勢いよくドアを開けた。


「こんちわーっすよいばゆさん!」


 入ってきたのは、キャラクターのイラストを描いてくれた朝桐と、彼女にがっちり腕をつかまれて連行されてきた阿藤であった。


「な、なんでおれもここに呼ばれてるんだ? なぁ」

「いいから入って! 言うこと聞かないと殴るよ!」

「うっす……」


 朝桐に脅されるようにして入ってきた阿藤は、萎縮しながらもちゃっかり雨谷の隣へ移動していた。


 小見原はパソコンの画面から回転椅子の向きを変えながら、あの変態を受け入れた雨谷になんとも言えない視線を送った。雨谷はそんな小見原の視線に気づいて首を傾げるだけだ。本当に危機管理能力が足りない男である。


「それでどうよ。白雨キユイの方は?」


 不意に幸田が話題をこちらに振ってくる。だが、小見原が答えるより先に、阿藤が鼻息荒く捲し立てた。


「やばいっすよマジ! またアニメのオープニングの企画をもらったらしいっすよ! しかも次は映画のテーマソングも来るかもって、橘監督が言ってました! 向かうところ敵なしっすよ!」

「お前には聞いてないんだよ」


 朝桐がツッコミと一緒に平手をかまし、阿藤は軽く仰け反った。いいぞもっとやれ、と小見原がエールを送っている間に、今度はちゃんと雨谷が答え始めた。


「仕事はたくさん舞い込んできてますね。だけど、せっかくの夏休みだから、少し量を減らしてもらってます。本当は事務所にとってもがんがん働いて欲しいみたいですが、阪口さんと橘監督がうまく仲介してくれて。本当に、二人には頭が上がりませんよ」

「そうか。上手く行ってるようでよかったわ。でもあんまり忙しいんだったら、こっちは同人活動だから無理に顔出さなくていいんだぜ?」


 心配するように幸田が笑うので、私は思わず椅子から立ち上がった。


「いえ! ゲーム制作なんてなかなかできるものじゃないですし、私のシナリオが使われるんだったら、ちゃんとお手伝いしたいです!」

「僕も同じ理由です。だからよいばゆさんは気にしなくていいんですよ」


 小見原としても、久々にゲームのシナリオを考える機会は願ったり叶ったりの話だ。音楽活動も楽しいが、これもこれで大事な趣味に違いないのである。


「二人とも真面目だなぁ」


 幸田は二人を見ながら眩しそうに笑うと、つい、と阿藤の方へ視線を向けた。


「そんで、そこの兄ちゃん。阿藤くんだっけ? 彼は何担当で連れてきたんだ?」

「実況アンド広報担当!」

「なんだそりゃ」


 元気よく答える朝桐に幸田が眉を持ち上げる。そこへ雨谷がすかさず補足説明を入れた。


「実は阿藤はVtuberをやってるんです。名前は確か深窓くらげっていう……」

「わー! わああああああ!」


 阿藤が甲高い悲鳴を上げて雨谷の口を塞ぐが、もうほとんど喋った後である。

 事情を察した幸田は信じられないと言わんばかりに阿藤を凝視すると、天を仰ぎながら悟りを開いた。


「あー……くらげちゃんって男の子だったんだなぁ。まぁ『#猛りくらげ』でうすうす察してはいたが」

「うわあああああ! こんなところにリスナーがいたあああああああああ!」

「リアルでもうるさいなこいつ」

「リスナーからこいつ呼ばわりされてる。ウケるね」

「ウケないで……死にたい……」


 朝桐からも手痛いダメージを食らった阿藤は、ヘナヘナとフローリングの上に溶けてしまった。雨谷はうつ伏せで泣き始めた阿藤の脇を指で突きながら、さらに追い打ちをかけるようなことを口にした。


