第31話 クルトの野望と闇の少女
ランドール伯爵家、領主館。
ティアナがいなくなり、少しばかり静かになったその場所で、クルト・ランドールは窓辺に佇んでいた。
「ティアナめ、まさか俺にあそこまで歯向かうとはな……益々今は亡き妻に似てきたな」
彼の妻、サラシャ・ランドールは、王国内でも屈指の実力を誇る魔法使いであると同時に、希代の冒険者でもあった。
世界中の危険な魔境へ足を踏み入れ、神話の時代から残る聖遺物を回収する、死と隣り合わせの世界に生きる者。怪我で若くして一線を退かなければ、こうして彼女と結婚することもなかっただろう。
「奔放で、諦めが悪く、正義感に熱い。曲がったことが大嫌いなお人好し。本当に、懐かしい」
窓の先に広がるのは、領都の街並。しかし、彼の目が映しているのは目の前にあるその景色ではなく、それよりも遥か彼方――今頃は王都に向かって移動しているであろう、娘達の居場所だ。
「懐かしくて、懐かしくて……」
くるりと窓に背を向けて、部屋の中でゆっくりと歩を進める。
そして、自らの執務机の前までやって来ると――そこで頭を垂れていた黒髪の少女へ向け、容赦なくその足を振り下ろした。
「あぐっ!?」
「本当に、憎たらしくて仕方がない……!!」
ぐりぐりと踏みつけられた少女――リリスの悲鳴が、執務室に響き渡る。
それでも構わず、クルトは少女を痛めつけていた。
「貴様、失敗しただと? あれだけ協力してやったのに、戦力の大半を失ったとはどういうことだ」
「申し訳、ありません……! まさかあの子が、クルト様の娘とは思わず……ましてや、百年前の大賢者を宿したぬいぐるみを持っていようとは……!」
「言い訳をするな、見苦しい!!」
「ひぐっ!?」
腹を蹴り飛ばされた少女は、床の上で蹲ってただひたすら襲い来る痛みに耐える。
それでも、クルトの気は晴れなかった。
「お前の魂が入る器を用意し、蘇生させてやったのはどこの誰だ、言ってみろ」
「クルト……様です……」
「無様に失敗し、そのたかがぬいぐるみに消し飛ばされたお前を再び蘇生してやったのは?」
「クルト様です……!!」
「ならば、言い訳などしていないでさっさと力を付けて《至宝》を持って来い!!」
「あぐっ!!」
自らの怒りに任せ、クルトは何度も少女を蹴り飛ばす。
至宝とは、国の設立にも拘わった強大な力を持つ聖遺物のことだ。
その杯には無限の魔力が宿り、世界を作った創世神の力の一端を封じ込められているとすら言い伝えられている。
その力さえあれば、常識では考えられない魔法の行使すら可能になるだろう。
例えば、そう――既に死した魔王の復活など。
「本当に、どいつもこいつも俺の思い通りに動かない奴ばかりだ……ティアナも、大人しく家に居れば貴族として“普通に”扱ってやったものを」
実のところ、クルトは最初からティアナの魔法適性に気付いていた。気付いていて、その力が開花しないように無能の烙印を押し、一切の教育を行わず部屋に押し込めていたのだ。
命属性の力が、自らの脅威になり得ると考えて。
「場合によっては何かに利用できるかと考えて生かしておいていたが、こうなっては仕方ない……これ以上邪魔をするようなら、あいつも殺せ」
「……その、よろしいのですか? あなたの娘なのでしょう?」
「だからなんだ。貴族に家族の情があるとでも思ったのか?」
悪魔のように冷徹な瞳に射竦められ、リリスの背筋に悪寒が走った。
人を人とも思わないその目に恐怖を覚える少女の髪を無造作に掴んだクルトは、力任せに眼前まで引っ張りあげる。
「あうっ……!!」
「いいか、俺達の目的は魔王の復活、そしてその力でこの大陸を統一することだ。その障害となるのなら、何であろうが俺達の敵だ。分かったな?」
「はい……分かっております……」
「ならばいい」
ぱっと手を離し、重力に引かれたリリスの体が再び床に倒れ込む。
痛みに涙を滲ませる少女のことなどもはや眼中にないとばかりに背を向けたクルトは、再び窓の外を眺めながら無造作に告げた。
「俺はあの忌々しい魔女に目を付けられた今、しばらくは"真っ当に"貴族として振る舞う必要があって自由に動けないが、貴様はそうではない。今からすぐに王都に向かい、仲間と合流して計画を進めろ。いいか、二度としくじるんじゃないぞ?」
「はい……了解しました」
よろよろと起き上がったリリスは、そのまま執務室を後にする。
気配が遠ざかっていくのを確認したクルトは、誰にともなく呟いた。
「魔王の力で、俺がこの世界の王になる……!! 待っていろよサラシャ、必ず貴様を見返してやる……!!」
これにて第一章終了です、次話からは第二章! ティアナ達が学園に向かいます!




