第28話 究極の魔法
「意図的な暴走状態で強引に魔力を増強して、上級魔法に対抗……ふふ、そんな姿になっても、大賢者としての知識は健在というわけね。そんな荒業、実行に移せる魔法使いがいるとは思わなかったわ。……だけど」
腕を落とされた巨人の後ろで、少女は嗤う。
そのか細い指がパチンと打ち鳴らされると同時、切断された腕が黒い瘴気となって巨人に纏わりつき、あっという間に腕が再生した。
「その程度で倒せるほど、私のベルグルシは甘くないわよ!!」
元の姿に戻った巨人が、ティアナに迫り来る。
いくら魔力があろうと、体がボロボロのままじゃまともに対応できない。まずはそれをどうにかしないと。
『《生命超強化》!!』
魂の接続を強めたことで、俺自身も多少はティアナの適性を受け継いで命属性魔法を操れるようになった。
今この時だけの特例みたいなものだけど、中級強化魔法を発動してティアナの身体能力を強化すると共に、傷を癒していく。
「やあぁぁぁ!!」
先ほどよりも一段と高められた力を存分に振るい、ティアナの魔剣が巨人の腕を再び斬り裂く。
真っ二つになった左拳の代わりに右フックが振るわれれば軽々と跳躍してそれを躱し、肩口を斬りながら巨人の後ろへ。横薙ぎに振るった剣がその両足を斬り捨てる。
「まだまだぁぁぁぁ!!」
無防備になった巨人の体を、斬る、斬る、斬り捨てる。
見上げるほどの巨大な体が少しずつ削ぎ落とされ、その原型を徐々に失っていく。
「舐めるなって言ってるでしょうがぁぁぁぁ!!」
「っ!?」
突如として激昂した少女の叫びに呼応して、斬り落とされた巨人の一部が魔力弾となって一斉にティアナを襲う。
隙間なく迫る漆黒の魔弾を次々と切り落としていくが、それでも処理が間に合わない。ついにその弾幕の一部がティアナの体を捉え、弾き飛ばした。
「きゃあぁ!!」
『ティアナ!!』
「だい、じょうぶ……!!」
流石に、巨人の拳そのものよりは威力が低いらしい。《ライフハイブースト》によってティアナが纏った濃密な命属性の魔力が鎧代わりとなったようで、致命傷は負っていない。
だが、命属性魔法による傷の治療は、あくまでティアナ自身の身体機能の延長だ。失った血は戻らないし、傷口を再生すればするほど体内の栄養と体力を消耗していく。
今はまだ暴走状態の魔力があるから平気だが、これが解けた時のしっぺ返しが心配だ。早く決着を付けないと。
「もういい加減諦めたらどうかしら? あなた達がいくら小手先の技で足掻こうが、そんな魔法じゃベルグルシは倒せないわよ?」
ティアナを打ち据えた魔弾が横たわっていた巨人の元へ集い、再びその体を再生させる。
確かにこいつの言う通り、このまま戦い続けてもティアナが先に力尽きるのは間違いない。
巨人を無視して少女を倒そうにも、あの速度と体の一部を魔弾に変質させる能力が相手じゃ、背中を見せるのは危険すぎる。
となれば……やっぱり、どうにかして巨人を倒すしかないか。
小手先じゃない、正真正銘の切り札で。
『ティアナ、このままじゃあの巨人には勝てない。上級魔法を打ち破れるのは、同格の上級魔法だけだ』
「でも、私はまだ中級魔法までしか……」
『ああ。だから、今ここで俺が上級魔法を作る。それを、ティアナがこの場で発動しろ』
「えっ、えぇぇ!? つ、使ったこともない魔法を、一発勝負で!?」
『勝つためにはそれしかない。俺も手伝ってやりたいところだけど、恐らくティアナが発動するまでの時間を稼ぐので手一杯になるし、自力でやって貰うしかない』
会話している間にも、巨人が迫る。
