第0話 望んだ結末
「…花、崎……?」
崩れ落ちたビル、ひび割れた地面、降り続けてやまない雨、天のその先を目指して上へ上へと舞い上がっていく黒煙。
そして、
―――雲の上から降りてくる大量の、もはや光っているのかと思うほどにただただ真っ白な純白の身体の天使達―――
そんな、非現実的な状況の中に一人の少年と少女がいた。
だが、少女の方は鳩尾のあたりに半径2cm程の大きさの風穴が空き、そこから赤黒く、ドロリとした粘液質な液体を零しながら地面に倒れていた。
……もはや、生きているのが奇跡としか言いようがないほどの状態だった。
少年は恐怖で強ばる身体に無理矢理力を込め、倒れている少女のもとへと一気に駆け出す。
「花崎ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ‼︎」
叫ぶ。
そんなことをしたところでこの残酷な現実は何も、何も変わらないと言うのに。
それでも、叫ぶことで少しでも速くあの少女の…、花崎の元へ辿り着けるかもしれない。
そんな、訳の分からない考えで
しかし、少年が花崎の元に辿り着くことはなかった。
なぜなら、少女のいるあたりの上空3、4mほどの高さで浮いていた一体の天使の掌から摂氏10000度近い超高温の放射熱戦が放たれたからだ。
その一撃には音すら無かった。
一瞬、光の線が見えたと感じた時にはもう全てが終わっていた。
少女がいたハズの場所は、もはや少女の身体だけでなくアスファルトやその先の地面すらもドロドロに溶け落ち、そこには半径2mほどの風穴が空いていた。その深さは底が見えないほどだった。
少年は泣き叫ぶこともできずに立ち止まり、絶句する。
少年の頭の中で声が響く。
嘘だ、幻覚だ、と。
確かに幻覚を見せるような型の天使もいるがアレはその型ではない、直感的に少年はそう感じた。
現状を理解できないまま、少女がいたはずの場所を呆然と見続ける。
しかし、少年の瞳にはもう、ドロドロに溶け落ちた空洞しか映らなかった。
そんな少年の頭上で、
『対象、花崎瑠莉の排除完了。速やかに次の対象の排除に移ります』
ただただ無機質で、ただただ機械的な音声で誰かに報告するかのように何もない空間に告げると、天使は次の対象である少年へと左の掌を向ける。
そして――
そして――
そして――
パタンッ……
という本を閉じる音がした。
そして、それと同時に世界が閉じた。
廃墟のような見た目の周囲の風景が渦を巻くように本の中へと収束していき2秒もかからずにあたりの風景が本来の姿へと戻っていく。
真っ黒で、真っ暗な、光をも飲み込むほどに黒く黒い空間へと
そこは、ある一人の男と、もはや誰も把握できないほど膨大な量の本だけが存在する空間だった。
「これも結局同じ、か……」
少年は途中で進めることをやめた本を近くの本の山の上に置いた。
まるで、最後まで進まなくてもどう終わるのか、どこに至るのかがわかっているかのような言葉をこぼしながら
「観測者……か」
それは男を表す言葉の一つだった。
神殺し、偽神、唯一神、英雄(魔王殺しの、龍王殺しのetc…)等々、他にも数えきれないほどの異名があるが、
最初は、…そう、上坂神也、それがこの男の名前だった。
たった一人の少女を助けるために全てを切り捨て、ついには神々さえもその手にかけたにも関わらず結局その少女を助けられず、新しく『あったかもしれない可能性の世界』を何億、何兆と作り出し、『あったかもしれない可能性の世界』を観測し続ける。
その無限とも言える程に細かく、複雑に枝分かれし、分岐していく世界の中で、ただ一度だけ、ただ一度だけでも良いからあるかもしれない、
『最高の結末』を探し求めて。
男…上坂がスッ…、と自分の30センチほど前の空間へと手を伸ばし、何もない空間でナニかを掴むように右手を動かし、そのまま手前へと引く。
すると、何も無いはずの空間からズルッ!!と1冊の青黒い表紙の本が、新しい『可能性』の本が生まれ上坂の手に収まる。
「これでダメなら、……もう、諦めるか…」
誰もいない空間にポツリとこぼす。
もはや、上坂神也という存在に寿命という概念は無くなっていた。
だからこそ、これまで何度も何度も世界を作り、何百、何千、何万、何億、何兆と失敗し、その上でまた挑むことができた。
そんな上坂にとって『諦める』とは死ぬことではない。
もう何もせず、ただ時間の経過による自我の風化を待つ、ということである。
そんな決意を胸に、上坂神也は、観測者は、神殺しは、偽神は、唯一神、英雄は、
最後の希望を込め、新しい本を開いた。