第32話 水の都と師弟の再開
新章突入! これからもよろしくお願いします!
クルトとの対峙を終えた俺達は、改めて王都へ向かうことになった。
トラブルに次ぐトラブルで行程が遅れまくり、このまま行くと試験にも間に合わない状態だったが……そこは、俺の弟子であるニーミが上手くやってくれた。
なんと、空間魔法《転移門》によって、商隊丸ごと王都近郊まで一瞬で転移させてくれたのだ。
百年前は自分一人飛ばすのもやっとだったのに、成長したもんだな。
「うわぁ……! ねえ見て師匠、水がいっぱいだよ!! すごい!!」
ガタゴトと揺れる馬車の中、窓の外から見えるのは整然とした建物の群れ。
だが、そんな建物の合間を通るのは道路ではなく、幾重にも張り巡らされた水路だった。
ランドール領の領都ラフールのそれと違い、もはや川と呼んでいい規模のそれは何艘ものゴンドラがゆったりと行き交い、数少ない大地を行く馬車よりよほど便利に街中を移動出来るのは明らかだ。
水路を流れる川のせせらぎが耳に優しく、太陽の光を反射してキラキラと輝く。
目に優しい白い建物と相まって、町全体が清涼感と明るい空気で統一された美しい都。
アルメリア王国、王都アクアリア――"水の都"とも呼ばれる、大陸屈指の大都会だ。
「すっごーい……! こんなたくさんの水、どこから来てるんだろう?」
『どこって……マジかティアナ……』
興奮を隠せない様子のティアナに、俺は思わず不憫なものを見るような眼差しを向けてしまう。
この国に住んでて、まさかそんなことも知らない子がいようとは……。
『この水は全部、王都にある聖遺物から溢れ出てるんだ。聖遺物は分かるか?』
「ええっと、神話の時代に創世神様がこの世界を作られた時に利用された道具……だっけ?」
『そうそう。よく知ってるな』
「えへへ~」
「先生、知ってて当たり前の知識ですわ、それ」
俺がティアナを煽てていると、すぐ傍にいたレトナにバッサリと切り捨てられる。
いやうん、そうだけどね? 俺はほら、弟子は褒めて伸ばす方針だから。
『その聖遺物の中でも、特に強力な力を持った物を《至宝》って呼ぶんだ。アルメリア王国では、そんな至宝の一つである《水の至宝》を保有してる。そいつが生み出す無限の水が、こうして王都を水の都って呼ばれるまでに押し上げてるんだ』
その関係で、この王国では大陸中でも珍しく上下水道が完備されてるし、水の使用が実質タダ。結果、水を多く使った食文化が発展していたりする。
ティアナも覚えがあるんだろう、「なるほど」と頷いた。
『王国を流れる川は全部王都に繋がってるからな。"迷った時は水に聞け"なんて言葉があるくらいこの国にとっては重要な宝だ、覚えとけよ』
「はーい」
『よしよし。ところでティアナ』
「うん?」
『……そろそろ、助けてくれるとありがたい』
「えっ? あっ、こらアッシュ! ダメでしょ!」
「ワンッ!」
『ぬおお!! やめんか!!』
灰色の犬に振り回され、俺は目を回す。
ランドール家を出る決意をしたティアナだったが、その前にニーミの力を借りて、ほんの少しの間だけ帰宅した。
その時に、ちょっとした衣類やぬいぐるみの山を積み荷に追加したわけだけど、そこで当然のようについてきたのがこの犬っころだ。
そんなわけで、ティアナの隙を突いて俺はしょっちゅうこの犬っころに弄ばれている。ぐぬぬ。
「はははっ、元気なワン公じゃの。アッシュと言うのか」
「あ、はい、そうです! 私の大事な家族なんです」
そうしていると、同じ馬車に乗っているニーミがそう尋ねて来た。
ちょっとやんちゃなのが困りものですけど、などと答えるティアナに、「そうか」と鷹揚に頷きを返す。
「そのぬいぐるみも、お主の家族か?」
「あ、えーっと、家族というか、師匠というか……」
「師匠、か……わしのお師匠様しか使えんはずの大魔法を使えたのも、それが理由かの?」
じっと、ニーミの探るような視線がティアナを射抜く。
敵意とは違うが、嘘や誤魔化しを許さない強い眼差しを前に、ティアナは少々たじろいでいる。
「そろそろ、教えてくれんか。お主の師匠について……そのぬいぐるみについて」
「えっと、その……」
『それについては、俺から話すよ』
萎縮してしまっているティアナに代わり、俺が直接ニーミと念話を繋げて声をかける。
俺の言葉を聞いて、疑念が確信に変わったんだろう。ニーミは目を見開いた。
『久し振り……なんて言うにも長すぎるな。約束通り、帰ってきたぞ、ニーミ』
「その声……本当に、お師匠様なのか……?」
『ああ。転生魔法に失敗してこんな姿になっちまったけど、正真正銘本物のラルフ・ボルドー様だよ』
「っ……!」
ニーミがぐっと唇を噛み、目を伏せながら俺に手を伸ばす。
俺がニーミに会いたがっていたのを知っているからだろう、ティアナも抵抗なく俺の体を明け渡す。
ふかふかブサイクなクマ魔物のぬいぐるみと化した俺に、ニーミは潤んだ瞳で笑みを浮かべ……そのまま、思い切り握り潰した。
『あだだだだだ何すんだよニーミ!?』
「やかましい!! なーにが『約束通り帰ってきた』じゃ、百年じゃぞ百年!? そんなもんで守ったなんぞ言えるか!!」
『いや悪かった本当に悪かったからちょっと力緩めてくれ!!』
腕に魔力を込めているのか、ぬいぐるみの体なのに普通に痛い。
リリスとの戦いで吹っ飛んだ腕だってまだ直してないのにちょっとバイオレンス過ぎませんかねうちの弟子は!?
