第36話 的当て試験は全力全開
「《地獄の炎よ、其は亡者を焼き付くす裁きの鉄槌、邪悪を討ち滅ぼす正義の化身なり。今こそその力を解き放ち、地上の悪魔を滅殺せよ! ブレイズバースト》!!」
受験者の子供が放つ火の球が、岩で出来た的を打ち砕いていく。
ティアナ達が昼飯を食べ終えるのを涙目で見届けた俺は、再びニーミに連れられ試験会場の観客席へとやって来た。
ティアナの出番が来るまで暇を持て余しながら、試験の様子を見て一言。
『……なんか、思った以上にみんなさはど強い魔法が使えないんだな』
そう、先ほどからずっと見ているのだが、誰も彼も下級魔法ばかりで、中級以上の魔法を使う者が全然いない。
いや、より正確に言うならば、ちゃんと中級の威力を持った中級魔法を放てる者がいないと言うべきか。
一応、中級魔法として作られた魔法を使えてはいる。ただ、無理矢理形をなぞっただけで、特に魔法による強化がなされたわけでもない的を十~二十程度の数しか壊せないというのは、果たして使えていると言っていいものか。俺だったら落第だぞ。
だけど、子供ニミィの姿のまま俺を抱く一番弟子は、それはそうだろうと笑い出す。
「こんな幼い時分から中級魔法を使いこなせたら、その時点で十分天才じゃよ。合格するだけなら、ティアナのように魔法適性が壊滅的でない限りはそれで十分じゃしの」
言われてみれば確かに、他の子供の多くは適性試験で三~四属性程度は点が貰えていたし、座学も同様に六十~八十点が平均。
魔法による高速採点で張り出された点数表をざっと見た感じ、五十点以下は0点のティアナ一人という、ちょっと可哀想になるくらいの格差があった。
最後の模擬戦も、ある程度の戦う意思と度胸を示せれば、技術がなくとも六十点くらいは貰えるそうなので、合格するだけなら下級以上中級未満の魔法でも十分ってことか。
「それに、何も天才はティアナやレトナだけでもない。ほれ、見てみぃ」
『んー?』
ニーミが指し示した先には、ちょうどこれから試験を受けるであろう一人の男がいた。
そう、"男の子"ではなく"男"。入学試験を受けるのはみんなティアナと同年代のはずなんだが、そいつは既に鍛え上げた成人以上並のガタイを有している。
「《轟く大地よ、其は地の底に眠りし裁きの神、今こそ愚かなる地上の命を摘み取りし天罰を下せ!! 大地の怒り》!!」
そんな彼が使ったのは、土属性中級魔法。地面を割って地割れを起こし、相手を地の底に引きずり込む魔法だ。
地形ごと変える魔法は総じて魔力消費が半端ないんだが、問題なく使えてるな。これは確かに逸材だろう……ただ。
「……あり? 的が残っちまった。しくったな」
威力はともかく、精度に難ありと言ったところか。
しっかり影響範囲を指定出来れば十分的の全てを破壊出来たはずなんだが、雑な制御が災いして二つだけ壊れずに地上に残されている。
「ゴーシュ・ブランジェマン。四大侯爵家の一つ、ブランジェマン家の跡取り息子じゃな。粗野な性格から社交の場にはあまり姿を見せんが、時折魔法騎士に混じって訓練をしておるようじゃの。その辺りは流石武断の家と言ったところか」