「そういえば僕の友達の寅田も、くらげちゃんに赤いスパチャ? 投げるぐらいファンだったな。寅田にも真実を言ったほうがいい?」

「言わないで! これ以上リスナーの夢を壊さないであげて!」

「いんや、意外とそういう方面に目覚めるかもしれないぜ? なあくらげちゃん」

「幸田さん!? おれに! 賛同を! 求めないで!?」


 全力で主張する阿藤を散々いじった後、幸田はばっさりと話題を切り替えた。


「じゃあ全員そろったことだし、改めて自己紹介でもするか。俺は幸田陽介だ。雨谷とは結構前から知り合いで、小見原とは昔ゲームでお世話になったことがある」

「ゲーム、っすか?」


 床から起き上がった阿藤が首を傾げると、幸田は細い目を大きく見開いた。


「なんだ知らねぇのか? Akatukiのフリーゲーム『金星と歌姫』。ネットじゃかなり流行ったんだがなぁ」

「き、『金星と歌姫』!? あれ作ったの小見原なのか!?」


 くわっと目を向きながら振り返る阿藤に、小見原は若干の恐怖を感じながら頷いた。その横では雨谷が楽しそうにこう付け加える。


「ちなみに、ここでそれ知らなかったの大地だけだね」

「なんで言ってくれないんだよ!」

「なんとなく?」

「なんとなく!?」


 まだまだ阿藤を弄ろうとする雨谷を見て、小見原はふと思った。実は雨谷も阿藤のストーカー行為を全て許していないのではないか、と。


 水面下の反撃は幸い小見原しか気づいていないようで、幸田はすぐに話題を戻した。


「深窓くらげが広報担当してくれるなら、俺としてもありがてぇ。実はちょうど開発資金が欲しくなってきたとこでよ。一応俺もフリーランスで稼いでいるが、どうせゲームをリリースするんだったら、ちょこっと実入りが欲しいじゃねぇか。手伝ってるお前らにも、せめてお小遣いぐらいは渡したいしな」

「マジっすか」


 阿藤が目を輝かせながら話に食いついてきた。だが声のトーンからして、お金よりも活動の方に関心が向いている様子だった。

 幸田は素直な阿藤の反応に太い笑みを浮かべた。


「ま、実際の資金調達はもう少しゲームが形になってからだがな。一応そういう予定があるってことは、各自頭に入れておいてくれ」


 資金調達だなんて、いかにも組織的活動と言わんばかりだ。小見原は秘密基地を前にした子供のようにワクワクしていた。


「ますます本格始動って感じね」

「おうよ。頼りにしてるぜ? Akatuki先生」


 茶化しの入った幸田の決め台詞に、小見原は不敵な笑みを返した。

 小見原が幸田と実際に対面するのはこれで二度目だが、彼とは今後とも良い共同関係を築けそうだ。幸田は雨谷と昔からの友人らしいが、Akatukiで言えば自分だって負けていない。このゲームをきっかけに、二人でYUIIを上に押し上げるのだって夢じゃない。


 いつか雨谷がYUIIだと知れ渡る時が来る。その日を想像するだけで、小見原は堪らなく走り回りたくなった。


 静かに絆を確かめ合った後、幸田はピンと太い人差し指を立てた。


「んでもって、俺から若いお前らにもう一つ!」

「今度は何ー?」


 朝桐が問いかけながら、ポーズを決める幸田をパシャリと撮影した。ちょっと気の抜けた空気が漂ってしまったが、幸田は意に介さずにイタズラっぽく笑った。


「せっかくの夏休みなのに、こんなおっさんの家に入り浸ってんのもアレだろ? おっさんが車出すから、みんなで行きたいところに連れてってやるよ!」

「マジ!? 車出してくれるんすか!」

「あたし海行きたーい!」

「いいねぇ、海でバーベキューするのもありだな!」


 一瞬で盛り上がる会話に、雨谷がはしゃぎながら挙手をした。


「はい! 他の友達も呼んでいいですか?」

「もちろん! 俺の車は八人乗りだからな!」

「だって! 小見原さん!」


 キラキラと喜びを振りまきながら雨谷が振り返ってくるので、小見原もつられて頬を緩めた。


「じゃあ、ちーちゃんと、山本と寅田も一緒ね!」

「うん! すごいなぁ、僕、こんなに大勢で海に行くの初めてだよ!」

「実は私も」


 中学ではほとんど友達がいなかった昔の自分が知ったら、顎が外れるぐらい驚くかもしれない。友達と海に行くなんて、当時は夢のまた夢だった。それもこれも、全部雨谷に出会ったおかげだ。


 彼とだったら自分はどこまで行けるんだろう。淡い期待と興奮を感じながら、小見原は次々に完成していく海水浴計画に混ざりに行った。

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