第24話 アンデッド襲来
「クソッ、ドルトンさん、動ける奴らはパニクってる連中を宥めてこのバリケードから出ねえように抑えといてください! 行くぞお前ら!!」
「「「おう!!」」」
今回も、いち早く動き出したのはガラシャのおっさんだった。
部下を引き連れ、勇猛果敢にバリケードの外へ躍り出たおっさんは、外で待機していた数人と合流するや否や剣を携えアンデッドに立ち向かっていった。
「うおぉぉぉ!!」
気合一閃、剣の一振りで先頭にいた骨のアンデッド、スケルトンが真っ二つに斬り裂かれる。
上半身と下半身に分かたれ、地面を転がるスケルトン。だが、既に死亡している亡者はその程度では滅びない。
下半身は切断されたトカゲの尻尾のようにのたうち周り、上半身は地面を這い回ってガラシャの足に絡みついていく。
「このっ、しぶとい……!!」
「ガラシャさん!! こいつらどうやったら倒せるんです!?」
「頭を落としても腕を落としても動いていやがる……!!」
頭を落とされ、手足を捥がれ、そこから更に細かく切断し、人としての形を失うことでようやくその活動を止めるスケルトンは、剣で倒すには非常に厄介な相手だ。
動きが鈍く、力もそれほどではないとはいえ、人を殺傷するには十分な能力を持った不死の軍団。
多少腕に覚えがあろうと、魔法を満足に使えない護衛達では荷が重い相手だ。
「師匠!!」
『ああ、ぶちかませ!!』
だからこそ、今回ばかりは自重する理由はない。
ティアナは素早く緑の魔剣を生成し、ガラシャのおっさん達の元へ突っ走っていく。
「やあぁぁぁ!!」
ティアナの剣が、おっさんに纏わりついていたスケルトンを斬り捨てる。その一撃だけで、スケルトンはただの物言わぬ骸骨へと戻っていった。
「なっ、一撃だと!?」
「あれ、これでいいの……?」
ガラシャとティアナが、それぞれ別の形で驚きを露わにする。
魔力の籠った剣は、それだけでスケルトンの体を動かす魔力の源へダメージを与えることが出来るし、普通の剣よりずっと有効だ。
ただ、それにしても一撃とは俺も驚いたな。アンデッド系の魔物に、命属性は特別効果が高いのか? だとしたら、ちょうどいいな。
『俺が援護する、ティアナはとにかく目についた奴を切り捨てろ!』
「わかった!!」
俺の指示を聞くや、すぐさま《生命強化》で身体能力を底上げしたティアナは、周囲の護衛達を守るべく走り出す。
蠢くスケルトンを切り伏せ、その奥から押し寄せるゾンビの群れに飛び込むと、醜悪なその外見に怯むことなく剣を振るう。
『《ファイアボール》、《シャイニングジャベリン》、《アイスプリズン》!!』
そんな中で、俺も自重せずに借り物の魔力で魔法を連発。炎の塊を、光の槍を、氷の牢獄を出現させ、ティアナの死角を埋めるようにアンデッド共を討ち滅ぼしていく。
ぬいぐるみが動くなんて、あまり知られると変な噂が立ちそうだったから避けたいところだったんだけどな。まあ、何も言わなければティアナが使っていると勝手に勘違いしてくれるだろう。
「すげえ、なんだあれ!」
「剣であれだけ激しく戦いながら、無詠唱で三属性の魔法を……!?」
「見向きもせずに後ろにいる敵を正確に撃ち抜いたぞ……まさか、感知系の魔法も同時に使っているのか!?」
うん、中々凄い勘違いが広がってるが、今は気にしている場合じゃない。こうしている間も、暗闇から続々とアンデッドが押し寄せて来ている。
随分と大規模な集団発生だが、魔物の行動が活発になっていたのはこれが原因か? 基本、魔物だろうと動物だろうと、生物は本能的にアンデッドの存在を恐れるからな。
「《白き炎よ、其は大地を照らす恵みの太陽、我ら聖徒を守る者なり。今こそ裁きの炎となりて、迫り来る邪教の徒を焼き払いたまえ。白炎の雨》!!」
俺が考察していると、頭上を飛び越えて降り注いだ炎が一斉に大地を白く染め上げ、迫るアンデッド達を纏めて焼き滅ぼした。
まだまだ敵は残ってるけど、これで随分と楽になる。
『中級白炎魔法か、やるなレトナ!』
中級魔法は、初級と違って対集団戦を意識した広域破壊魔法が主だ。
少しばかり火力過多で無駄が目立つのが難点だが、不安がっている商人達を落ち着かせる意味では、殊更強さを見せ付けるこの選択肢は悪くない。
そう感心しながら、レトナの方へ念話を飛ばしつつ振り返ると……。
「と、ととと当然ですわ! この私にかかればアンデッドごとき、も、物の数ではありませんの!!」
そこには、生まれたての子鹿もびっくりなくらいガクガク震えるレトナの姿があった。
……ああうん、そういえばこいつ、俺の時もゴーストだと思って滅茶苦茶ビビってたっけな。アンデッド苦手なのか。
「えっと、レトナ、大丈夫? 怖いなら無理しない方が……」
