第34話 一番弟子との対談
魔法学園――
《水の至宝》から溢れる水が通る水路の関係で、どうしても敷地面積が限られる王都の街並みにあって、王城近くの一等地にデデンと広大な敷地面積を確保して建てられた巨大施設だ。
国中から集められた魔法の才ある子供達が切磋琢磨する学舎に加え、親元を離れてもやっていけるように学生寮や食堂、ちょっとした商店までもが軒を連ねている。
一体どんな訓練を想定しているのか、開けた運動場に小さな森や湖、観客席つきの闘技場まで存在するのは、ちょっとやりすぎじゃないだろうかとすら思う。
しかしそれは同時に、この国がそれだけ魔法使いの育成に本気で取り組んでいるという証左でもある。
そんな場所へ入学するべく、ティアナと共にやって来た俺だったが、流石に試験会場である闘技場にぬいぐるみなんて持ち込めないとニーミに言われ、俺は彼女と共に観客席から試験の様子を眺めることになった。
「いやー、お師匠様よ、昨夜は楽しかったなぁ!」
『俺は疲れたよ全く……』
そんな場所でからからとご機嫌そうに笑うニーミの胸に抱かれながら、俺はげっそりと力なく呟く。
昨日、ティアナと俺がニーミの家に上がり込んだ後、みんなで掃除をすることになったんだが……ハッキリ言って、二人とも全く戦力にならなかった。
ニーミは最初から片付けに対してやる気ゼロだったし、ティアナはやる気こそ満々だったが何かにつけ雑なので俺がフォローしてやらないと魔道具みたいな繊細なモノを壊しかねないんだよな。
そういうわけで、結局はティアナから魔力を頂戴した俺が必死こいて部屋の片付けと掃除を済ませたり、終わったら終わったでニーミに宴会だと連れ出され、未成年に酒を飲まそうとするのを諌めたり、匂いだけで酔ってしまった二番弟子を介抱したり……どうにか先の戦闘で千切れた腕だけは直して貰えたけど、大変だったよ、いや本当に。
「別にいいではないか、酔ったティアナに甘えられて役得だったじゃろう?」
『誤解を招きそうな表現するんじゃないっての!』
ランドール家を出て、本心では不安だったんだろう。昨晩のティアナはそれはもう派手に泣きながら俺に抱き着いて一瞬たりとも離れようとしなかった。それこそ、風呂だろうが寝る時間になろうがいつになっても。
まあ、ティアナは紛れもない美少女だし、懐かれて頼られて、悪い気はしない。でもあくまであの子は俺の弟子だからな、変な目では見ないぞ。
『それより、俺をティアナと引き離したのは“込み入った”話をするためだろ。試験が始まる前にさっさと終わらせようぜ』
「ふふっ、師匠には敵わんのぅ」
『そりゃあ、魔法使いの試験なのにぬいぐるみだから持ち込めないなんてルール、あるわけないだろ』
俺の問いかけに、ニーミはにやにやと楽しげに笑う。
魔法使いにとって、魔法を使うのに利用する触媒は重要だ。魔法陣が持つ機能をある程度代用し、素早く正確な魔法行使の助けになってくれる。
杖なんかもその一つだし、一番ポピュラーではあるんだが、何も杖って形に拘る必要はどこにもない。
指輪だろうが、ネックレスだろうが、剣だろうが鎧だろうが、それこそぬいぐるみだろうが。その内部に魔法陣の一部が仕込まれているのなら、それがその魔法使いにとっての“杖”になる。
要するに、杖は持ち込めてぬいぐるみの俺を持ち込めない理由なんてどこにもないのだ。それでもニーミがわざわざ俺をティアナから引きはがす理由があるとすれば、例の少女――リリスについての話以外考えられない。
「ティアナと一緒に戦ったんじゃろう? どうじゃった、その敵は」
『強かったよ。百年前と違ってアホみたいな数のアンデッドを用意する時間がなかったみたいだが、もし準備が整ってたらとても勝てなかっただろうな』
アンデッドを作り出して使役する、死属性の魔法。
百年前は使って来なかった上級魔法に加えて、作り出したリッチにまで死属性の魔法の力が宿ってやがった。
戦闘中は魔力弾しか使って来なかったけど、もしあのリッチにすらアンデッドを作り従える魔法が備わっているのだとしたら――もはやあの少女は、存在そのものが“超級”の脅威と見て間違いない。
「威力を絞っていたとはいえ、百年前は王の許可なく使用することを禁じられていた《混沌鎮魂歌》を使わねばならぬほどの相手じゃからな……生半可な相手ではないか」
