第27話 不屈の心と最後の力
魔法の位階は、基本的に初級、中級、上級の三段階に分けられる。
初級魔法は、対個人戦闘用魔法。全身鎧装備の兵士一人を戦闘不能に追い込めるもの、もしくはそれと同等の軍事的価値があるとみなされた魔法のことだ。
中級魔法は、対集団戦闘用魔法。同じように、数人から数十人単位の兵士を戦闘不能に追い込めると判断された魔法のことを指す。
そして、上級魔法は対軍殲滅魔法。
たった一発の魔法で、数百から数千に上る軍隊を壊滅させられる魔法に対して与えられる名だ。
「上級、魔法……これが……」
漆黒の巨人を見上げながら、ティアナは茫然と呟く。
ベルグルシと名付けられたそれがもし本当に上級魔法と呼ぶに値する力を持つなら、町の一つくらいは容易に滅ぼすことが可能だ。今のティアナじゃとても勝ち目がない。
「っ……!!」
それでも、ティアナは真っ直ぐに少女を見つめ、手にした魔剣を構え直す。
未だ折れる様子のないその姿に、少女は薄気味悪い笑みを浮かべたまま手を叩く。
「この子を前にして逃げようとしないのは、素直に褒めてあげる。でも……」
ぱちぱちと、乾いた音を響かせていた手がぴたりと止まり、さっと空へ挙げられる。
それに合わせて、巨人がぎこちない動きで拳を振り上げた。
「勇気と無謀は別物よ?」
少女の手が真っ直ぐに振り下ろされると同時、巨人の体が“ブレる”。
気付けば目の前に佇んでいたその巨体が、容赦なく拳を振り下ろしていた。
「っ、《ライフブースト》!!」
ティアナは咄嗟に魔法で身体能力を引き上げ、地面を蹴って後方へ飛ぶ。
直後、叩き付けられた拳が大地に小さなクレーターを穿つのを見て、俺は流れるはずのない冷や汗が流れたかのような錯覚を覚えた。
『おい、お前!! 本当にお前は、百年前に俺が殺したあいつなのか!?』
ひとまず、正体がバレたのなら隠す意味ももうない。念話を使い、少女へと声を投げかける。
すると、意外なことにしっかりと反応が返って来た。
「あら、やっぱり喋れたのね、ラルフ・ボルドー。久しぶり、と言うべきかしら? その節は随分とお世話になったわね」
『どうしてお前が生きている? 確実に仕留めたはずなのに!!』
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。と言いたいけれど……そうね、ある人がわざわざ私を蘇生するための器を用意してくれたのよ。共通の目的のために、ね」
『百年前、《至宝》がどうこう言ってたな。それが狙いか!?』
「ふふっ、さて、どうかしらね?」
『このっ……!!』
「それより、いいのかしら? あまり会話に意識を割いていると、その子が死ぬわよ?」
『くっ!!』
俺が少女と話している間も、巨人とティアナの戦いは続いていた。
見た目に反し尋常でない速度で動く巨人に対し、ティアナはひたすら回避に徹している。
「はあっ、はあっ、はあっ……!!」
拳が振り下ろされる度に大気を震わせる轟音が鳴り、砕かれた地面から飛び散った礫がティアナの白い肌を傷付けていく。
ただでさえ魔法の連発で息が上がっている状態で、これほどギリギリの戦闘をしてるんだ。いくら胆力があろうと、経験の浅いティアナには厳しい。
『ティアナ、俺が一瞬だけあの巨人の動きを止める、その隙に逃げるぞ』
だからこそ、俺はそう告げたのだが……ティアナは勢いよく首を横に振った。
「……いやだ、逃げない!! やあぁ!!」
『ティアナ!?』
俺の指示を無視し、ティアナは自ら巨人に向けて足を踏み出す。
迫りくる拳を紙一重で躱しながら、体を捻ってその腕へと魔剣を一閃。だけど……。
「ぐぅ!?」
命属性が込められた魔剣は、見事に弾き返されてしまった。死属性に特効のあるはずの剣が、だ。
その隙を突き、巨人の腕が無造作にティアナへと振るわれる。くそっ!!