『ほー、そりゃすごい』
あの歳で正規の魔法騎士と並んで訓練出来るなら、そりゃああれくらいのガタイになるよな。
ティアナだと……どうだろう、体格で惨敗してるけど、力比べなら割といい勝負しそうな気がする。
……うん、改めて考えてもうちの弟子ヤバイな。身長はここにいるどんな子供より小さいのに。
「おっ、あっちでレトナがやるようじゃぞ」
そう思っていると、どうやらレトナの番が回って来たらしい。土魔法でパパッと直された試験会場に、臆することなく堂々と立っている。
「《白き炎よ、其は大地を照らす恵みの太陽、我ら聖徒を守る者なり。今こそ裁きの炎となりて、迫り来る邪教の徒を焼き払いたまえ。白炎の雨》!!」
そして放たれる、白き炎の雨霰。
新たに作られた岩の的が一つ残らず綺麗に打ち砕かれ、余計な被害の一つもない。
うん、流石、レトナの魔法は丁寧だな。直前に強力でありながらも粗っぽさの残る魔法を見たばかりだから、余計にその無駄のない魔法行使が光っている。
「ふふん」
「……ちっ」
そして去り際に交わされる、ゴーシュとレトナの些細なやり取り。
……そういえば、遠距離魔法戦闘専門のファミール家と、近接魔法戦闘専門のブランジェマン家は、どっちが強いかでよく議論っつーか喧嘩になってたっけなぁ。
百年経った今でも犬猿の仲とは、根が深い。
「ふふっ、二人とも素晴らしい魔法だった。競うのは悪いことじゃないが、あまり険悪になるのは感心しないよ」
すると、そんな二人を嗜めるように、プラチナブロンドの美しい髪を持つ美少年が声をかけた。
身に纏う衣服は周りの貴族に比べても明らかにワンランク上と分かる一品でありながら、それを不自然に感じないだけの品位と気位を感じさせる少年を見て、レトナと、更には礼儀とは無縁そうなゴーシュでさえ臣下の礼を取る。
「いえいえ、少し挨拶をしていただけですわ。殿下が懸念されているようなことは何もございませんの」
「ええ、こいつ……ファミール家は、共にこの国を守る同志ですとも」
「ならばいいんだ。呼び止めて済まなかったね」
では、と声をかけ、少年は試験場に立つ。
つい先ほどまでそれなりの賑わいを見せていた会場が、たったそれだけで静寂に包まれた。
『……なあニーミ、あいつってもしかして』
「ああ。アルメリア王国第二王子、セイクリッド・メル・アルメリア殿下じゃ。王家の長い歴史の中で、最も魔法に愛された神童と噂じゃな」
『へえ……』
王族なのは大体察してたが、歴代最高の才能か。
百年前の王子とは何度か手合わせしたことがあるが、あいつもかなり強かった。うっかりしてると俺も負けそうなくらいには。
それ以上というのなら、果たしてどんな魔法を使うのか。見物だな。
「…………」
会場の全員が固唾を飲んで見守る中、セイクリッド殿下はすっと腕を掲げ、指を重ね合わせる。
そのまま、ゆっくりと振り下ろし――
「――《朽ち果てよ》」
ただ、一言。パチンと指を鳴らすと同時に、的の全てが風化して腐り落ちた。
あまりにも静かに、あまりにもあっけなく。
おいおい、今の魔法って時属性か!? まさか、ニーミ以外に使える奴がいるなんて……!