『ああ。しかもあの口ぶりだと、また遠くないうちに復活しそうだった。警戒は必要だろうな』
一体どんな手で復活してるのかは分からない。いや、死属性なんて魔法を使ってるんだし、あるいはあいつ自身がアンデッドの一種と化してるのか? もしくは俺の転生魔法と同じように、魂だけを守ってアンデッドの体に憑依させる、とか。
もしそれが可能なら、完全に滅ぼすことはほぼ不可能。本当に厄介だ。
『奴は自分のことを魔王の僕だって言ってた。この国の至宝を狙っていると……そして、同じ目的を持った仲間がいるとも。ニーミは何か心当たりはあるか?』
「……近頃、王国内で古の魔王を崇拝する怪しげな組織が暗躍しておる。各地に根を張り、魔王を復活させるためにと様々な犯罪を引き起こす困った連中なんじゃが、恐らくそいつらのことじゃろうな」
『魔王崇拝ね……そんなもの信仰して何になるんだか』
「どうせ今の世界で救われぬ思いなら、いっそ世界を壊してしまえばいい。そんな風に考える奴は存外多いということじゃの」
ままならない現実に、俺とニーミは揃って溜息を溢す。
流石に、超級クラスの魔法を使える魔法使いがそう何人も所属してるだなんて思いたくないけど……そういう奴が、魔王復活のために――それが可能かどうかはともかく――この王都を滅ぼし、至宝を奪おうとしているとしたら。
この学園に通うティアナやニーミにとって、とても無視出来ない存在だ。
『やっぱり、俺もいつまでもぬいぐるみの体に甘えてばっかりいられないな。どうにか力を取り戻さないと』
現状、俺は他人の魔力が無いと戦うことが出来ない。
魂を繋げたティアナの魔力が最良だけど、そのティアナにしたって無限に魔力があるわけじゃない。かつて作り上げた俺のオリジナル魔法をもう一度使えるようになるためには、俺の魂に根差した俺自身の魔力が必要だ。
「ぬいぐるみの体で魔力を取り戻すと言われても、中々難しいのぉ」
『まあ、それは分かってるけどな……どうしたもんか』
うーん、と二人して頭を悩ませるが、やはり良い案は浮かばない。
とそこで、ニーミがふと「ああそうじゃ」と手を叩いた。
「わしにはあまり良い案は浮かばないが、いっそあやつに相談してみるのも良いかもしれんの」
『あやつ?』
「ほれ、ドボル爺じゃよ。お師匠様もよく一緒に冒険に出ておったじゃろう?」
『えっ、あのジジイまだ生きてんの!?』
ニーミの口から飛び出した懐かしい名に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げる。
ドボル爺は、俺が生きていた百年前に何かと世話になった、ドワーフ族の爺さんだ。
武具や魔道具に関する知識が豊富で、俺の魔法知識と合わせて色々と悪巧みをした仲なんだが、あの時既に百歳を超えていたはず。
いくらドワーフの寿命が人の三倍くらいあるとはいえ、もうとっくに死んでるもんだと思ってたよ。しぶといなあのジジイ。
「流石にあの頃ほど元気に各地を飛び回ってはいないがの。今はこの学園に腰を落ち着けて、魔法工学という授業を受け持っておる。ティアナがこの学園に入った暁には、尋ねてみると良い」
『ああ、そうさせて貰うとするかな。しかしニーミ、ティアナの手前あまりはっきり聞けなかったけど、あいつちゃんと受かるよな? 試験内容、どんなもんなんだよ』
俺の力について方針が固まったところで、ずっと気になっていたことについて尋ねてみる。
ティアナの実力についてはもはや疑う余地もないけど、試験内容について昨日ニーミは何やら不穏なこと言っていたからな。流石にそろそろ聞いておきたい。
「そうじゃな、お師匠様が受けるわけでもないし、そろそろ教えてもいいじゃろう。ほれ、これが試験内容を記した紙じゃ」
『んー?』
ニーミが俺の眼前に紙を見せ、一つずつ解説してくれる。
それが終わる頃、ちょうど試験会場へと子供達がやって来た。もう試験が始まる時間らしい。
その子供達の中に、こちらへ向かって気合十分に手を振るティアナの可愛らしい姿を見つけながら、俺はぼそりと呟いた。
『……これ、ティアナに特待生は無理だわ。というか、合格者の中ではぶっちぎりのドンケツになるんじゃないか?』