そのまま攻撃しても斬り飛ばされると判断したのか、これまでと違い死属性の魔力を纏わせながら繰り出される拳は今のティアナでも容易に迎撃することは出来ず、やむなく回避を繰り返す。
「……師匠は、どう思う?」
『ん?』
「師匠は、その上級魔法を私が使えるって、信じてくれる?」
そんな中で、ティアナは俺に目を向けることなく問いかける。
いい加減暴走状態のまま動き回るのも限界に近いだろうに、未だ集中を切らすことなく戦い続ける幼い少女は、その貴重な時間を使って声を上げた。
「師匠が信じてくれるなら――私は、どんな魔法だって使ってみせる!!」
そこに込められているのは、俺に対する全幅の信頼。
魂を繋ぎ合わせ、互いに嘘が吐けない今の俺達の間だからこそ出来る、不安を晴らすためのお呪いだ。
『当たり前だろ』
だからこそ、俺も絶対の自信を持って頷いた。
即興で作り上げた魔法陣をティアナの持つ魔剣の柄に展開し、目の前の巨人に意識を集中する。
『お前は俺の自慢の弟子だ。あんなデカイだけの魔法なんざ、ぶった斬ってやれ!!』
「うんっ!!」
ティアナが頷くと同時に、俺は迫りくる巨人に対して魔法を発動する。
命属性中級魔法、《フォレストランス》――その、即興改変。
『《命宿りし緑の種よ、其は大地に根付く守護の大樹、生きとし生ける者達へ恵みをもたらす者なり。その大いなる実りを戒めと成し、我が宿敵を捕らえたまえ!! 大地の鎖》!!』
地面から突き出た大樹が、直接巨人の体を取り込み空へと持ち上げる。
大樹を砕こうと巨人が暴れ始めるが、そうはさせじと無数に分かれた枝の一本一本がその体に絡みつき、動きを阻害し封じ込めていく。
「ちぃっ、本当に小賢しいわね……!!」
少女が手を振ると、巨人の体が無数の魔弾に分かれて雨のように俺達の頭上に降り注ぐ。
それを、俺は無数の枝を操って全て弾き飛ばし、俺達を守る傘にする。
『いいかティアナ、宿す力は命そのもの。お前自身の魂だ』
「《我に宿りし命の輝きよ、其は女神の欠片、己の魂に正義を掲げる者なり》」
俺が念話によって魔法のイメージを伝えるのに合わせ、ティアナがそっと目を閉じて詠唱と魔力制御に集中し始める。
詠唱文自体は、語り掛けるのと並行してティアナの頭に直接送り込んでいるものを復唱させている形だが、少しのミスが暴発に繋がる極限の魔力を操る中で、驚くほど綺麗に紡ぎ出されていた。
『魂を生み出したのは世界創世の神。象徴するのは浄化の力。魔を払い、倒れた命を救済する聖なる光』
「《母なる創世神の名において、今ここに破邪を司りし聖なる光を》」
ティアナの魔法をオペレートしながらも、巨人との攻防は続く。
叩き付けられる死の魔力が命属性で出来た大樹の枝を次々と折り砕き、空の牢獄から地上を目指して降下してくる。
『その剣は千の敵を滅ぼし、万の命を救う救世の刃』
「《其は万物を祝福し、破滅を払う剣なり!!》」
詠唱が佳境に入ると同時に、ティアナの目がカッと見開かれる。
魔剣の柄に構成されていた魔法陣が、注ぎ込まれる魔力に反応して大きく膨れ上がり、十メートル近い直径にまで急激に成長していく。
『ぶちかませティアナ。その魔法の名は――』
「《聖命剣》ぁぁぁぁぁ!!!!」
魔法陣から迸る莫大な魔力が巨大な剣となって顕現し、ティアナが振り下ろすのに合わせて巨人に迫る。
まさか発動に成功するとは思っていなかったのか、ここに来て初めてその表情を恐怖で引き攣らせた少女は、目の前の巨人へ魔力を注ぎ足す。
「受け止めなさい、ベルグルシ!!」
死の巨人と命の剣が、真っ向から激突する。
相反する二つの属性がせめぎ合い、周囲の大気を震わせながらバチバチと音を立てて弾け飛ぶ。
「そんな……ベルグルシが、押し負けるなんて!?」
