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第7話 ランドール邸脱出作戦

一話~六話をタイトル内容含めガッツリ変更入れました。大まかな流れは変わっていませんが、ん? と思ったら読み返していただけると嬉しいです。

(む……むむむ……!!)


 ティアナの魔法適性調査から一夜明けた俺は今、とある問題に直面していた。

 この時代に転生して一週間、ずっと悩みに悩み続け、未だ解決の目途が立たない難問。それは……


(飯が……食えない……!!)


 ぬいぐるみの体では食べ物を摂取出来ないという、至極当然の現実である。


「あーん……むふーっ」


 各種具材と特製の米をたっぷりの水で煮込んだリゾットを、とても美味しそうに頬張るティアナを見て、俺は内心で歯を食い縛る。


 いや、分かってる。ティアナは何も悪くない。

 むしろ、これからする魔法の訓練を思えば、栄養あるものを少しでも食べておくべきで、俺はそれを推奨すべき立場だ。いや、推奨せずともティアナはさっきからバクバク食ってるけども。


 だが、それとこれとは別問題。王国で定番の家庭料理を前にして、俺はその味を一ミリたりとも楽しむことが出来ないのだ。なんたる不幸か!!


(くそぅ、犬っころには玩具だと思われるし、ティアナの魔力がなきゃ自力で動けないし、動けても食べ物一つ食べられないなんて……ぬいぐるみの体って不便過ぎる……!)


 食事は日々の楽しみだ。立場上は居候に近い俺がランドール家の飯にありつこうなんて考えがそもそもどうなのかという話だが、今後もずっと楽しめないと言われてしまえばむしろ余計に食への欲求が増してくる。


(いやまだだ、諦めるにはまだ早い……!! そもそもこの世界の物質は全て魔力で構成されてるんだ、料理を魔力分解して味の情報だけどうにか魂に刻みつけられれば、この体でも食事を楽しめる可能性がある……!! こうなったら意地でも完成させるぞ、魔力分解魔法……!!)


「ふー、食べた食べた」


 我ながら、とてつもなくアホな理由で前代未聞の魔法理論を組み上げる決意を固める横で、ティアナは順調に三枚目の皿を積み上げていた。


 いや、朝から食い過ぎでは?


「ごちそうさまでした」


 軽く手を合わせる音が、たった一人だけの部屋に虚しく響く。


 これも冷遇の現れなのか、ティアナは食事の際、自分の部屋で一人で食べている。

 十分過ぎるほどの食事を与えられていることを喜ぶべきか、それだけこの家の人間に距離を置かれているティアナの現状を嘆くべきか、俺には判断がつかない。


「師匠、早速鍛錬しよ!」


 だからせめて、ティアナが寂しくないように、俺は傍にいてやらないとな。

 そんなことを考えていると、ティアナから早速とばかりに鍛錬を催促された。


『気合入ってるな、ティアナ』


「もちろん! だって今日は、本格的に魔法の鍛錬をするんだよね?」


『ああ。外に脱出する目途も立ったからな』


「そっか……! ふふ、外に出るなんて初めてだし、緊張するなぁ」


 翡翠色の瞳を好奇心で輝かせながらさらりと告げられた言葉に、俺は愕然とした。

 ティアナ……外に出ること自体初めてなのか……不憫過ぎるだろ……!!


「師匠、どうかした?」


『何でもない!! ティアナ、魔法学園だろうが何だろうが、俺が絶対連れてってやるからなぁ!!』


「えっ? う、うん、ありがとう?」


 突然ぶち上がった俺のテンションについて来れなかったのか、困惑の声を上げる。

 そんなティアナに『何でもない!!』と答えつつ、早速ティアナ自身の準備を急がせた。


「師匠、こんな服でいいかな?」


『おう、ばっちりだ』


 まずは、外出用の動きやすい服装から。

 何かと目立つ銀色の髪を隠せるフード付きの外套に、ワンポイントのリボンがあしらわれたシャツと、膝上丈のショートパンツ。

 なんでも、母親がまだ存命だった時、体が良くなったらお忍びで外へ出かけようと計画して用意された代物だったそうで、清潔感がありながらも生地の質はそこそこに抑えられ、どうにか良いところの商家の娘くらいに見える装いになっている。


 これなら、町を出歩いてもいきなり貴族子女だと気付くやつはいないだろう。


「それで、脱出するって言ってたけど、どうやって?」


『まあ見てな。《人目に隠れし静かなる闇よ、揺蕩う夢の如き幻となりて、神をも欺く虚偽を示せ。ファントム》』


 ティアナが疑問に答える代わりに、俺は闇属性魔法を発動。ティアナの体を魔力で包み込む。


 やがて魔力も消え、何が起きたかよく分かっていない様子のティアナを姿見の前に移動させると……


「うわっ、私、メイドさんになってる!?」


 そこには、顔も服装も体格さえ、ティアナとは似ても似つかないこの家の使用人が立っていた。

 驚くティアナに、俺は悪戯が成功した子供のように笑みを浮かべる。


『すごいだろ? 闇属性初級魔法《変身ファントム》、発動自体の難易度はそこまで高くないが、どれくらい本物に近付けるかどうかで大きく技量の分かれる魔法だ。ただ、この魔法だと声までは真似できないから、うっかり喋るなよ?』


