第23話 拗ねる少年と野営陣地
「ほほほ! いやぁ流石は貴族と言ったところですかな、お二人ともその歳で信じられないほどにお強い」
「貴族ですもの、困っている民衆を助けるのは当然のことですわ」
夜。行程の遅れから急遽野営をすることになった俺達は、道中における活躍を讃えてドルトン氏から歓待を受けていた。
草原の片隅に張られた無数のテントをぐるりと囲うように馬車を並べ、魔物に対する簡易的なバリケードとする、この辺りではポピュラーな野営陣地。
その中央で商隊の人々や、同道した乗合馬車の利用客なんかが集まって食べているのは、積み荷から引っ張り出して来た少しばかり値の張る肉や果物たち。
貴族が普段食べるものに比べたら全然大したことのないものとはいえ、そこは旅の途中に食べる飯だ。黒パンと塩漬けした干し肉がメインだったこれまでに比べれば十分豪勢だし、ティアナだけでなくレトナも満足そうに口を付けていた。
しかし、そんなレトナの言葉に、ティアナがふと首を傾げる。
「えっ? でもレトナ、ずっと余計な手出しするのは良くないって……」
「と、う、ぜ、ん、の、ことですわ!!」
「ふわっ!? れほな、いふぁいっふぇ~!」
余計なことを口走ってしまったティアナがレトナの手で折檻(両頬をつねられただけ)され、そんな仲睦まじい様子に商隊の人々も良い具合に緊張が解けていく。
「ふんっ、余計な邪魔が入らなきゃ俺だってあれくらい……」
一方で、そんな二人を中々受け入れられない様子なのがガデルだ。集団から少し離れたところで、ブツブツと何やら愚痴を溢している。
まあ正直、こいつに関しては少し同情しなくもない。
確かに弱いは弱いんだけど、魔物相手だろうとバリバリ戦闘をこなせるティアナやレトナがおかしいのであって、年齢を考えればこいつくらいが妥当なんだ。
ましてや、貴族でもない平民。さほど教育らしい教育を受ける機会がなかったことを思えば、よくやっている方だろう。
だからと言ってそれを受け入れられるなら、最初からこんな風に拗ねたりはしないだろうけどな。
「ねえガデル君、食べないの?」
そうやって、一人で塞ぎ込むガデルが気になって仕方ないんだろう。ティアナはちょくちょくガデルに話しかけている。
そんなティアナに対し、ガデルはぷいとそっぽを向いた。
「いらねえ、それはお前の分だろ」
「そうだけど、でもみんなで食べた方が美味しいよ?」
「いらねえって言って……ぶふぉ!?」
「まあまあ遠慮しないで」
おもむろに、ティアナが手に持った肉をガデルの口の中へ突っ込んだ。
お、おい、大丈夫か?
「げほっ、げほっ、お、お前、俺を殺す気か!?」
「いや、食べさせてあげようかと思って」
「そんな硬い肉口ん中いっぱいに詰め込まれて食えるかよ!!」
「硬い……?」
「なんでそこが疑問形なんだ!?」
どうしよう、うちのティアナの脳筋ぶりが加速している気がする。ティアナよ、それ干し肉よりマシなだけで十分堅いからな?
命属性の影響で身体能力が上がってるのは知ってるが、そこに世間知らずが加わって何だか手が付けられない状態になって来てるみたいだな。
うーん、とはいえ俺もぬいぐるみの体だから教えられることに限度があるしなぁ、困った。
「ああもう、なんで俺にそんなに構ってくるんだよ! 弱っちいからって笑いに来たのか!?」
「笑ったりなんてしないよ。ただ、同じ学園に行くんだったら、仲良くしたいなって」
「俺は貴族なんかと仲良くなるつもりはねえ! いいからほっといてくれ!」
「あっ……」
そうこうしているうちに、ガデルは走り去ってしまう。バリケード代わりの馬車を乗り越えて行ったが、外で見張りをしている連中と合流するつもりだろうか?
まあどんな理由にせよ、仲良くしたいというティアナの申し出が断られたのは事実だ。しょんぼりと肩を落とす弟子を励ますように、俺はポンポンと腕を叩いた。
『まあそう気にするな、男ってのはプライドが命だから、ティアナに対抗心燃やしてるだけだ。本気で嫌ってるわけじゃないよ』
「そうかな……? だといいけど。友達作りって難しいね」
レトナは向こうから話しかけてくれたからなぁ、などと呟きながら、ティアナは元いた場所に戻るべく踵を返す。
ううーん、ティアナの友達か……確かにレトナ以外にも友達はいた方がいいよな、ただでさえこれまで屋敷に押し込められる生活をしてきたんだし、出来ればもっと世界を知って貰いたい。
でもなぁ……男友達か……う、うーん。
「師匠、どうしたの?」
『いや、ティアナみたいな世間知らずに男友達はやっぱり早いんじゃないかと思ってな……』
男なんて大体ケダモノだし、うちのティアナが襲われたら事だ。
えっ、俺? いいんだよ俺はぬいぐるみだし、師匠だし。ノーカンだノーカン。
「むぅ、なにそれ。私だってこうやってちゃんと外に出られたんだから、早いことなんてないよ」
『いやいや、ティアナは男ってもんを甘く見てる、いいか奴らはな……』
そうやって、弟子を相手に大真面目に男へのあることないこと入り混じった偏見を植え付けようと画策する俺だったけど、不意に感じた気配に気を取られて口を閉じた。
「師匠? どうしたの?」
『ティアナ、気を付けろ。なんかいるぞ』
「また魔物?」
『多分、そうなんだけど……それにしてはどうにも不気味な……』
夜の闇に紛れ、近づいて来る不穏な気配。正体のハッキリしないそれを、周りにいる連中も徐々に感じ取ったのだろう。にわかにざわめきが起き始めた。
「シーリャ? なんですの、この感じは……」
「分かりません。私が様子を見てきますので、お嬢様はここで待機を」
シーリャが腰を上げ、並ぶ馬車の隙間から周りの様子を窺い見る。
だが、人里離れた夜の草原で、そう遠くまで見渡せるはずもない。“何か”がいるのは間違いないし、多少目立つリスクを負ってでもここは動くべきだな。
『レトナ、光属性の《照明球》を使え。護衛の連中もこの暗闇じゃ上手く戦えないだろうしな』
「分かりましたわ」
俺の指示に従い、詠唱を紡いだレトナが空へ光の球を撃ち上げる。
程々の高さで炸裂し、野営地の周囲を昼間のような明るさで照らし出す光の魔法。
それによって、その場の全員が感じつつあった気配の正体が明らかになった。それは、
「ウオォオぉ……」
「グぉ、あオォ……」
溢れんばかりに広がる死人達……アンデッドの群れだった。
その恐ろしげな造形と気配が織りなす濃密な死の気配に当てられて、気の弱い者達が恐慌状態に陥り、甲高い悲鳴が響き渡る。
真夜中の草原に、死の気配を纏う亡者の群れが襲い掛かった。




