第37話 模擬戦闘試験
「ふぅ~、やるのう妹弟子は、わしがあれくらいの頃はあんな威力の魔法なぞ使えんかったもんじゃが」
『お疲れニーミ、助かったよ』
観客席に戻ったニーミ(今度は大人のままだ)は、大きく息を吐いて腰を深く落ち着ける。
よほど疲れたのか、肩で息をする姿に俺は少々首を傾げた。
『随分消耗してるな。調子でも悪いのか?』
「んー? ははは、寄る年波には勝てんということかの?」
『百歳そこそこのエルフが歳なんて言ってたら、千歳近いババア共に殺されるぞ』
ニーミの言う通り、ティアナは強い。けど、まだまだ荒っぽいことは否定出来ない。
ニーミの魔力量と制御能力なら、同じ上級魔法でも完封だって出来たはずだ。
試験の結果を良く見せるため、あえて相殺させたのかと思ったけど……この様子だと本気でやってあれだったのか。なんでだ?
『俺にも話せないようなことか?』
「まあ、機密という奴じゃな。至宝絡みとだけ言っておこうかの」
『オーケー、大体把握した』
至宝絡みの機密で、ニーミが関わっている。それだけで、大体の内容は察せられる。
大変だな、とだけ言ってやると、まぁの、と肩を竦められた。
「それよりティアナの試験じゃな。仕方ないとはいえ、先ほどは随分と目立ってしまったし、妙なことにならぬといいが」
残された最後の試験は、学園に勤める講師が試験官となって行う模擬戦だ。
勝つ必要はない、が、さっきの試験は後見人であるニーミが介入して強引に満点にしたからな。
分かる奴には妥当な評価だと分かるだろうけど、ニーミの依怙贔屓だと思われてもおかしくない。
そういうやつが試験官として相手になるようだと……生半可な結果では満点を貰えないかもしれないな。
「まあ、信じるしかあるまいよ」
『そうだな……』
そんな俺達の心配は、果たして的中した。
先ほどの結果を受けてか、真っ先に試験をすることになったティアナの相手に選ばれたのは……。
「ふんっ! 学園長の身内だかなんだか知らないが、贔屓だけで学園に入れると思うなよ!!」
先ほど、ティアナの的割り試験でニーミの判断にケチをつけていた男だった。
途端、ざわざわと騒がしくなる会場。どうやら、それなりに有名な奴みたいだな。
『ニーミ、あいつ強いのか?』
「まあ、それなりにの。権威主義に凝り固まった頭の固い奴じゃが、五つもの属性で中級魔法が扱えるのはそうおらん。本人たっての希望でこの学園の講師をやっているが、その気になれば宮廷魔導士にもなれたと評判じゃよ」
『ほー』
宮廷魔導士クラスともなれば厄介だな。
今の口ぶりからすると上級魔法は使えないっぽいが、そんなもの戦争くらいでしか普通は使わないし、使えないから弱いというのは大間違いだ。
よっぽどそんなことはないと思うが、もしあいつが気に入らないからとティアナを恣意的に落とそうとするのなら、マズイかもしれん。
『大丈夫か、ティアナは……』
「ん? ……ああ、お師匠様は百年前の基準で考えておるのか。心配いらんよ」
『へ?』
「今の時代、宮廷魔導士に戦闘能力はそれほど求められておらん。どちらかというと学者肌の人間が多くなったからの。まあ、その中でもあやつ……ヤンゲル・ハルトマンは侯爵家の遠縁なこともあって戦闘メインの魔法使いなんじゃが……」
「この試験中、使っていいのは初級魔法まで。先ほどのように魔力でゴリ押しした見映えばかりの魔法は使えんからな、もう誤魔化されんぞ! では、始め!!」
ニーミが話している間に、模擬戦が始まった。
ティアナは扱い慣れた緑の魔剣を高速生成しつつ、《生命強化》で身体能力と自己治癒能力を向上。
それらを一瞬で済ませながら、ヤンゲルという名の試験官へ突っ込んでいき……。
「え?」
何の抵抗も防御もされないまま、その喉元に魔剣を突き付けてしまっていた。
ポカーンと、会場の誰もが……ヤンゲルすらも硬直して言葉を失う中、ニーミの声が俺の耳に届く。
「ティアナのように、生死を賭けたギリギリの実戦を経験してはおらんしの。魔法の技術はともかく、純粋な戦闘能力は百年前の連中とは比べ物にならんほど弱いぞ」
『……うそん』
いや、うん。ティアナなら宮廷魔導士相手だろうと善戦出来るとは踏んでたけど、まさか一瞬で勝ってしまうとは思わなかった。
ティアナにとっても予想外だったんだろう、きょろきょろと所在なさげに辺りを見渡している。
「あの……もしかして私、何か間違えましたか? こっちから先制しちゃダメとか、魔法の準備が整うまで動いちゃダメとか……」
「……はっ! そ、その通りだ! こちらの開始の合図を待たずに動き出したのは頂けないな、不意打ちなど魔法使いの風上にも置けん」
いや、完全に合図の後だったから。不意打ちも何も、真正面から突っ込んでるから。それはいくらなんでも苦しいだろ。
「そんな……! お願いします、もう一度やらせてください! 次はちゃんとしますから!」
「断る! と言いたいが、まあ最初の一人ではそんなこともあるだろう。特別に、特別に! もう一度だけ相手をしてやる」
「ありがとうございます、先生!!」
「うむ!」
いやいやティアナよ、お前素直すぎるだろ、普通に今の文句なく合格だったからな?
