第25話 生者の墓場とアンデッドの主
『ティアナ、まずはあのクソガキの居場所を見つけ出すために探査魔法を使う。少し多めに魔力持ってくけど、我慢してくれ』
「うん、私の取り柄は魔力量くらいだからね、どんどん持っていって!!」
『体力とか根性とか、そういうのも十分取り柄だと思うけどな』
女の子らしいかどうかは置いといて。
「あはは、そんな風に言われると照れるなぁ」
俺が飲み込んだ言葉は、幸いにしてティアナに届かなかったらしい。今もアンデッドを切り伏せながら突っ走ってる最中だから、そこまで気が回らなかったのかもな。
と、そんなことは今はどうでもいい。
『《地上に灯る命の灯よ、我を導け。熱源探知》』
ティアナの魔力を拝借して発動したのは、火属性の探知魔法。近くの熱源を見つけだし、その場所を教えてくれる魔法だ。
難易度自体は大したことないんだが、探知範囲を広げれば広げるほど湯水の如く魔力を消費していくため、実は実戦レベルで使える奴はさほど多くない。特に、こういった屋外では。
『……よし、見つけた! でも、これは……?』
「師匠、どうしたの?」
『いや、反応がやけに多くてな……』
子供の足だし、そう大して遠くに行ってないだろうと思ったんだが、予想より大分遠くにそれらしき反応を見つけた。ただ、その数が多すぎる。二十人以上はいるか?
一塊になっている辺り、もしかしたら他の商隊か何かかとも思ったんだが、それにしては位置がおかしい。記憶にある地図と照らし合わせると、ちょうど森の只中じゃないか?
……近付けば近付くほどに強まる死の気配といい、本当に嫌な予感がするな。急がないと。
『行くぞ、ティアナ!』
「うん! やぁぁぁ!!」
溢れるアンデッドを斬り裂きながら、ティアナが草原をつっ走る。相当な魔力を使ったのに、その速度は全く鈍る気配がない。流石だな。
でも、このペースだと目的地に着く前に消耗しきっちまうだろう。余計な戦闘は避けないと。
『ティアナ、全部相手してたらキリがない、飛ぶぞ』
「えっ、どうやって……」
『《風の精よ、無限の翼となって空を舞え。飛行》!!』
「わわっ!」
風の飛行魔法でティアナの体を吹っ飛ばし、アンデッドの頭上を大きく飛び越える。
ぐんぐんと加速し、あっという間に目的地の森へと到達した。
『あそこだ、降りるぞ。アンデッドだらけだろうから、気を付けろよ』
「うんっ!」
速度を段階的に落としながら、ティアナの体を地面に降ろす。
ズダンッ! と勢いよく着地したティアナが、魔剣を構えながら周囲を見渡し……絶句した。
「っ……なに、これ……?」
周囲にいたのは、無数のアンデッド。それは予想通りだ。
しかしそんなアンデッドの集団の中に、明らかな生者達の姿があった。
スケルトンを重ね合わせて作ったような十字架に括り付けられた、生きたままの人間たち。気を失っているのか、誰もが力なくぐったりとしている。
まるで冥府の処刑場にでも迷い込んでしまったかのような不気味な光景の中で、ティアナは目的の人物を見つけ出した。
「ガデル君!!」
「っ……お前、どうしてここに……! お前もアンデッドに連れて来られたのか?」
どうやら、ガデルだけはまだ意識があったらしい。辛そうな表情ながらも、はっきりと受け答え出来ている。
しかし、アンデッドの連れて来られた、だと?
アンデッドはリッチみたいな高位存在でもない限り、自我を持たない獣同然の魔物のはずだ。人を見れば問答無用で襲いかかる、ただ殺戮するだけの化け物。
仮にリッチがいたとしても、知性があるのはそいつ本人だけで、スケルトンやゾンビなんかを操る術はないはず……。
「助けに来たんだよ。今行くから、一緒に戻ろう」
「ダメだ、早く逃げろ!! あいつが戻って来る前に!!」
「あいつ……?」
ガデルの警告に、ティアナが首を傾げる。
その瞬間、魂をぞわりと直接撫で上げるかのような強烈な悪寒が走った。
『ティアナ、伏せろ!!』
「えっ……」
強引に詠唱破棄をして発動した念動魔法で腕を動かし、ティアナを突き飛ばす。
その反動で俺の体がティアナの腕から離れて宙を舞い、そこへ漆黒の魔力弾が襲いかかって来た。
『ぐっ……あぁぁぁぁぁ!?』
「師匠!?」
腕が弾け飛び、ぬいぐるみの体になって以来久しく感じていなかった激しい痛みが俺を襲う。
細かい理屈とかを抜きにして、本能で分かる。
この攻撃を受け続けたら、俺は死ぬ。
「あらあら、こんなところに自分から人がやって来るなんて、自殺願望かしら? まあ、私としては一々集めに行く手間が省けてラッキーなんだけど」
ティアナが俺を拾い上げていると、森の奥から一人の少女が現れた。
その姿を見て、俺は届くはずのない声を張り上げる。
どうして、お前がここに、と。
「近くを大規模な商隊が通るって言うから、これでようやく目標分の魔力が集められそうって喜んでたところだけど……うん、あなた凄まじい魔力を持ってるわね。弱くて魔力が多い子供なんて、最高の生贄じゃない」
ペロリと唇を舐め、ティアナを見下ろすその瞳は血のように真っ赤な真紅。
左右で結んだ黒髪は夜風に靡いて尻尾のように揺れ動き、楽しげな表情と相まってどこか無垢な印象を見る者に与える。
「ねえあなた、大人しく私に捕まる気はない? 大丈夫、優しくしてあげるから」
けれど、そんな少女が身に纏うのは“死”の概念そのものを具象化したかのような濃密で不気味な魔力。
百年前、俺が文字通り命と引き換えに殺したはずの存在。
「ちょーっと、死ぬまで私の魔力源として飼われるだけでいいの。それだけで傷付かずに済むんだから、安いものよね? さあ、こっちへいらっしゃい?」
アンデッドを従え、アンデッドを侍らせる死の象徴。
そんな少女が今、ティアナに向かって嗤いながら手を差し伸べたのだった。




