第1話 ヴェルト・ワーグナー
「…...ると、…」
寝ぼけている時特有の微睡に身を任せていると不意に雑音が入ってきた。
「……ると、わー…」
また聞こえてきた。
雑音のせいで少しずつ心地よい微睡から抜けていってしまう。
(あー、うるさい…あとちょっとでいいから寝させてくれよ…)
そんなことを考えながらうーん、と唸り硬い机になっている頭の位置を少し直しもう一度眠りに着こうと頭を軽く上げた。
まさにその時だった。
「いい加減に起きろ‼︎ヴェルト・ワーグナー!」
「ベブッ⁉︎」
怒号と共に後頭部に強烈な一撃が叩き込まれ、痛みと驚きで体がビクッ!と跳ね上がり、変な声が出てしまう。
再度眠りにつこうとしていた意識が急速に覚醒へと向かう。
「痛ったぁー‼︎」
下手したら机にめり込みかねないほどの威力(感覚的には)で叩かれ、ヒリヒリと痛む後頭部をさすりながらヴェルトは机から体を起こす。
すると、目の前には……、
鬼の形相で立っている担任の教師(眼鏡をかけた女教師)がいた。
「えーっと、そのー…」
ヴェルトが何というべきか…、と迷っていると、教師(鬼の形相)が深い深いため息を吐きニッコリと笑みを浮かべる。
なんか許された、のか?
そんな風に希望を抱いた次の瞬間、大きく息を吸い込んだ教師が口を開いた。
「痛ったー、じゃないわ‼︎何サラッと授業中に寝てんだこのバカ‼︎」
ブチギレられたヴェルトらこの後授業終了40分後まで説教が続いた。
____________________________________________
「分かったか?ヴェルト、お前ただでさえ実践訓練で魔法科目ろくに点数取れないんだから授業くらいちゃんと受けろよ」
「はいはい」
と雑に返事をするヴェルトに女教師はため息をつく。
「魔力が無いから努力しません、なんていつまでも言ってられないんだから少しは頑張ってみようとしろ。いいな?」
触れられたく無い話題にに触れられたヴェルトは、同じことをやり返してるだけだ、と理解しつつも言い返す。
「先生には多分わかんないですよ。魔力が無いから、その理由だけでこの学園に入るのと同時に家から追い出されたヤツの思いなんて」
そこでヴェルトは少し間を開けた。
そして再度口を開く。
「そうでしょう?俺らと同い年なのに教師やれてる天才のリラ・ライラック先生?」
嫌味っぽく、皮肉めいた言い方でヴェルトは自分でも、最悪の言い方だ。そう理解しながらも言い切ってしまう。
////////////////////////
天才リラ・ライラック、彼女が生まれた家庭は特に裕福というわけでは無い。
一般的、よりかは少し他よりも裕福というに相応しい、ありふれた家族のもとに生まれた。
12歳の頃には算術を完璧にマスターし、学園も何度か飛び級していた。
だが、リラ・ライラックが天才と呼ばれた理由はそこでは無い。
魔力
それが、その力が一般的な貴族たち男爵や子爵達に比べ圧倒的に優っていたのだ。
しかもそれだけでなく、その強大な魔力を完璧に制御する魔力制御能力、回復魔法を含む三属性に適性を持つ希少な人材だ。
その実力は宮廷魔術師見習いになるには充分すぎるほどに。
そんな彼女が何故教師という役割についているのかというと、そこにはこの王立魔導学院が貴族主義国家の象徴たる魔道王朝ウィジアルデにあるという点が一番だろう。
貴族ではないがかなりの才能を持った少女。
国としてはこんな存在をまざまざ放っておくことなど出来ない。
だが、貴族主義として今までこの国を発展させてきた御三家筆頭とする貴族達にとっては当然この少女の存在は好ましくない。
そこで行われたのが、ヴェルトを含むこの魔導学院の落ちこぼれ達が揃っているクラスであるEクラスを一人前にすることを卒業課題と称し、リラに面倒ごとを押し付けてしまおうと言うことである。
貴族側からすれば学園の面汚したる落ちこぼれと気にくわない魔術師、この両者に同時に蓋をすることができたのだから喜ばしい限りだろう。
そして、リラがEクラスの専任教師となり早いもので半年が経った。
本来ならばもうとっくに卒業している時期だったはずなのにヴェルト達Eクラスの存在が足枷となりそれを阻んでいる。
だからこそ、こんな理不尽を押し付けられたリラだからこそ、ヴェルトは自分の辛さを理解してもらえると思っていた。
だから、先程の言葉でそんな思いを裏切られた様に感じていた。
////////////////////////
それは数分の様で数秒だったのかもしれない。
そんな、長い様な短い様な長さの嫌な沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのはリラだった。
彼女は、はぁー、と大きなため息をつくといつも通りに言葉を紡ぐ。
「まあ良い、とりあえずは、な」
何か深みのある言い方をして、リラは別の話題へと話を移す。
「ただし、お前覚えてるだろうな?明日何があるのか」
ヴェルトは何かあったか?と記憶を探るが思い当たるものが何もない。
「悪い分かんない」
「お前なぁ…」
悲しそうな目になりながらも説明するためにリラは口を開く。
「明日は何に一回の『託宣の日』だぞ?流石にここまで行ったんだから思い出すだろ?」
あぁー、と気の抜けた相槌を打ちながらうっすらと思い出した記憶を手繰り寄せる。