第5話 魔法訓練も淑女の嗜み
さて、ティアナが初めて魔法に成功し、無事俺に対する信頼を獲得出来たわけだけど、まだいくつか問題がある。
一つは、適性の問題。
風呂場では俺のサポートもあって無理矢理発動したけど、あんなのは魔力効率が悪すぎて実戦で使いにくいし、いくら技術を高めてカバーしようとすぐに頭打ちになる。だから、まずはティアナ自身が持つ得意な属性を見つけ出さないといけない。
そしてもう一つが、訓練場所の問題だ。
「お風呂場じゃダメなの?」
『ダメだ。いくらなんでも、毎日毎日長風呂してたら不審がられるだろ。てか、そうでなくとも乙女は人前でそう肌を見せるもんじゃない』
「お風呂場は人前じゃないよ?」
『俺がいるから人前なの。分かったか?』
そう言って無理矢理納得させようとするも、まだいまいち納得していないのか、若干の不満顔。膨れっ面が可愛い。
じゃなくて、これは早く他の場所を見付けないと、また風呂場でやり始めちまいそうだ。
『どこかないのか? 魔法を使うのに便利な場所』
「うーん、お父様の私兵さん達が訓練に使う練兵場があるにはあるけど……あそこは人通りも多いからなぁ……」
色々と思考を巡らせている様子だが、やはり上手いアイデアは浮かばないらしい。
やっぱり、この家の連中にバレないようにって縛りが鬱陶しいな。それさえ無ければ色々出来るってのに。
……ん? いや待てよ?
『そういえばティアナ、そもそもこの家のメイドとか、お前の父親がティアナに会いに来ることってあるのか?』
この一週間の記憶を掘り起こしてみても、ティアナと父親が言葉を交わしたのは例の呼び出しの一件だけ。メイド達に関しても、食事や掃除の時間にしか関わろうとして来ない。
ひょっとして、時間さえ気を付ければ案外バレないのでは? という俺の予想を裏付けるように、ティアナは首を横に振った。
「ううん、全然。でも、魔法に失敗するとすごい音が出たり、近くのものを壊しちゃう時があって……それでバレちゃうの」
『要するに、屋敷内で派手なことをしない限りは、向こうも俺達が何をしようが気付けないわけだ。たとえ屋敷から抜け出そうと』
「ええ!? でも、この屋敷の外周には侵入者撃退用の魔法罠や探知結界がいくつもあって、バレずにこっそり抜け出すなんて出来なかったよ?」
『試したのか……』
この子も大概大胆だなぁ……まあ、そういう行動力は大事だからな、いいことだ。
『それについては俺がどうにかしてやるから安心しろ。ひとまず、派手な魔法の訓練は外でやるとして……その内容が決まるまでは、屋敷の中で大人しく過ごすぞ』
「それしかないかぁ……せっかく師匠が出来たのに、しばらく鍛練出来ないのは残念……」
悲しげな表情で、しょんぼりと肩を落とす。
そんな弟子の姿に、俺は『大丈夫だ』と優しく声をかけた。
『何も、魔力を使うだけが魔法使いじゃない。まずは“魔力を使わない”鍛練をすればいいんだよ』
「えっ……そんなの、あるの?」
『ああ、もちろん。しかも、うっかり見付かっても淑女教育をしてると誤魔化せる一石二鳥の鍛練だ』
「そ、それってどんな!?」
落ち込んだ顔から一転して、食い入るように俺へ顔を近づけて来る。
ぶっちゃけ、《念話》で伝える言葉に距離の概念はないから、そんなに近付いても聞き取りやすさに違いはないんだが……まあ、そうしたくなる気持ちも分かるから、とやかくは言わない。
内心で苦笑しながら、俺はその鍛練の内容を口にした。
『歌え』
「……へ?」
『歌だよ、歌。歌唱だって淑女の嗜みだろ? あ、絵でもいいぞ、ただし模写な』
「う、歌や絵が淑女の嗜みなのは分からなくもないけど、それが本当に魔法の訓練になるの……?」
『そりゃあなるさ。発声は詠唱の練習になるし、魔法陣も魔力を使うとはいえ、絵と通じる部分は結構あるぞ』
俺の言葉に半信半疑なのか、ティアナはなんとも微妙な表情を浮かべる。
でも、これは本当のことだ。別にプロ級の歌唱力や絵の技術なんて必要ないが、基礎の部分だけでも身に付けておけば、魔法の分野でも間違いなく役に立つ。
詠唱速度とリズム、魔法陣の正確なイメージと描くスピード。この辺りは単に魔法を使うだけならいざ知らず、基礎を固めておけば実戦の中で咄嗟のアレンジが利いたりするし、結構重要なんだぞ?
……どっちかというと、聞いたり鑑賞したりするのが乙女の嗜みじゃないかと思わなくもないけど、特に突っ込まれなかったしこのまま押し切ろう。うん。
『それでも微妙なら、そうだな……筋トレとかか?』
「筋トレ?」
『ああ。割と勘違いされがちだけどな、魔法使いって案外体力勝負だぞ?』
いざ戦闘となれば、飛び交う魔法を全力疾走で躱しながら、延々と息つく暇もなく詠唱を叫び続けなきゃならないし、魔力の消耗は体力の消耗にも繋がるからな。もやしっ子のままじゃ魔法使いなんてやってられない。
『まあ、女の子のお前にいきなり体力づくりなんて厳しいだろうし、そもそも淑女教育云々の建前から外れるからな。やっぱりまずは歌とか、そういうのから順番に……』
「分かった! 体力づくりなら得意だし、今日から今まで以上に頑張るね!」
『えっ』
俺が驚いている間に、ティアナは俺を連れてベッドの上に飛び乗り、ごろんと仰向けになる。
「いっちにっ、さんっし、ごーろく、しっちはち!」
可愛らしい声で数えながら、中々のペースで腹筋を始める。
まあ、なんだ。風呂あがったばっかりなのに、トレーニングしたらまた汗かくぞ? とか、お前女の子で合ってるよな? とか色々と言いたいことはあるけれど。何よりも、まず。
(この子に淑女教育って、ひょっとして魔法教えるより無理があるんじゃないか?)
淑女という言葉の意味から教え直さなければならないだろう弟子の元気な姿を前に、俺は思わず途方に暮れるのだった。
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