「師匠ー!? や、やめてください、師匠だってアストレア様のことすっごく心配して……!!」
「ちょっと黙っとれ!!」
「はいっ!!」
ああ!? クルト相手にあんなにも堂々と立ち向かっていたティアナが、ただの一言で直立不動に!?
いやぁ本当に成長しましたねニーミちゃん。前は威圧感どころかちょっとしたことですぐピーピー泣いてたのに……ってあだだだだなんか力強まってるんですけど!?
「全く……百年も経つのに、お師匠様は相変わらずじゃな……」
そうやって散々俺を痛め付けていたニーミだが、ふと力を緩めたかと思えば、そのまま俺の体を抱き締めた。
ぎゅっと、それまでの乱暴さが嘘のように優しく大人らしい豊満な胸に抱かれていると、ニーミの瞳から一滴の涙が溢れる。
「本当に……また会えて良かった……わしは嬉しいぞ、お師匠様よ……」
『……ごめんな。心配かけた』
「全くじゃ……! お師匠様はいつもいつも、わしを置いてどこかへ行ってしまう……もう、どこにも行かないでおくれ……」
『ああ、分かってるよ。ただいま、ニーミ』
「っ……おかえりなさい、じゃ。お師匠様」
見た目に反し、童女のような泣き顔で笑うニーミの姿に、やっぱり根本的なところでは変わらないなと少しほっこりする。
と、そうして一番弟子との再会を喜んでいると、俺の体がひょいとひったくられた。
何事かと思えば、そこには少々膨れっ面を浮かべる二番弟子の姿が。
「アストレア様が師匠の弟子なのは聞いてますけど、今は私の師匠なんです! 師匠はあげませんからね!」
ぎゅうぅぅぅっと思い切り抱き締められ、その薄い胸に押し付けられる。
うごごご、ニーミと違って絶壁だから本当に潰れる!! いや、流石に女の子だから多少なりと柔らかさはあるんだけども、こうやっぱり別格というかなんというか……。
って、俺は何を弟子の胸比べてんだ!? アホか!! 消えろ雑念!!
「ほほう、つまりお主はわしの妹弟子ということになるわけじゃな。ははは、これはまた随分とめんこい子を捕まえたもんじゃのうお師匠様よ! 実はあれかの? これくらいの子が好みだったりするんかの?」
『ちげーよ!! 見た目で弟子を選んだ覚えはねえ!!』
とんでもない誤解だ。俺はあくまで、ニーミとティアナの将来性と境遇を思って弟子にとったのであって、美少女かどうかは一切関係ない。
だからレトナ、そんな蔑んだ目で俺を見るな。その後ろにいるメイドも、「お嬢様の敵でしょうかこのぬいぐるみ」じゃないんだよ、俺は断じてレトナをそんな目で見てねーから!!
「まあそう隠すでない。わしもほれ、時属性魔法で年齢は好きなように弄れるからの。お望みとあらばあの頃の姿にも戻れるぞ?」
『戻らんでいいっつーの!!』
俺が叫ぶと、ニーミはけらけらと笑い出す。
こいつ、元からやんちゃではあったけど、この百年で更に磨きがかかってるんじゃないか?
「ふふっ、まあ良い。わしも未熟な妹弟子からお師匠様を取り上げるほど鬼ではないよ。どうせこれからは同じ学園で皆暮らすことになるんじゃからな、大して変わらん」
「そうなんですか?」
「学園には学生寮があるからの。別に使わずとも良いが、お主は家を出た以上身を寄せる場所もあるまい。ああ、それかわしの家に来るかの?」
「アストレア様の!?」
「ニーミで良い。どちらにせよ、入学試験を終えるまではどこか寝泊まりする場所が必要じゃろう。遠慮なくついて来るが良い」
「あ、ありがとうございます!」
「うむ。そちらのファミール家の娘っこはどうするかの?」
「私は王都に別邸がありますので、お気遣い無用ですわ」
「何なら、ティアナ様の寝る場所として使えるかもと手配しておりましたものね、お嬢様」
「シーリャ、余計なことは言わなくていいですわ!!」
なんと、レトナまでティアナの寝床を心配してくれていたとは。
ティアナも驚いたようで、どうしたものかと二人の間で視線を彷徨わせている。
「ティアナ、こちらのことは気にしなくて構いませんわ。せっかくアストレア様とご一緒出来るのですから、試験の日まで色々と学んでおきなさいな。ただでさえ貴女、座学が壊滅的なんですから」
「うっ、わ、わかったよ」
痛いところを突かれ、ティアナは素直に頷く。
その後、わざわざそれぞれの家の前まで馬車で運んで貰った俺達は、レトナやシーリャ、商会長のドルトンに別れを告げ、ニーミの家を訪れた。
『というか、ここって……』
「ふふ、流石に忘れてはおらなんだか」
ニーミに案内された家は、俺も知っている場所だった。
というか、それもそのはず。何せそこは、百年前に使っていた俺の家だったからだ。
「改めて、よく帰ってきたの、お師匠様。我が妹弟子も歓迎するぞ」