「こここ怖い!? ななな何がですの!? 私は栄えあるファミール家の一員ですのよ!? 怖い物などあるはずなななないではありませんのぉぉぉぉ!!」
必死に虚勢を張ってるけど、涙目になって震えてる姿を見てるととても説得力がないな。
まあ、それだけ怖がりながらもこうしてきっちり前線に立って中級魔法を成功させる辺り、根性は凄いんだが。
「ご心配なく、お嬢様は私がフォロー致しますので」
と、そんな声と同時にひゅん、と風を切る音が聞こえ、次の瞬間にはその体に小型のナイフを突き立てたアンデッド達がその場に倒れ伏していた。
見れば、その手にしゃらりと無数のナイフを構えて立つ、レトナの専属メイドシーリャの姿が。
いや待て、どうしてナイフでアンデッドが即殺出来るんだよ、おかしいだろ。えっ、メイドの嗜み? いやいやそんなバカな。
でも、戦力として当てに出来るのは非常に助かる。レトナも一応は戦えるみたいだし、どうにか持ちこたえられるだろう。
ただ……。
「フォローなんてなくてもどうにでもなりますわ!! ……と言いたいところですけど、本当に多いですわね!? どうなってるんですの!?」
近くのアンデッドに向けて白炎を飛ばしながら、レトナが叫ぶ。
そう、今さっきレトナの中級魔法で大分吹き飛ばしたことで余裕が出来たと思ったんだが、少し経っただけであっという間にその損失を埋めるほどにアンデッドが草原の奥から押し寄せて来た。それどころか、この辺りに漂う死の気配がどんどん濃くなっていっている感じすらある。
この感覚、百年前に凄く覚えがあるんだが……いやでも、まさか……。
「ねえ師匠、さっきからガデル君の姿が見えないんだけど……近くにいる?」
『うん? ガデルが?』
アンデッドの集団に意識を向けていると、不意にティアナからそんなことを尋ねられた。
言われてみれば、近くにそれらしい姿が見えないな。ガラシャのおっさん達の周りにもいないし。
「ガラシャさん!! ガデル君知りませんか!?」
「いや、見てねえ……あの野郎、どこ行ったんだか……!!」
慌てておっさんの元へ走ったティアナが問いかけると、やっぱりおっさんも把握出来ていないらしい。
ティアナと軽い口論になって飛び出した後、足取りが分からなくなったところからこのアンデッド騒ぎ。
商隊から逸れただけで、適当な場所でアンデッドから身を隠しているならまだいいけど……最悪の場合は……。
当然、おっさんだってそのことは分かってるはずだ。
でも、彼の仕事はこの商隊を守ること。いくら息子のためとはいえ、この場を放ってどこにいるとも知れない子供一人を探しになんていけないんだろう。
歯を割り砕かんばかりに食い縛るその姿が、彼の内心をこれでもかと表していた。
「……私、ガデル君を探しに行きます!!」
それを察したからか、ティアナは迷わずそう言った。
その言葉に、おっさんは少しばかり表情に喜色を浮かべるが……すぐに頭を振って否定する。
「いや、あいつが今どこにいるか分からねえんじゃ、お嬢様に探して貰っても無駄になっちまう……ここも余裕があるとは言えねえし、そんなこと頼めねえ……!」
「なら、代わりに儂が手を貸そうかねえ」
「え……」
思わぬ声にティアナが振り返ると、いつからそこにいたのか、道中ずっと同じ馬車に乗っていたニミィ婆さんが杖を片手に立っていた。
同じく振り向いてぎょっと目を剥いたおっさんが、大慌てで声を荒げる。
「婆さん、危ないだろ!! バリケードの中に隠れててくれ!!」
「必要ないさね。ほいっ」
軽い掛け声と共に、杖を一振り。すると……。
グシャンッ!!
何かが押し潰されるような音と共に、近くにいたスケルトンが粉々に粉砕され、地面の肥やしとなり果てていた。
「何、今の……!?」
『風魔法……? いや違う、今のは……!!』
「さあ、ここは私とそこの金髪のお嬢ちゃんや従者でどうにかする。さっさとあの子を助けに行ってやりな」
不敵な笑みを浮かべた婆さんの目が、一瞬だけ俺を見た……ような気がした。
一体この人は何者なのか、問い詰めたい気持ちは凄くあるけど……こうもお膳立てされて、動かないわけにはいかないか。
『行くぞティアナ、ガデルのアホを助けに行く』
「うん……!! レトナ、ここお願いね! お婆さん、ありがとう!!」
「任せなさいな!! 貴女がいなくともここの人達くらい余裕で守ってみせますわぁ!!」
「お嬢様、私に抱き着いて涙目になりながら言うセリフではないと思うのですが」
微妙に頼りなさげなレトナに見送られ、ティアナは走り出す。
アンデッドの群れを突っ切り、草原の奥地へと向かうティアナの肩からちらりと背後を振り返れば、こちらを見る婆さんと目が合った。
「行ってきな、若いの。死ぬんじゃないよ」