「殿下はな、歴代で初めて全属性の適性を持つ"全属性使い"なんじゃ。基本八属性だけでなく、わしと同じ空属性、そして今の時属性も全て実戦級……否、最高レベルで使いこなす、な」
『マジかよ……あり得ねえ……』
基本的に、人間はどれか一つの適性が高いと、他の適性が犠牲になる。なぜなら、特定の属性に対して適性が高い魔力っていうのは、魔法陣を介さずともある程度その属性に染まっていて、他の属性への変化を受け付けなくなるからだ。
それが、全ての属性に対して高い適性を持つって、どんな理屈だよ。滅茶苦茶だな。
『こんなすげえ魔法見せられた後に試験を受ける奴は辛いな……』
大歓声の中で退場した殿下の後、大人しそうな女の子が試験を行ったんだが……可哀想に、ガチガチに緊張していてまともに詠唱すら紡げていなかった。
どうにか石の礫を飛ばすことには成功していたんだが、壊せた的は一つだけ。
とぼとぼと帰っていく背中には哀愁すら漂っていた。
「うぅ、どうしよう……次は模擬戦だし、私なんか絶対0点だ……このままじゃ入学も出来ないよ……」
「大丈夫、元気出して! 私なんて適性も座学も0点だったけど、まだ試験諦めてないよ! 信じれば絶対合格出来る!」
「えぇぇ……」
落ち込む少女に続き、最後に姿を見せたのはティアナだった。
何やら励ましてるようだけど、いまいち効果はなかった様子。
まあ、魔法適性0点で、ここから挽回出来る可能性なんて普通はないからな……。
「最後はランドールの無能か」
「くくっ、何を見せてくれるんだろうな?」
「さてな、石ころでも拾って投げるんじゃないか?」
会場のどこかしらから聞こえてくる、ティアナに対する嘲笑の声。
いっそ物理的に黙らせてやろうかと、ニーミ共々腰を浮かしかけるが……。
「……大丈夫、私ならやれる。師匠の魔法なら、満点取れる。絶対」
ティアナが静かに集中を高めているのを見て、余計な騒ぎを起こすのは得策じゃないと踏み留まる。
ティアナの《大地の槍》なら、こんな的よりよっぽど強力だったアンデッドの群れを殲滅出来たんだし、それほど心配はしていない。
が、心を乱して万が一失敗なんてことになれば事だからな。今は静観するしかないだろう。
「……よしっ!」
やがて覚悟が決まったのか、ティアナは会場入りする前に生成しておいたらしい緑の魔剣を空へと掲げる。
……ん? ちょっと待て、《フォレストランス》にしては構えがおかしくないか? 詠唱もなんかやたら長い気がするんだが? ん?
「《聖命剣》ぁぁぁぁ!!」
『ぶーーーっ!?』
ちょっ、おまっ、それ上級魔法じゃねえかぁぁぁぁ!!
その程度の的五十個相手にそんな超火力いらねえよ!! 会場ごと吹っ飛ばす気かあのおバカ!!
『ニーミ!!』
「分かっておる。やれやれ、世話のかかる妹弟子じゃ」
手早く立ち上がったニーミが、会場のど真ん中へと転移する。
圧倒的な魔力が刃となり、今まさに振り下ろされようとしている只中に現れた彼女は既に元の美女に戻っており、素早く宙に魔法陣を描き出す。
「えっ、お姉ちゃん!?」
「気にせず振り下ろせ、後は上手くやってやろう」
ニーミの存在に気付いてぎょっと目を剥くティアナだったが、もう魔法は止まらない。
まあ、仮に直撃しようとこの魔法がニーミを傷付けることはないんだが……当然、それで終わることはなかった。
「《世界を創りし空の壁よ、全てを守れ。亜空断絶》」
ピシリと、世界に亀裂が走る。短縮詠唱で発動した空属性上級防御魔法が、空間を隔てる分厚い結界を作り出す。
命属性の剣と空属性の壁が激突し、激しい魔力光が会場を包み込む。やがて、その鬩ぎ合いが終息すると、両者の魔法が音を立てて砕け散った。
的は――無傷のまま。
「……その者の評価は満点とする。以上、次の試験に進むが良い」
「なっ、お待ちを学園長! 的が一つも破壊されていないのに、満点というのは些か……!」
ニーミの宣言に納得がいかないのか、試験官を務める男の一人が声を荒げる。
しかし、そんな彼の言葉をニーミはくだらないと切り捨てた。
「わしの防御結界を破壊した魔法じゃぞ? それとも、わしの結界はそこの的より柔だとでも?」
「いえ、そんなことは……」
「ならば問題などあるまい。いいから、早く次の準備に入らんか」
「……分かりました」
男が引き下がり、それ以上文句を言う人間はいなくなる。
こうしてティアナは、やや禍根を残しながらも無事三つ目の試験を満点評価で切り抜けるのだった。




