第4話 初めての魔法はお風呂場で
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『なあティアナ、俺は一応男なんだが? お前には恥じらいというものはないのか?』
「むぅ、失礼な、私にだって乙女なんだから恥じらいくらいあるよ。でも、師匠はぬいぐるみでしょ? 別に気にしないよ」
ティアナの手でわしゃわしゃと泡まみれにされながら、俺はどうしたものかと頭を抱える。
誰にも邪魔をされない鍛練の場所として、ティアナがまず選んだのは風呂場だった。なんでも、ついでに汗が流せるから一石二鳥だよね! らしい。
そういうわけで、現在ティアナは当然のように素っ裸。白魚のような瑞々しい肌を惜しげもなく晒し、白銀に輝くセミショートの髪から水滴を滴らせている。
うーん、凹凸のほとんどない子供体型で、俺としてもこう、娘と風呂に入ってるような感覚と言えなくもないんだが……これ、ティアナが成長して恥じらいを覚えたら、そのまま汚物として処理されるのでは? やばい。
「それに、どうせいつかは師匠の体も誰かが洗ってあげなきゃいけないし。それとも、洗濯板でゴシゴシされたかった?」
『それは勘弁してくださいお願いします』
洗濯板なんぞ使われたら、俺のぬいぐるみボディが擦りおろされてボロボロになっちまうわ!!
というわけで、俺が土下座するような勢いで頼み込むと、ティアナは「よろしい」と可笑しそうに笑う。
くそぅ、可愛いじゃないか。
でもやっぱりここは年長者として、一つ二つ忠告しておかなければ。
『ティアナ、魔法の特訓に熱心なのはいいが、淑女としての勉強も少しはした方がいいんじゃないか?』
「ちゃんと勉強してるから大丈夫! 私も立派な乙女だからね!」
なぜか自信満々に薄い胸を張るティアナを見て、俺は内心で頭を抱えた。
勉強してそれなら、教育係がよほど無能か、この子が本物の天然かどちらかということになるんだが。多分、後者な気がする。
……いやでも、この一週間見てきて、ティアナのことを指導する教育係なんて見たことない気がするな。
いやいや、仮にも貴族だぞ? 特に困窮しているわけでもなさそうな伯爵家の令嬢が、まともな教育係の一人も用意されないなんてそんなことが……。
「それよりほら、今は魔法だよ! ねえ師匠、私はどうしたらいい?」
キラキラと、それはもう無邪気で楽しげな笑顔で俺の言葉を待ちわびるティアナを見て、案外的外れでもないんじゃないかと察してしまう。
『くぅ……! ティアナ、これからは俺がついてるからな。ちゃんと色々教えてやるから、一緒に成長していこうな……!』
「えっ、う、うん。ありがとう?」
ティアナのあまりにも辛い境遇を想って涙しつつ、風の魔法でその頭を撫で回す。
思いっきり困惑した反応が返ってきたけど、そんなことはいいのだ。
『さて、それじゃあそろそろ、魔法の鍛練と行くか。まずは今の実力が知りたいから、適当に魔法を使ってくれるか? 簡単なのでいいぞ』
「うん! 分かった!」
俺の指示に素直に頷き、ティアナは正面に掌を掲げる。
意識を集中し、子供らしいソプラノホイスで朗々と詠唱を紡ぎだした。
「《穏やかなる水よ、今ここに集いて球を成し、我が意に答えて宙を舞え》」
詠唱に合わせて魔法陣を空中に描き、ゆっくりと魔法発動の手順を辿っていく。
この時、詠唱が乱れれば魔法が安定せず暴発しやすくなるし、魔法陣が雑だと魔力の属性変換が上手くいかず、消耗が増えたりそもそも発動しなかったりする。
その点、ティアナはどっちも丁寧で、特に問題は無さそうだな。下手なうちから横着して短縮詠唱に手を出さないのも高ポイントだ。
ただ、そこからが少し問題だった。
「《アクアボール》!」
今回ティアナが選んだのは、小さな水の球体を作り操るという、初歩的な水属性魔法。
ただでさえ低難易度な上に、ここは大量の水がある風呂場。一から水の生成をしなくて済む分、更に簡単になるはずなんだが……。
「むむむ……!」
ティアナがいくら魔力を込めようと、それは魔法としての形を成さず、ただ無意味に撒き散らされるのみ。
全く発動する様子がないその光景を見て、俺は凡その原因を掴み取った。
(魔法陣が魔力を拒絶している? これは、適性不足か)
ティアナが注ぎ込んだ魔力を、魔法陣が受け付けていない。それを強引に突破しようとして注ぐ魔力量を増やしているようだが、今度は魔法陣の方がその出力に耐えかねて崩壊しかかっている。
これは、ある意味もっとも単純で、一番どうしようもない失敗理由。
ティアナの水属性魔法への適性――魔力を水属性へ変換する効率が極端に悪く、魔法発動に必要なだけの属性を用意出来ないのだ。
この辺りは生まれつきの個性みたいなものだから、鍛練でどうこうなる物でもないのが困ったところなんだよな。
「だ、だめ、やっぱり、上手くいかない……!」
安定を失った魔法陣が揺らぎ、ぴしりと亀裂が走る。
このまま放っておくと、押さえ込まれていた魔力が一気に弾けて、意図せぬ魔法反応を自然に起こす魔法事故に繋がるかもしれない。
よし、少し手伝ってやるか。
『落ち着いて、魔力を制御するコツを感覚で掴め。分かるか?』
「えっ……」
不安定なティアナの魔力に干渉し、その制御を手伝う。
適性がないと言っても、ここまで発動は出来てるんだ。初級魔法程度なら、技術でカバー出来る。
まずは、それを見せて当面の目標にしてやろう。
『見てろよ』
既に発動中の魔法陣に上から書き足し、強度を増加。ハンデは残るが、これで不安定さは多少和らぐはず。
後は、やたらと応答の悪い魔法陣から無理矢理引き出した魔力の内、水属性に変換された物のみを選別し、魔法として操る。
『よし、こんなところか』
「…………」
あくまでティアナの魔法を補助する形だったために手間取ったが、見事俺達の目前に、お湯で出来た水球がフワフワと漂っている。
それを、まるで信じられないものを目にしたかのような表情で見つめていたティアナは、右へ左へと、少しだけ自らの意思で操り、ちゃんと自身の制御化にあることを確認すると……その場で、ポロポロと涙を溢し始めた。
『てぃ、ティアナ?』
「ご、ごめんなさい……私、魔法が上手くいったの、これが初めてで……!」
涙のせいで集中が乱れたのか、水球はぽちゃんと湯船に落下し消えてなくなる。
けれど、それを失敗と呼ぶ者は誰もいないだろう。泣き笑いの表情で、ティアナはもう一度強く俺を抱き締めた。
「ありがとう、師匠のお陰だよ……! これからも、よろしくね!」
『ああ、任せとけ』
俺にとっては今や、少しばかりの懐かしさを覚える師匠という呼び名に感慨深いものを覚えながら――
そのまま、ティアナが泣き止むまでの間、俺はずっとその胸に抱かれ続けていた。
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