第6話 適性検査と特殊魔法
ティアナの淑女らしからぬ趣味は置いておいて、その訓練自体は非常に順調に行うことが出来た。その理由は、やっぱり彼女に積極的に関わろうとする家人が一人もいないというのが大きい。
そのお陰で父親にバレることなく鍛錬出来るとみるべきか、それだけこの家にはティアナの味方がいないと見るべきか……。
「師匠、どうしたの?」
『いや、なんでもないよ』
一人紋々と悩んでいる俺に、ティアナがこてりと首を傾げる。
昼間にたっぷりと筋トレで汗を流し、一度風呂に入ってさっぱりしたティアナは、俺と夜の鍛錬をすべく屋根の上へとやって来た。
この場所を選んだ理由は、まず家人に見つかりにくいこと。どれだけ熱心な人間でも、こんなところを見回ろうなんて考えないからな。
そしてもう一つは、家主であるティアナの父親、クルトの部屋から距離があるからだ。
今晩はそれほど派手な魔法を使うつもりはないとはいえ、それなりの手練れらしいあいつの魔力感知に引っかかってはまずいので、出来るだけ距離を取った形になる。
「そう? じゃあ、見ててね」
こんな暗い中、落下防止用の柵もなく屋根の上に登るなんて怖がるかも……なんて思ったりしたけど、全然そんなことはなく。むしろウキウキとした様子でティアナは紙に描かれた魔法陣へと手を添える。
この魔法陣の効果はシンプルで、対応する属性にまつわる物質を少量生み出すという、ただそれだけの代物だ。
それを、基本八属性一枚ずつ。ティアナの適性を測ることを目的にしているため、ちょっとだけ複雑で大きな魔法陣となっている。
魔法を扱う上で、技術はもちろん大事だけど、本人の適性がはっきりしないまま進めても上手くいかないからな。まずは何より、それを知るところからだ。
「えいっ……!」
気合の籠った声と共に魔力が込められ、中央から外へ向かって螺旋を描くように光り輝いていく魔法陣。
魔法が発動する段階になった時、この光がどこまで到達したかによって、適性を十段階評価するのが俺のやり方だ。
ティアナがまず手を付けたのは、最もポピュラーな火属性。果たしてその結果は……
「――やった、火が灯った! 師匠、これ何点?」
しゅぼっ! と小さな火が灯り、一瞬で消える。
キラキラと輝く瞳で、俺の採点を待つティアナに向かって、俺はゆっくりと口(?)を開いた。
『……二点だ』
「ええっと、それってどれくらいの……?」
『ぶっちゃけ、才能ないな』
「うっ……」
はっきりと告げると、ティアナは悲しげに肩を落とす。
まあうん、その属性を実戦で使えるレベルに鍛えた魔法使いを目指すなら、六点以上は欲しいところだな。八点ありゃ天才で、十点になると事実上のカンスト、この魔法陣じゃ測定不能ってことになる。
で、魔法使いとか抜きにした平均値が三~四点なことを思うと……ティアナが火属性にどれだけ向いてないか分かるというものだ。
『まあ、そう落ち込むな。そんなに悪いことでもないぞ』
「適性がないのに?」
『魔法の適性値ってな、低い項目が多いやつほど、何かしらの値が飛び抜けて高かったりするんだよ』
これは慰めでもなんでもなく、よくある話だ。
実際、百年前に俺の周りにいた宮廷魔導士達は、どいつもこいつも強力な魔法を持っている反面、それ以外の属性はからっきしな奴が多かったし。
と、そんな風に語って聞かせると、なぜかティアナは意外そうに目を瞬かせた。
「そんな考え方もあるんだ……初めて聞いた」
『初めてって……普通だぞ? 下手に使える属性が多くても、飛び抜けて強い魔法がなきゃ、"能なし八魔"なんつってバカにされたもんだ』
「そうなの? 私はむしろ、使える属性が少ないと恥ずかしいってお父様に聞かされたけど……」
『……えっ、マジで?』
こくこくと頷くティアナと、改めて認識の擦り合わせを行ったところ、どうやら現在この国では、魔法使いは使える属性が多いほどに重用される形になっているらしい。
特に、基本八属性全てを使えるとなれば、"八魔使い"として尊敬の的なんだとか。マジかよ。
「逆に、私は今まで一つも発動出来たことないんだけどね……」
あはは、と乾いた笑いを漏らすティアナに、俺の胸が痛む。
この国の貴族達は、強力な魔法使いによって国を守ってきた。それは、今も昔も変わらない。
だからこそ、適性が全く見付けられず、魔法を使える見込みのないティアナは冷遇されて来たわけだ。
……本当に、今も昔もくだらないな。
『心配するな。言ったろ? 俺が魔法使いにしてやるって』
「でも、適性が……私には才能がないって、師匠も」
『火属性はな。でも、まだ全部調べてないじゃないか。お前がいつどうやって一切の適性なしだなんて判断されたかは知らないが、俺はそんな風には思わない。まずは全部試してみろ』
「全部試して……それでもダメだったら?」
『その時は、お前だけの魔法を俺が作り出してやる』
