第35話 崖っぷちと食事会
「…………」
『えーっと、元気出せよティアナ! まだ試験は全部終わったわけじゃないんだしさ!』
午前の試験が終わりを迎え、一旦休憩の時間となったティアナ。
その散々たる結果に落ち込む彼女を慰めるべく、俺は闘技場内の控え室へとやって来ていた。
「師匠……私はダメな子だよ……生きていてごめんなさい……」
『そこまで!? いや気にするなって、午前中の試験はティアナと相性が悪すぎた』
俺が必死に慰めてみるも、ティアナは中々立ち直れない。部屋の片隅で膝を抱えて座り込み、どんよりとした空気を纏っていた。
魔法学園の入学試験は、大きく分けて四つの試験に分かれている。
一つ目は、適性検査。
基本八属性に加えて時属性と空属性を合わせた十項目の適性を測り、実戦レベル――俺の適性審査で言うところの五点以上と判断された数に応じて配点がある。
適性一つにつき二十点、全二百点。
二つ目は、座学試験。
魔法学や魔法工学、一般的な算術に国内の歴史等、様々な分野から出題されるペーパーテスト。全百点(これは別室でやった)。
三つ目は、魔法実技。
開けた運動場に設置された五十の的に向けて各自好きな魔法を放ち、一発でいくつ壊せるかで配点がなされる。
一つにつき二点、全百点。
四つ目は、模擬戦闘試験。
試験官の先生と実際に戦闘を行い、立ち回りや戦術、激しい動きの中での魔法行使の正確さなんかを試験する。
勝つ必要はないが、裁量が試験官に委ねられている以上油断は出来ないだろう。全百点。
以上五百点満点のうち、合格最低ラインは二百点。極論、全ての属性に適性があれば、それだけで合格出来るみたいだ。
この学園がどれだけ適性の数を重視しているか、これだけでもよく分かるな。
そしてティアナは、午前中で既に適性検査と座学を終え、見事0点を記録している。
命属性なんて検査項目にないから適性検査は仕方ないとして、ペーパーテストで少しは点数が稼げるかと思ったけど、現実は無情である。
要するに、残る魔法実技と模擬戦で共に満点を取らなければ、特待生以前に学園への入学すら出来ないという崖っぷちだ。
「ごめんね師匠、特待生になるって言ったのに……」
『いやいや、もう後見人の問題は解決してるんだし、そんなこと気にするなって。金の問題にしても、百年前の俺の資産をニーミが確保しといてくれたから、ティアナの学費くらいどうとでもなるし』
「でも……」
『ほら、そう暗い顔するな』
周りの子供達にバレないよう、ティアナの頭を風魔法でそっと撫でる。
ようやく顔を上げたティアナの首元をくすぐってやると、少し身動ぎしながらも表情が緩んだ。
『言ったろ? 魔法の強さは心の強さだ。そんな風に落ち込んでたら、出せる力も出せなくなっちまう。安心しろ、お前なら残る二つの試験は余裕で満点だ、それで華麗に逆転合格決めてやろうぜ』
「師匠……うん、分かった! 私、頑張るね!」
どうにか気分が持ち直したのか、ティアナの表情が明るくなる。
よしよし、これなら大丈夫だな。
「どうやら、少しは立ち直ったようですわね」
「あ、レトナ」
俺がほっと一息吐いていると、ちょうどそのタイミングを見計らってレトナが姿を現した。
いつものように専属メイドのシーリャを侍らせた彼女は、どこか嬉しそうな様子で口元が緩んでいる。
『そっちは調子良かったみたいだな』
「ええ。ひとまず、適性検査は火、闇、時、空以外の六属性で百二十点、座学はきっちり満点を取りましたので、合格ラインは越えましたわ。後はどこまで伸ばせるかですの」
「そうなんだ……! レトナ、すごい!」
「おほほほ! もっと褒めてくれてもよろしいんですのよ!」
ティアナが煽てると、レトナは口元に手を当てて高笑いする。
実際、残る試験をレトナが落とすとは考えにくいし、もしかしたら四百点越えるんじゃないか?