拮抗するかに見えたそのぶつかり合いは、すぐにティアナの方へ天秤が傾いた。
巨人の体がボロボロと崩れ落ち、聖なる光に浄化されるように大気に溶けて消えていく。
「やあぁぁぁぁぁ!!」
「くそっ、くそっ……!! まさか、こんな子供なんかに、私のベルグルシがぁぁぁ!!」
最後まで振り抜かれた聖剣が、ベルグルシと呼ばれた巨人の体を飲み込み、消滅させる。
眩い光が辺りを包み、その衝撃で大地を穿ちながら少女を叩き伏せたその力は、周囲の淀んだ空気諸共まだ残っていたアンデッド達を浄化させていった。
「はあっ、はあっ、はあっ……!! やっ、た……? うっ……」
『ティアナ!! 大丈夫か!?』
そこで、ついにティアナを包んでいた命属性の力が消失し、力なく地面に倒れ込む。
やはり、強制的な暴走状態がよほど堪えたんだろう。その顔は青ざめ、魔力欠乏の症状が現れていた。
「私は、平気……それより、ガデル君……捕まってた人達、は……?」
『それなら心配するな。無傷だし、むしろお前の魔法で元気になったくらいだ』
命属性上級魔法、《聖命剣》。その効果は、使用者本人が“敵”と判断した相手のみを斬り裂き、“味方”と判断した相手を癒す、審判の魔法だ。
ティアナはあの少女に捕まっていた人達を助けようとしていたからな、それもあってか、彼らは魔法の余波を受けて幾分か表情が和らいでいた。
「そっ、か……良かった……これで、私達……」
「助かった、とでも思ったかしら?」
「っ……!?」
予想外の声に、ティアナは目を見開いてそちらを向く。
するとそこには、身に纏う衣服をボロボロにしながらも、大した怪我もなく悠々と立つ少女の姿。
そして、
「全く、ベルグルシ一体を作るのにどれだけの魔力が必要か分かっているのかしら? 動かすだけでも相当に魔力を使うからって、ケチらずに最初から全部使えば良かったわ」
少女を守るように地面から這い出す、ベルグルシの集団がそこにあった。
「う……そ……」
死力を尽くしてようやく倒した敵が、一気に五体。想像を遥かに上回る事態に、ついにティアナの表情に恐怖が宿る。
だけど、それでも。
「ぐっ、うぅ……!」
ティアナはその戦う意志を折ることなく、立ち向かおうとしていた。
「あら、まだ足掻こうっていうの? もう魔力もない、起き上がる力すらない状態で、これ以上あなたに何が出来ると? いい? あなたはもう負けたの。あれだけ必死に戦って戦って、苦しんで苦しんで、その結果は無様な敗北一つだけ。どう? ぜーんぶ無駄だったって分かってどんな気持ち? ねえ!?」
少女の言う通り、ティアナにはもう何の力も残されていない。流石に反論出来なかったのか、声にも出さずその瞳から涙が零れる。
ティアナの心がへし折れる様を見て楽しもうとでもいうのか、いつまでも狂笑を浮かべ続ける少女に対し……。
『黙れ、負け犬が。それ以上ティアナを嗤うな』
俺は、残された魔力で空を飛びながら、怒気を込めてそう告げた。
「し、しょう……」
『心配するな、ティアナ。お前は勝ったんだ、堂々と胸を張ればいい』
そう言うと、ティアナは驚いた表情で俺を見る。
同時に、巨人を侍らせた少女は心底不愉快だと言わんばかりに俺を睨んだ。
「……気のせいかしら? 今、私のことを負け犬と言ったの?」
『そう言ったんだよ。負けて耳まで遠くなったのか?』
「ふ、ふふっ……笑えない冗談ね。まさか、魔力の欠けらもないその体で、私のベルグルシを倒せるとでも?」
『当たり前だろ? 俺を誰だと思ってやがる。史上最強の大賢者様だ、忘れたわけじゃないだろう?』
