第29話 努力の褒賞
「うっ、うぅ……」
『ティアナ、気が付いたか?』
戦闘が終わってしばらく経ち、気を失っていたティアナがベッドの上で目を覚ました。
まだ意識を取り戻したばかりで、状況が掴めていないんだろう。どこかぼんやりとした視線で周囲を見渡す。
「師匠……ここは?」
『あの場所から一番近い町の宿屋だ。お前、あれから三日も眠りこけてたんだぞ』
ベッドと最低限の家具だけという、質素で見覚えのない部屋の内装に戸惑うティアナへと、俺は出来るだけ優しくそう答える。
限界を越えて消耗していたティアナは、あのままだと衰弱死してしまう恐れもあったんだが、リリスを倒したことで弱体化したアンデッドの処理を終えたレトナ達によって助け出され、こうして治療を受けることが出来た。
本当に、危ないところだったよ。
「他の、人達は……?」
『ガデルも捕まってた連中も、今はピンピンしてるよ。ティアナが一番重傷だ』
最初の言葉通り、リリスは彼らをアンデッド作りに必要な魔力を絞り出すための家畜として考えていたんだろう。
あまり良い扱いとは言えないが、衰弱し過ぎない程度には配慮していたらしい。ティアナの《聖命剣》の効果もあって、一日もしないうちにほぼ全員が完治していた。
「そっか……よかった……」
「良いわけないですわ、このおバカ!!」
「はぎゅっ!?」
ごちんと、ティアナの頭に軽い拳骨が落ちる。
ぷるぷると涙目になって震えるティアナが顔を上げた先には、珍しく怒った様子のレトナがいた。
「貴女、下手したら死んでましたのよ!? その辺りちゃんと分かってますの!?」
「わ、わはっへる、わはっへるよほ……」
「いいえ、全然分かっていませんわ!!」
ぐりぐりとティアナの両頬を抓り回し、赤くなるまでこねくり回す。
一応その子、病人なんだが? と思わず口を挟みたくなる剣幕で詰め寄るレトナだったが、一息吐くと一転して、優しい声色でティアナを撫でる。
「……本当に、無事で良かったですわ。貴女が死んだら、後悔してもしきれませんもの」
「あ……ごめんね、レトナ。ありがとう」
その今にも泣き出しそうな表情を見て、ティアナもようやく自分がかけていた心配の大きさに気付いたんだろう。どこかくすぐったそうに笑いながら、レトナの手に自らの手を重ね合わせる。
「なんだかレトナ、お母様みたい」
「こんな大きな娘を持った覚えはありませんわよ。同い年でしょう、貴女」
「確かに、お父様とレトナじゃちょっと合わなそうだなぁ」
「当たり前でしょう、文字通り大人と子供ですわよ」
「あはは、そうだね……」
そんな取り留めのない会話をしていたティアナの目が、不意に俺の方へ向いた。
何も口に出さず、ただぎゅっと俺の体を抱き締めたのは、その想いを口にするわけにはいかないと思ったからだろう。
だけど……魂を繋ぎ合わせた俺には、その心が少しだけ伝わってしまった。
――師匠がお父様だったら良かったのになぁ……。
『ティアナ』
「うん? どうしたの、師匠」
ほとんど無意識の想いだったのか、ベッドに横になったままこてりと首を傾げる。
そんなティアナに、どう言葉をかけたらいいかしばし迷っていると、俺より先にレトナが口を開いた。
ただしティアナではなく、部屋の扉に向けて。
「そこにいる方達も、そろそろ入ってきていいですわよ」
「えっ?」
レトナの一声で扉が開かれ、ぞろぞろと多数の人が部屋へなだれ込んで来る。
一体何事かと思ったけど、集団の中にガデルの姿を見付けるに至り、ようやく彼らのことを思い出した。
そうだ、こいつらはリリスに捕まって魔力を搾り取られていた人達だ。何人か見覚えがある。
「君がティアナさんだね?」
「え、ええと、はい」
集団の先頭に立っていた男が、彼ら全員を代表するように口を開く。
何が何やらと、戸惑うばかりのティアナが体を起こして答えると、彼はティアナの手を取って涙を流した。
「えっ……えっ?」
「ありがとう……! 君のお陰でこうして無事に帰って来ることが出来た。本当にありがとう!」
男に続いて、他の人達も代わる代わるティアナの手を取ってはお礼を口にしていく。
旦那と死に別れずに済んだ、家族を路頭に迷わせずに済んだ、生まれたばかりの娘の顔を見られた――
他にも、死にかけたことで妻の大切さが身に染みただとか、その勇姿を見て新しい歌が閃いたなんていう吟遊詩人の少し変わったものまで、本当に次から次へと送られてくる感謝の言葉に、ティアナはただひたすら目を白黒させる。
「あの、その……」
そして、最後にティアナの前へやって来たのは、同じ商隊で行動していたガデルだ。
ティアナに冷たく当たっていた自覚があるからか、しばし迷うように視線を彷徨わせていた彼だったが、やがて勢いよく頭を下げた。
「ごめん!! 色々と突っかかるようなこと言って……その挙句、あんなやつに捕まって迷惑かけて……本当に悪かった!!」