『《風よ、爆ぜろ》!! 《氷よ、壁を成せ》!!』
先ほどのようにティアナの前で風魔法を炸裂させて後ろに弾き飛ばすと同時、氷の壁を作って拳の勢いを和らげる。
だけど、所詮は気休めだ。ティアナ自身も魔剣を盾にしたものの、上級魔法の化身を相手にその程度の防御では話にならなかった。
勢いよく殴り飛ばされたティアナの小さな体が、木を何本も折り砕きながら地面へと叩き付けられる。
「ぐぁ?! がっ、は、ぁぅ……!!」
『ティアナぁ!!』
命属性の魔法で体を強化していなかったら、今の一撃だけで即死していただろう。
力なく倒れ込んだティアナは激しく吐血し、手に握り締めた魔剣も半ばから折れ砕け散っている。
小刻みに震える体には、もはや起き上がる力も無さそうに見えた。
『バカ野郎ティアナ、どうして逃げなかった!? お前だって勝ち目がないのは分かってただろ!?』
「げほっ、ごほっ……! だ、って……ガデル君、達……たすけ、なきゃ……うぐっ……!」
『助けなきゃって……お前、そんな体で……!!』
全身の痛みに耐えながら、ティアナは尚も起き上がろうとしていた。
折れた魔剣を支えに体を起こし、未だに光を失わない瞳で巨人と少女を睨みつける。
「勝ち目が、ないとか……力が、足りないとか……もう、そんな理由で……何かを、諦めたくない……!! 私は、ぜったいに、なるんだ……みんなを守る、正義の、魔法使いに……他の、誰のためでもない……私が、私であるために……私自身に、誇れるように……!!」
震える手で握り締めた魔剣の残骸を、少女に向かって突きつける。
ボロボロで、不格好で、とてもおとぎ話に出て来るような主人公とは程遠い姿だけど……それでも、決して折れずに自分を貫こうとする幼い背中は、俺の目にはどんな英雄よりも輝いて見えた。
「あーあ、全く暑苦しいわね……そういうの苦手だわ」
そんなティアナを見て、少女は煩わしげにパタパタと手を振った。
ただただ鬱陶しいと言わんばかりの口調で、少女は自らの僕へと無造作に指示を出す。
「もう一発、死なない程度に叩きのめしなさい。手足が多少潰れるくらいなら構わないわ」
目の前までやって来た巨人が、ティアナに向けて拳を振るう。
もはや避ける力も残っていないティアナは、それに対して折れた魔剣を精一杯振り抜いた。
「やあぁぁぁぁ!!」
普通に考えれば、何の意味もない抵抗だ。折れた剣で上級魔法の一撃を防げるはずもないし、誰もが少女と同じように無駄だと嗤うことだろう。
だけど、それでも俺は――
「……えっ」
それを、無駄なんて一言で終わらせたくなかった。
「何が、起きたの……?」
ドスンと重々しい音を立てて地面に落ちたのは、巨人の長い腕の一本。ティアナを殴ろうとしたはずのそれ。
何が起きたか分からず、茫然とする少女とティアナの視線の先には、折れたはずの魔剣の先から泉のように噴き出る、膨大な命属性の魔力があった。
『ティアナと俺の魂の繋がりを深めて、魔力を一時的な暴走状態にした。制御は俺が担ってるから、前と違ってちゃんと攻撃に転化できる』
出来れば、俺としてもやりたくなかった手だ。魔力暴走による強引な魔力のブーストは、まだ幼いティアナの体への負担が大きすぎる。ただでさえボロボロになった今の状態じゃ猶更だ。
でも、元々多かったティアナの魔力をこうして全て攻撃に回せば、上級魔法にだって少しは対抗できる。
この状況から活路を見出すなら、これしかない。
『やるぞティアナ、こいつを倒して、全員で生きて王都へ行くんだ!!』
「師匠……うん!! 絶対に、勝ってみせる!!」