「へ~! じゃあ、この魔法の効果でみんなの目を誤魔化して外へ向かうんだ?」


『そうだな。後は、屋敷の周りにあるっていう警報用魔法罠(マジックトラップ)だけど……それは俺が上手く解除する。そういうわけで、今のうちに移動するぞ』


「うん!」


 ティアナを促し、外へと向かう。

 実のところこの魔法、外見は偽れても実際の体格まで誤魔化してるわけじゃないから、触れられたらアウトなんだが……たまにすれ違うメイドも仕事の時間だからか、軽く会釈だけしてさっさと歩き去っていくので、特に問題なく屋敷の正門まで辿り着けた。


『よし、後はここの罠を解除するだけだな、ちょっと待ってろよ』


「うん、分かっ……」


「あら? あなた、そんなところで何してるの?」


 いざ、最後の関門である魔法罠に干渉し始めたタイミングで、不意に声をかけられた。

 振り返れば、そこにはメイド長らしき年配の女性の姿。どうやら、黙って外出しようとしたメイドがたまたま目に付いたらしい。


「し、師匠、どうするの……?」


『ティアナは黙ってろ、俺がどうにかする。《風よ、姿なき悪戯妖精となりて、人を惑わす悪を為せ。ピクシーボイス》』


「ねえ、聞こえてる?」


 小声で相談している間に、メイド長が近づいて来る。

 これ以上来られると、流石にバレそうだな。


「だいじょうぶ、です。少し旦那様に、買い出しを、頼まれまして」


 風魔法で疑似的な声を作り出し、メイド長に語り掛ける。

 これで納得してくれ……という願いも虚しく、メイド長は顔を顰めた。


「変ね、私は何も聞いていないけど。旦那様から何か頼まれ事をした時は、まず私に報告を上げるように言ってあるわよね?」


『そんなルールあったのかよ!』


 いやまあ、住み込みで働いてるメイドならそれぞれ仕事を抱えてるだろうし、突発的な頼まれ事をしたなら報告は大事だよな。仕事熱心なことだ。

 ただ、それを今このタイミングで発揮するのは勘弁してくれよ……!


「それで、何を頼まれたの?」


「それ、は……」


 くそっ、どう答える? 適当に誤魔化すにしても、あまり変なこと言ってこれ以上ボロを出すとまずい。


「どうしたの? 早く答えなさ……ひっ!?」


「ワンッ! ワンッ!」


 どうする、と必死に思考を巡らせていると、聞きなれた犬の鳴き声が響いてきた。

 振り向けば、予想通りティアナの愛犬アッシュがこちらに駆け寄り、メイド長らしき女性に吠えかけている。


「ワンッ! ワンッ!」


「もうっ、なんなんですかこの犬は! 全く、これだから……あなた、どこへ行くのか知りませんけど、帰ったらちゃんと報告しなさいね!? 分かりましたか!?」


 それだけ言い捨てると、脱兎の如く駆け出していくメイド長。どうやらあの人、犬は苦手だったらしい。


「ふう、助かったぁ……アッシュ、ありがとね」


「ワンッ!」


 ティアナの言葉を分かっているのかいないのか、嬉しそうに尻尾を振りながら駆け寄って来る犬っころ。

 やれやれ、まさかこいつに助けられるとはな。少しくらいは俺からも労ってやるべきか?

 まあ、今はそれよりも。


『ティアナ、魔法罠が解除出来たぞ。今のうちに外へ出よう』


「あ、うん。ところで、アッシュがずっとついて来て離れないんだけど……どうしよう?」


『あー……まあ、ティアナがいいなら、連れてくか』


「うんっ! えへへ、アッシュと散歩なんて初めて」


 俺にとっては憎たらしい怨敵だけど、ティアナにとっては大事な家族なんだろう。嬉しそうに微笑む表情を見て、俺も細かいことはどうでもよくなってくる。


『さあ、行こうぜ』


 外に出る目的は、あくまで魔法の鍛錬。いい感じに開けた場所を探して、鍛錬して、食事の時間までには戻らないといけないことを考えると、それほど時間的な余裕はない。


 それでも、少しくらいは今この時を楽しんだっていいだろうと、そう思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全改稿お疲れ様です! [一言] この賢者はまた世界の常識サラッと壊そうとする… しかも理由が「飯食いたい」だから責めにくいという…
[良い点] 魔力分解できるようになったら、ある日急にお嬢様の食べる量が一人分増えて不審に思われそうですw
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