第26話 死を呼ぶ巨人
「これ、あなたがやったの?」
謎の少女の誘いに対し、ティアナは逆に質問を投げかける。
ティアナを取り囲みながらも動く様子のないアンデッド達、そして生気のない顔でぐったりしている人々を指して問いかけるティアナに、少女は当然のように頷いた。
「ええ、私達の目的のためには、力が必要だから。こうして生かさず殺さず、魔力を搾り取っているの」
「目的?」
「それをあなたが知る必要はないでしょう? そんなことより、早く答えが聞きたいわね」
少女が掌をくいと動かすのに合わせ、アンデッド達がその包囲をじりじりと狭める。
アンデッド特有の不気味な気配で圧迫感をかけながら、少女はもう一度問いかけた。
「大人しく捕まるか、適当に痛めつけられてから捕まるか、どうする? 私としては、大人しく捕まってくれた方が楽でいいのだけど」
「どっちもお断り。あなたを倒して、ここの人達をみんな助ける!!」
叫びながら、ティアナは魔剣を手に少女へ向かって突撃する。
それを見て、少女はくすくすと笑みを浮かべた。
「元気な子は嫌いじゃないわよ。少しくらい暴れておかないと、力の使い方を思い出せないし」
少女が手を振るのに合わせ、それまで静観を決め込んでいたアンデッド達が一斉にティアナ目掛け襲い掛かって来た。
それでも、ティアナは止まることなく走り続ける。
「お前っ、後ろ!!」
正面を塞ぐ最低限のアンデッドだけ斬り捨てながらの正面突破。当然、後ろや左右から迫るアンデッドに対して無防備になる。
ガデルから飛ぶ警告の声に、ティアナは反応しない。いや、反応しなくていいと俺が指示した。
『《聖なる水よ、立ちはだかる壁となりて不浄なる者を退けたまえ。聖水壁》!!』
アンデッドを浄化する水属性の魔法で壁を作り、迫る下級アンデッド達からティアナを守る。
ティアナ自身は一切発動の素振りを見せていなかったし、これは流石に予想外のはず……!
「やあぁぁぁ!!」
「あら、無詠唱かしら? でも、それらしい素振りも見えなかったし、おかしな話ね……まあ、その程度じゃ届かないけれど」
『っ、ティアナ止まれ!!』
魔剣を振り上げるティアナを前に、少女が軽く手を突き出す。
それに合わせ、少女の背後から地面を突き破って骨の槍を構えたスケルトンが三体ほど一気に飛び出して来た。
予想外の事態に、ティアナはまだ反応出来てない。くそっ。
『《風よ、爆ぜろ》!!』
「きゃあっ!?」
ティアナの正面で空気を破裂させ、スケルトンを押しのけると同時に俺達自身も後ろへ弾き飛ばして距離を取る。
慌てて体勢を整えるティアナを眺め、少女は呑気に「ふむ」と顎に手を添えた。
「今の反応、自分で発動したにしてはやけに驚いていたわね? それに魔力を練っていた様子もないし……」
じとりと、少女の目がティアナの肩に乗った俺へと注がれる。
まるで魂までをも見透かすようなその視線に寒気を覚えていると、少女は何事かを考え込むような仕草のまま、無造作に掌を突き出した。
「まあ、試してみた方が早いわよね」
掌に漆黒の魔力が集束し、撃ち出される。
触れただけで全てを腐食し死へと追いやる魔力弾に、ティアナは真っ向から立ち向かう。
「はあぁぁぁ!!」
緑の魔剣を魔力弾にぶつけ、正面から対抗。全力を込めた斬撃が、死の魔弾を切り裂いた。
正直、見ていた俺としては防げるかどうか不安だったんだけど、思ったよりあっさりいったな。流石ティアナだ。
「やるじゃない、多少の魔力を込めただけの魔剣なら、あっさりへし折れてもおかしくないのだけど……"死"に対するおかしな特効でもあるのかしら? 見たことない魔法ね……じゃあこれはどうかしら?」
パチンッ、と指が打ち鳴らされ、ティアナの周囲に次々と現れるのは新たなアンデッド……魔法を扱える上級アンデッド、リッチだ。
しかも、出現したリッチ全てが掌に少女と同じ漆黒の魔力弾を生成していく。
嘘だろおい!! こんな攻撃、百年前だって使って来なかったぞ!!