まあ、一瞬過ぎてティアナの凄さが伝わりにくかっただろうし、さっきの悪印象を拭い去る意味でももう一度やるのは悪くない……のか?
「では行くぞ、この一撃を防いでみるがいい! はあぁ!!」
あ、こいつ大人げねえ! ティアナがさっきのを反省(する必要ないのに)して動かないのをいいことに、じっくり時間をかけて魔力を練ってやがる!
でも残念ながら、さっきの殿下と違ってこいつは複数の適性を持つ代わりに個々の適性はそこそこ止まりなんだろう。時間をかけている割にはそこまで魔力が高まってない。
「《小火球》!!」
ただ、発動された魔法は面白かった。
通常の《火球》を小さく圧縮することで、魔力効率を上げると共に単体目標に対する威力を向上させてるのか。コストパフォーマンスの面で言うなら、中々唸らせるものがある魔法だな。
「えいっ」
まあ、ティアナには通じないんだけど。
スパン、とあっさり両断された魔法を見て、会場が凍り付く。
「んなっ、俺の魔法を斬ったぁ!?」
「えっと……もっと本気出してください! 私、この試験で満点取らないと合格出来ないんです! だからもっと全力で勝負させてください!!」
あぁぁぁぁ!! やめてあげてティアナ! 今の魔法、その人結構ガチで撃ってたやつだから!! 本気だったから!!
そりゃあね? リリスが使ってた死属性の魔力弾……《死弾》に比べれば弱いよ?
だけど、あれと同レベルの威力を持った初級魔法とか、全盛期の俺でもキツいから!! その人は悪くない!!
「ふ、ふふふ……いいだろう、そこまで言うなら見せてやろう、俺の本気をなぁ!!」
ティアナの悪意ゼロの煽りが効いたのか、ヤンゲルは額に青筋を浮かべながら宙に魔法陣を描き出す。
ってちょっと待て、それ中級魔法だぞてめぇ!!
「受けてみよ、《ブレイズキャノン》!!」
炎を超圧縮した破滅の砲弾が、容赦なくティアナに襲いかかる。
周りにいた試験官達が大慌てで騒ぎ出し、中にはティアナを守ろうと防御魔法の準備を始める奴もいたんだが……。
「やあぁぁぁぁ!!」
あくまで、ティアナは初級魔法である緑の魔剣で対抗する。
せめぎ合う、初級魔法と中級魔法。
普通なら、勝負になるはずがない。それくらい、位階の差は大きなものだ。
それを、ティアナはその膨大な魔力量でもって強引に覆した。
「はあぁぁぁぁ!!」
炎の砲弾が真っ二つに切り裂かれ、破壊の余波が地面を焼き焦がす。
見事無傷で防ぎきったティアナは、ほっと一息吐きながら自身の魔剣を見た。
「剣にヒビが……初級魔法でこんなにも強い魔法が撃てるなんて、やっぱり先生ってすごいんですね……!」
ティアナそれ初級魔法違う!! 中級魔法!!
いやまあ、時間なかったから各属性にどんな魔法があるかとかまだ教えてないし、ヤンゲル自身この試験では初級魔法しか使わないって言ってたから勘違いするのも仕方ないけど!!
でもよく見てティアナ、中級を初級呼ばわりされてヤンゲルさんめっちゃキレそうになってるから! 屈辱のあまり頭の血管が今にもパーン! ってなりそうなくらい震えてるから!!
「それじゃあ、今度こそ私の番でいいですか? 私の全力、見せてさしあげます!」
「く、くくく……いいだろう、俺も本職は近接魔法戦闘だ、いっちょ揉んでやるから覚悟しろぉぉぉ!!」
こうして、ティアナとヤンゲルは闘技場の中央で激突する。
そんな光景を眺めながら、ニーミがポツリと。
「なあ、わしヤンゲルの奴が可哀想に思えて来たんじゃが。お師匠様はもうちぃと弟子に常識を教えてやるべきじゃと思うぞ?」
『……面目ない』
その後、繰り出す技という技、魔法という魔法を見事ティアナに真正面から打ち破られ、それはもう哀れなほどにボコボコにされたヤンゲルが涙ながらに満点評価を言い渡すことになるのだが……彼の名誉のため、そうなるまでにはもうしばらくの時間が必要だったことをここに記しておく。