特待生は枠の数が決まってるから年によってそのラインは変わるそうだけど、例年だと三百~三百五十くらいでいけるそうだから、レトナはまず間違いなく特待生になれるな。
「まあ、ティアナも頑張りなさいな。私に勝った貴女が試験に落ちたら、私の面目が保てませんもの。というわけで……」
笑いを引っ込めたレトナが、シーリャに目配せする。
すると、合図を受けた彼女はこれまたどこから取り出したのか、一瞬前まで影も形もなかった巨大バスケットを俺達の前に差し出した。
中に入っていたのは、大量のサンドイッチ。
たっぷりの肉と新鮮な野菜に加え、惜しみなく使われた香辛料の刺激的な香りが漂う贅沢な逸品だ。
「景気付けに、お昼をご一緒しませんこと? 午後の試験は体力勝負ですから、たくさん用意させましたわ」
「えっ、それ私も食べていいの!? わあ、ありがとうレトナ! 大好き!!」
「ふふっ、褒めても何も出ませんわよ」
大喜びで抱き付くティアナを、レトナがよしよしと撫で回す。
仲睦まじい姉妹のようなやり取りに、俺はほっこりと心を和ませる。
あ、ちなみに今回はティアナの方から抱き付いてるから、二人の間に挟まれてないぞ。レトナの背中に回されたティアナの腕に潰されてる形だ。ちょっと苦しい。
ただ、そんな状態だからこそ、周りの子供達の声が耳に入って来た。
「あの娘、ランドールの……魔法の才能がないから廃嫡されたって噂だったけど……」
「レトナ様とあんなに親しくして、馴れ馴れしいことですわ」
「なんでも、学園長がわざわざ後見人となって試験を受けさせているらしいぞ」
「アストレア様が!? あんな魔法適性の一つもない、頭も悪い無能をどうして……」
「アストレア様は優しいからな、無様な忌み子にも慈悲をお与えになったのだろう」
「じゃあレトナ様も……ふん、気に入らないわね」
侮蔑、猜疑、嘲笑……様々な視線と言葉が、ひそひそとティアナを取り囲む。
まだ結果を出せていないから仕方ないとはいえ、大事な弟子をこうも悪く言われると流石に腹が立つな。
ふんっ、精々今のうちに余裕ぶっこいてればいいさ、午後の試験でティアナの本当の力を知って腰抜かさないようにな!!
「…………」
すると、傍に控えていたシーリャが、さらりと無詠唱で遮音の風魔法を発動し、周りの声がティアナに届かないよう配慮してくれた。気が利くなぁ。
一瞬だけ視線を合わせて目礼すると、シーリャは小さくスカートの端を摘まんで返礼してくれる。
いいメイドだよ、本当に。
「ふふ、二人とも、飯というならわしも混ぜてくれんかの?」
「うん? 誰ですの?」
そうしていると、気付けばすぐ傍に緑髪の幼い少女が立っていた。
後ろで束ねたポニーテールに、ぶかぶかで袖の余ったローブ、加えてその口調。
一度騙されてるから……そして何より、俺にとっては非常に懐かしい容姿だったので、いくらエルフ耳を隠そうと今回はすぐにその正体に見当がついた。
『……ニーミ、どうしたんだその姿』
「えぇ!? お姉ちゃん!?」
「おねっ!? いや色んな意味でどういうことですの!?」
「ははは、いやなに、元の姿では少々目立ち過ぎるからの。我が愛しの妹弟子やお師匠様と昼飯を一緒に食すために、ちぃと若返ってきたのじゃ。わしのことは謎の美少女ニミィちゃんと呼んでたもれ」
混乱する二人を見て、謎の美少女……ニーミはけらけらと悪戯を成功させた子供のように笑う。
ぱちりとウィンクを飛ばしながら顔の前でピースサインを作り、「近頃の若者の間で流行ってるのはこんなポーズで良かったかの?」などと問うてくる姿は、控えめに言って可愛い。流石俺の弟子、天使か。
「それにこの姿なら、お師匠様を抱いていても違和感あるまい? ティアナよ、ちょいと貸してたもれ」
「あ、はいどうぞ」
混乱しているためか、いともあっさり差し出された俺の体は、「どうもなのじゃ」と呟くニミィによってぎゅっと抱き締められる。
ふむ、大人ニーミやレトナに比べると小さいけど、ティアナよりは……ってそうじゃないだろ俺!!
「はぁ、お師匠様が傍にいると落ち着くのじゃ……のうティアナ、やはりお師匠様をわしに譲ってくれんか?」
「だ、ダメ! いくらお姉ちゃんでも、師匠はあげないから!! 今だけ!!」
「むぅ、仕方ないのぅ。ここは昼飯を食いながら、どちらがどれだけお師匠様を抱いていいか、じっくり話し合って決める必要がありそうじゃ」
「望むところだよ!!」
「いえあのティアナ? 貴女そんなくだらないこと話し合ってる暇があったら、試験の対策とかの話をするべきではないですの?」
「今はそれより師匠のことが大事!!」
「えぇ……いや、これはこれで肩の力が抜けていいんですの? なんだか分からなくなってきましたわ……」
「なんじゃファミールの娘っこ、お主もお師匠様を抱きたいのかの? 何なら昼飯を提供してくれた礼に、わしらの話し合いが終わるまで抱いておっても良いぞ」
「誰もそんなこと言ってませんわ!?」
「レトナ、師匠のことお願いね!」
「貴女もですのティアナ!?」
ワイワイガヤガヤと、遮音魔法があるのをいいことに(ニーミ以外は気付いてないみたいだけど)姦しく騒ぐ少女達。
結局、場所を移して昼飯を食べ終わるまで続けられた話し合いの末、普段はティアナが、仕事が休みの時はニーミが俺の優先所持権を得るということで(俺の意思とは関係なく)合意がなされた。
ちなみに俺はその話し合いの間、レトナに抱かれて彼女の魔法に関する質問に答えてたぞ。
弟子ども、少しはこの子の真面目さ見習おうぜ?
えっ、レトナに抱かれて鼻の下伸ばしてた人に言われたくないって?
だから伸ばしてねーよ!!