全力で煽りながらそう名乗りを上げてやれば、少女はその顔にぴくぴくと青筋を浮かべ、その手を真っ直ぐ俺へ向けて掲げた。
「いいわ、そんな体でやれるものならやってみなさいよ!! 行け、ベルグルシ!!」
俺に向けて、五体の巨人が一斉に解き放たれる。
一瞬で距離を詰め、拳を振り上げる巨人達。足元からはティアナの悲鳴が聞こえ、少女は勝利を確信したのか笑みすら浮かべている。
『ちょうどいいから、教えてやるよ』
だが、その笑みはすぐさま驚愕の表情に取って変わった。
「なっ……何よ、それは……!? 魔法陣、なの……!?」
俺の目の前に展開された、巨大な立体模型のような魔力の結晶体。
通常は平面上に展開されるはずの魔法陣を複数組み合わせ、立体として形作った積層型魔法陣が、その溢れる魔力だけでベルグルシ達の接近を阻んでいるのだ。
『自力じゃ中級魔法までしか使えなかった俺が、どうして最強って呼ばれていたのかをな』
そう、俺はどうしても上級魔法を習得出来なかった。どれだけ努力を重ねても、どれだけ魔法を研究しても、一向に。
だから、発想を変えることにしたんだ。
俺の力で使えないのなら、他の誰かの力で使えばいい。
「魔力もなしに、魔法が使えるはずがない……まさか、戦闘で発生した魔力をかき集めて魔法を!? その子と私がぶつけ合った上級魔法の魔力を掠め取って、それで……!!」
『半分正解、及第点だな』
そう、この魔法のキモは、俺以外の他人の魔力を利用すること。
だけど、それだけじゃない。相反する二つ以上の属性を強制融合、対消滅させることによって更に莫大なエネルギーを生み出し、それをそのまま魔法として転化している。
例えばそう――“死属性”と“命属性”のような。
『《決して交わらぬ二つの縁交わりし時、遥かなる混沌から生まれ出でし破滅の力よ、終焉の女神の名において、今ここに滅びの歌を響かせたまえ》』
折り重なった積層型魔法陣が周囲から更に魔力を吸い上げて、中心部分で交わらせる。
重なりあった二属性が融合し、弾けるエネルギーの瞬きが眩しいくらいに何度も周囲を照らし上げていく。
『《其は全てを無に帰す破壊の化身なり!!》』
ベルグルシ達が俺の魔法を止めようと必死に拳を振るっているが、無駄だ。
上級魔法が上級魔法でしか対抗できないように、この魔法だって同格の魔法じゃなきゃ対抗できない。
ティアナがベルグルシを打ち倒して、この魔法の発動条件が整った時点で、お前はもう負けてるんだよ。
『しっかり見とけよ、ティアナ』
上級魔法より、更に上。
たった一発で国すらも滅ぼすと認定された、究極の力。
『これがお前の目指す、魔法使いの頂点だ』
“超級”融合魔法――
『《混沌鎮魂葬》!!』
解き放たれた膨大なエネルギーが光となって、周囲にいたベルグルシを一瞬で消滅させる。
それらを収束、捕まっている人達に影響がないよう精一杯制御しながら、少女ただ一人に狙いを定めて撃ち放つ。
「ははっ、あははは……!! 流石ね、ラルフ・ボルドー……今回は完全に私の負けだわ」
滅びの光に包まれながら、尚も少女は嗤う。
体が消し飛び、魂すら打ち砕かんばかりの力を受けて、それでもただ嗤い続ける。
「でも覚えておきなさい、私はこの程度で終わったりしない……!! すぐに戻って来るから、首を洗って待っていることね。ああ、そうそう、最後に一つだけ――」
――私の名前は、リリス。偉大なる魔王様に生み出されし僕が一柱よ。精々忘れないことね。
そんな言葉だけを残し、謎の少女リリスは、再びこの地上から消滅するのだった。
ラルフもようやく主人公らしい大技披露出来た……!!
よろしければ皆さん広告↓の★クリックして応援してやってくださいm(_ _)m