『ティアナ、守りを固めろ!!』
「うんっ、《命巡りし緑の種よ、我が盾となり守護の恵みを与えたまえ。ガードフォレスト》!!」
地面に突き刺した魔剣を中心に魔法陣が展開され、ティアナを守る樹木の防壁が展開される。
そこへ容赦なく降り注ぐ、死の魔弾。
属性的な優位もあってどうにか耐えられてはいるみたいだけど、全方位から絶え間なく続く攻撃を相手にガリガリと壁が削られていっている。
更にはそこにゾンビやスケルトンまで加わって物理攻撃を仕掛けて来て、とてもじゃないがこのままだと長くはもたない。
『いいかティアナ、チャンスは一度だ。防壁が崩れる前に、この辺りの地面一帯を中級魔法で浄化しろ。その隙に、俺が今撃てる最大火力で奴を仕留める』
「地面? 今周りにいるアンデッドじゃなくて?」
『それ以上に、あいつが自衛用として仕込んでるアンデッドを消すのが大事だ。一度消し飛ばせば、どんな魔法だろうともう一回護衛のアンデッドを用意するのに時間がかかるはず。そこを叩く』
「分かった、やってみる」
軽く深呼吸をして、ティアナが魔力を練り始める。
未知の魔法を使う敵相手にも、しっかりと落ち着いてるな。これなら失敗する心配はないだろう。
「《命宿りし緑の種よ、其は大地に根付く守護の大樹、生きとし生ける者達へ恵みをもたらす者なり。その大いなる実りを刃と成し、我が宿敵を貫きたまえ》」
正直なところ、色々と謎は残る。百年前に仕留めたはずの少女が、どうして今この時代に生きているのか。何を目的にしているのか。
でも、今はそんな謎の解消に拘っている場合じゃない。あの時よりも間違いなく強くなっているこいつが本気を出したら、今のティアナじゃ勝ち目がない。
幸い、あの時ほど大量のアンデッドを用意しているわけじゃないようだし、油断しているうちに全力で仕留める!!
「《フォレストランス》!!」
地面に刺したままの魔剣にティアナが改めて魔力を注ぎ込み、魔法陣を展開。それを中心に、一気に亀裂が走る。
崩れかけだった防壁を貫き、天へと屹立する巨大な大樹。淡く輝く魔の木から伸びる無数の枝が、周囲にいたアンデッド諸共、地面に隠れ潜んでいた個体まで次々と刺し貫き、膨大な魔力で消滅させていく。
「なっ……!? 何てことするのよ!! せっかく作ったアンデッド達が……ああもう、また作り直しじゃない!!」
自身に向かって来た枝を躱しながら、少女は悔しげに地団駄を踏む。
魔力を集めていると言っていたし、このアンデッド共はそうして少しずつ作って来たのか?
どちらにせよ、今がチャンスだ!!
『《炎よ、水よ、大地よ、風よ。我が手の中で交わりし混沌の光となりて、邪なる者に破滅をもたらせ。エレメンタルバースト》!!』
百年前にあいつにトドメを刺したのと同じ、四属性複合特殊魔法。白い光線が、無防備となった少女へと迫る。
ティアナの魔力しか使えないために、あまり消費魔力の大きな魔法が使えない今の俺にとって、ほぼ最強と言っていい魔法だ。
四つの属性を組み合わせたことで、威力は間違いなく中級以上。それを対個人用に細く収束したことでより一層威力を高めてある。これで終わりだ!!
「あーもう……本当に最悪ね」
必殺を確信した俺の魔法が、少女の溜息と共に出現した黒い壁のようなものに遮られ、消滅する。
バカな、と声が漏れるより先に、その壁はひとりでに動き出した。
「今の魔法、百年前に私を殺したラルフ・ボルドーの物でしょう? あなたみたいな子供が使えるはずがないし……さっきから戦闘中だろうと関係なく大事そうに抱えてるそのぬいぐるみ、もしかしてそれが使ったのかしら?」
少女を守るようにゆっくりと地面から立ち上がったのは、漆黒の巨人。
頭はなく、足が短い癖に腕だけは異様に長く地面を擦っている。
胸にあたる部分にギョロギョロと蠢く不気味な眼球を備えた奇怪な怪物は、全身から黒ずんだ魔力を溢れさせながら俺達を見下ろした。
「ふふっ、ははは……!! こうして百年越しに復活出来たと思ったら、まさかあなたまで蘇っているとは思わなかったわ。しかも、そんな笑える姿で!!」
そんな化け物の下で、少女は嗤う。
中級に匹敵する魔法を二連続で発動するために魔力を振り絞り、息の上がったティアナと俺を見て、ひたすらに嗤い続ける。
「いいわ、百年前のお礼も込めて、あなた達はここで叩き潰してあげる。私の切り札――死属性上級魔法、《死ト滅ビノ巨人》でね!!」