「えぇ!?」
よっぽど荒唐無稽な話に聞こえたのか、目を真ん丸にして驚くティアナ。
その顔がなんだか可笑しくなって笑ってると、そのままぷくーっと頬を膨らませた。
『ははっ、悪い悪い。まあ、こんなぬいぐるみの言葉じゃ信用ならないかもしれないけどさ、騙されたと思って……』
「ううん、信じるよ」
はっきりと言い切ったティアナに、今度は俺が面食らう番だった。
そんな感情が《念話》を通じて伝わったのか、ティアナはしてやったりとばかりに笑う。
「私が魔法使いになれるって、そう信じてくれたのはお母様以外では初めてだもん。だから、信じるよ」
『そうか……ありがとな』
ティアナの母親について詳しい話は知らないが、この様子を見るだけでも、相当に懐いていたんだろうことは伺える。
出来れば一度、会ってみたかったな。
「さあ、それじゃあ師匠の言う通り、残りの適性もじゃんじゃん調べるよ!」
『おう、頑張れ』
そんな感傷を吹き飛ばすように、殊更明るい声でティアナは残る魔法陣へと魔力を流し込んでいく。
だけど、火以外の属性……風、土、雷、氷、闇、光、そして風呂場で一度は試した水すらも挑戦するが、判定はどれも適性なし。辛うじて光属性が三点だったことを除けば、どれも二点以下という散々な結果だった。
『……ふーん』
文字通りの、適性ゼロ。まさか本当にそんな状態とは思わなかったな。こんな事例、俺でも聞いたことないぞ。
……たった一人を除いて。
『ティアナ、もう二つだけ、試してみてくれないか?』
「え?」
分かってはいても、やっぱり悲しかったのか。顔を俯かせるティアナに、新たに二つの魔法陣のイメージを伝達する。
「えっ……なにこれ、こんな魔法陣、見たことない」
『まあ、試してみてくれ』
困惑するティアナにそう言って、魔法陣を用意させる。
未知へ飛び込む恐怖なのか。緊張の色を浮かべながら、それぞれの魔法陣に魔力を流すと――
「っ……!?」
片方の紙は、まるで時間の流れを加速させたかのように一部分が腐り落ち、もう片方は、空間が軋むような音を立て、奇妙な形へと捩れ曲がった。
その現象を見届け、肝心の光具合に目を向ける。
『適性値、どっちも二点か。微妙だな』
まあ、これに関してはほんの少しでも適性があるだけマシな部類だし、それほど上手くは行かないか。
こうなったら、本当にティアナだけの魔法でも作るしかないな。
「し、師匠、これって“時属性魔法”と“空属性魔法”だよね……!? どうしてこの魔法を師匠が知ってるの!?」
『どうしてって……俺が弟子に教えてやった魔法だからだけど?』
「えぇ!? だってこの魔法は、“空滅の魔女”ニーミ・アストレア様にしか使えない特殊魔法のはずで……あ、でも今は、魔法学園で学園長をしてるって聞いたような。し、師匠が言ってた弟子って、アストレア様のことだったの!?」
『そういえば、まだ名前は言ってなかったっけか』
てか、学園長って。空滅の魔女って。俺が調べた範囲では役職までは分からなかったんだが、まさか学園のトップに居座ってるとは……それも、大層な二つ名まで貰っちまって。
俺がいない間に、しっかり成長したんだなぁ……。
「そ、それじゃあ私、知らない間にアストレア様の妹弟子に……!? ど、どどどどうしよう、不敬過ぎて殺されないかな?」
しかも、どうやらティアナはニーミの奴に酷く憧れてるらしい。なんでも、母親からよく寝物語にニーミの武勇伝を聞かされていたんだとか。
空属性を中心に王国を襲うドラゴンやら軍勢やらを一人で薙ぎ倒したらしいが、確かにそれだけ聞くと随分とヤバい奴だな。
『別にそこまでデンジャラスな奴じゃ……ない、はずだから、安心しろよ』
「師匠、今の間は何!?」
『いや大丈夫だって! 気に入らないことがあるとすぐ暴力に訴えるようなガキんちょではあったけど、俺が弟子を増やしたくらいでとやかく言わないよ。何なら、ティアナみたいな可愛い子が妹弟子になって喜ぶんじゃないか?』
「可愛い……そ、そうかな? えへへ……」
ニーミにそう言われたところでも妄想してるのか、頬がゆるゆるになっていくティアナ。
うーん、可愛い。
「でも、そっか……師匠はそんな凄い人にも魔法を教えてたんだね」
『ふっふっふ、ようやく俺の偉大さが分かったか?』
ここぞとばかりにドヤ顔をかますと、ティアナは「凄い凄い!」とほめてくれる。
弟子の名前を借りて威張り散らすとか自分でもどうなんだとは思うけど、嘘は言ってないんだからよしとしよう。
それに、真っ直ぐ信頼してくれていた方が、俺の教えを吸収するのも早くなるだろうからな。
『だから、ティアナも安心してついてこい。たとえ世界中の誰もがお前を無能って呼んだって、俺がお前の才能を作り出してやるから』
「師匠……うん! ありがとう!!」
ティアナの眩しいほどの笑顔を見ながら、俺は改めてそう誓うのだった。