「い、いいよ、あれくらい気にしてないし……それに、悪いのはガデル君じゃないから」
「でも、謝らないと気が済まないんだ。俺、これまで散々調子に乗ってたし……」
そう言ってポツポツと語られたのは、ガデルの故郷での話。
元々小さな村の出身だった彼は、幼い頃から喧嘩では負け知らずだったらしい。
その上で魔法の才能まであると分かったものだから、それはもう天狗になっていたようだ。
「貴族だかなんだか知らないけど、俺にかかれば余裕で勝てるって思ってた。どうせ狩りの一つもしたことないボンボンだろって。だから、お前に助けられた時、悔しくて……」
蓋を開けてみれば、初めて出会った貴族がティアナで、魔物相手ですら一顧だにしない強さがあった。それを見て嫉妬してしまったのだと言う。
「やっぱり平民の俺じゃあ貴族とは生まれた時から持ってるものが違うのかって、不貞腐れて……でも、あの化け物に立ち向かうお前を見て、そうじゃないって思ったんだ。力なんて関係ないって」
「え……」
顔を上げたガデルが、戸惑うティアナをじっと見詰める。
その真っ直ぐな瞳には、確かに以前までの小生意気なガキっぽさはなく、スッキリとした強い光が宿っていた。
「ボロボロになりながら戦い続けるお前を見て、俺もこうなりたいって思ったんだ。どんなに力の差があっても諦めないで誰かを守れる、お前みたいな魔法使いに」
「っ……!!」
「だから俺、もっと頑張るよ。魔法学園に入れるかは分からないけど、たとえ入れなくたって頑張って強くなる。そしたら……!!」
思わぬ言葉に目を見開くティアナの手を両手で掴み、ガデルはその思いの丈を全てぶつけるかのように叫ぶ。
「今度は、俺がお前を守ってみせる……!! それまで、待っててくれ!!」
子供らしく、どこまでも真っ直ぐで純粋な想い。
あまりにも予想外だったのか、言葉が見付からない様子のティアナに対して、俺はこっそりと風魔法で頭を撫でた。
『これが、お前が今まで積み上げてきた努力の結果だよ。……よく頑張ったな、ティアナ。偉いぞ』
「っ……!!」
何を、とは言わない。
リリスとの戦闘も、魔法の鍛練も、それ以前の家での仕打ちも、唯一心を許していたであろう母親との死別も。
まだ幼いティアナにとって、これまで頑張らなきゃならないことは数えきれないほどあっただろうから。
それでも、ティアナには十分な言葉だったようで。
「ふぐっ、うっ、うえぇ……!!」
ボロボロと、涙を溢し始めた。
「えぇ!? な、なんで泣くんだよ!? そ、そんなに嫌だったのか!?」
「ち、ちがっ、そうじゃ、なくて……!! 私、誰かに、こんな風に、いっぱい、言ってもらえるの……初めて、だったから……!!」
絶望的な戦いの中でも弱音一つ吐かなかった少女が見せる初めての涙に、その場の誰もが目を奪われる。
これまで抱えてきた山のような感情が堰を切って溢れ落ち、いつまでも止まる様子がない。
「……ティアナ」
「えっ?」
「私の名前……"お前"じゃなくて、ティアナだよ。……そう呼んで?」
「あ、ああ……ティアナ……」
「ふふっ、よろしい」
えへへ、と泣き笑いのような表情を浮かべるティアナに、ガデルは耳まで真っ赤になりながら顔を逸らす。
こ、こいつ……さっきの言葉といい、本気でティアナに惚れてないだろうな?
おう、うちの弟子が欲しかったらあれだ、最低でも宮廷魔導士か魔法騎士団長くらいにはなって貰わないとなぁ?
えっ、そこは俺を倒してからにしろ、じゃないのかって?
うるせえ!! 今の俺はティアナがいないと戦えないんだよ!! 文句あるかちくしょう!!
「それじゃあ、話も終わったみたいですし、皆さん出ていってくださいな。ティアナはまだ怪我人ですし、これからの予定についても話し合わないといけませんので……」
「お嬢様!!」
レトナがガデル達を追い払おうと口を開いたところで、突然窓の外からメイドのシーリャが飛び込んで来た。
いや、ちょっと待て。この部屋確か二階だったと思うんだが? 魔法の気配なんて感じなかったのにどうやって登って来たんだ?
そんな疑問が頭を過るも、彼女の切羽詰まった表情を見るに、そんなことを気にしていられる状況じゃないんだろう。大して動じた様子もなかったレトナが、真っ先に問い掛けた。
「シーリャ、そんなに慌ててどうしたんですの?」
「ランドール卿が……」
「えっ?」
「クルト・ランドール卿がこの町に来ました!! ティアナ様を連れ戻しに来たものと思われます!!」
ようやく事件が片付いたかと思えば、すぐにまたひと波乱。
どうやら、王都への道のりを塞ぐ最後の障害がやって来たらしい。
あと二話で第一章も終わりです。
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