第2話 賢者の最期とぬいぐるみ転生
――今からおよそ百年前、アルメリア王国西部辺境、バーン平原にて。突如、謎の魔力反応が感知された。
それを確認した魔法騎士団はすぐさま宮廷魔導士団へと調査依頼を出し、偶々暇をしていた俺が調査に出向くことに。
当初、それはちょっとしたアンデッドの集団発生だろうと目されていた。元々、国境付近で何度か隣国との小競り合いがあった地ということもあり、その亡骸がアンデッド化したのだろうと。
『ラルフ殿ならアンデッドの百や二百、余裕でしょう?』なーんて騎士団連中の嫌味ったらしい言い方は癇に障ったが、俺自身、そんな彼らの見解を間違っているとは思わなかった。何なら、少しくらいは実戦経験を積ませてやろうと、いつもは留守番を任せている弟子を連れていったくらいだ。
その結果が、この様である。
「はあ、はあ、はあ……!!」
俺の前に広がっているのは、平原を埋め尽くさんばかりに存在する死人の軍団。その数は軽く万を超えている。
骨だけで動くスケルトンに、腐肉を纏うゾンビ、生前の姿をほぼ維持しながら魔法を扱うリッチまで、多種多様なアンデッド達が、俺一人を取り囲むように群れを為していた。
対する俺の体は、既にボロボロ。
体中、アンデッドのひっかき傷と打撃痕だらけで、魔力も尽きる寸前。腹に突き刺さったスケルトンの骨からはとめどなく血が溢れ、もういつ力尽きてもおかしくない状態になっている。
「あらあら、もう限界なの? 世界最強の大賢者が聞いて呆れるわね、ラルフ・ボルドー」
そんな俺を見下ろす、一人の少女の姿があった。
頭まですっぽりと覆う黒衣を纏っているためにその表情は窺い知れないが、見た目は割と幼く、まだまだ子供に見える。
「自分ではロクに戦わず、ひたすらアンデッドをけしかけて来た癖によく言うぜ……」
「あら、まだ喋れるじゃない」
だが、そんな外見の愛らしさを吹き飛ばすほどに、少女が纏う魔力は濃密で不気味極まりない。
からからと笑いながら手を振るえば、それに反応するように蠢くアンデッド達を見るに、こいつらを作り出した元凶もこの少女だろう。
この世界に存在する、基本八属性……火・水・土・風・雷・氷・光・闇のいずれにも該当しない、完全な特殊魔法だ。対抗手段も確立されていないその力を前に、こうも見事に追い込まれてしまった。
ここまで来たら、後はただ殺されるのを待つばかり。……でも。
「当たり前だろ……お前をぶっ殺して、さっさと帰らなきゃならないんだよ、俺は」
「その体で、よくそんな言葉を吐けたものね。状況が分かってないのかしら?」
「うるせえよ。弟子と約束したんだ、状況がどうかなんて関係ない」
この戦いが始まる直前、助けを呼んで来いと一方的に告げて王都へ逃がした愛弟子の顔を思い出し、体内に残された魔力を杖の先に込め直す。
あいつ、エルフの森から連れ出して五年も経つっていうのに、相変わらず泣き虫だからな……約束破ったら、癇癪起こして何しでかすか分からないし、俺が傍に居てやらないと。
「諦めの悪いことね……いいわ、だったらその希望ごと、私が踏み砕いてあげる。あなたも、王国も、今日この日を以て滅びの時を迎えるんだから!!」
少女が腕を振るうのに合わせ、アンデッドが俺に殺到する。
戦いの中で軽く万単位で消滅させたのに、未だに五千以上残ってるこいつらを薙ぎ払うのは、今の俺にはもう無理だ。
だから、狙うならこいつらを操る元凶。アンデッドに守られながら、悠然と佇む少女ただ一人。
「《雷よ、全てを貫く槍となりて、我が宿敵を討ち滅ぼせ。ライトニングランス》!!」
たった一撃で分厚い鉄の鎧すら貫く、雷属性中級魔法。四節の詠唱で発動させたその魔法は、射線上にいたアンデッドを一瞬で消し炭にしながら少女へと襲い掛かる。
けれど、少女が軽く手を振るっただけで、地面からポコジャカと湧き出した数十のアンデッドが折り重なって盾となり、必殺の魔法を無効化されてしまう。
「《二重》、《三重》!!」
でも、それくらいはまだ予想の範囲内。詠唱を破棄して同じ魔法を続けて二発発動し、少女へ続く道を無理矢理に切り開くと、俺は全力で走り出した。
「うおぉぉぉ!!」
「……何? とうとう頭がおかしくなったの? 自分から突っ込んで来るなんて」
呆れたような声色で、少女は更に配下のアンデッドをけしかけてくる。
それらを最小限の動きで躱し、殴り飛ばし、無理なものは歯を食い縛って痛みに耐えながら、ひたすら少女の元を目指し走り続ける。
「おかしくねーよ。要するに、お前の魔法は配下ありきで、本体は弱い……! なら、零距離まで近付いてぶっ放せば、防ぎようもないだろ!!」
「はぁ!? やっぱり頭おかしいでしょうあなた、この数を相手に、そんなこと出来るわけが……!」
「やってみなくちゃわからねーだろうが!!」
どっちにしろ、この残り僅かな魔力じゃそれくらいしか打つ手がない。だったら、全力でやり通すしかないだろう。
そんな俺を、最初こそ嘲笑していた少女だが、距離が近づくに連れて余裕がなくなってきたのか、その表情に焦りの色を浮かべ始めた。
「くっ、何をしているのあなた達、早くそいつを殺しなさい!!」
スケルトンが自らの骨を槍代わりに突進し、地面から生えたゾンビが足に纏わりつき、リッチが後方から魔法を飛ばして来る。
俺はその悉くを最小限の魔法と体術でねじ伏せ、いなし、か細い道を抉じ開けるように腕を伸ばす。
あと、少し!!
「ひっ!!」
最後の足掻きか、周りにいたアンデッド達が恐怖に震える少女に覆い被さり、即席のドームを形作る。
魔法で作られた防壁は、簡単なものでも鋼を超える強度を誇るが……それくらい、今の俺でも壊せるぞ!!
「《ブレイズバースト》!!」
炎属性の中級魔法で防壁を吹き飛ばし、その奥へと飛び込んでいく。
貰った!! と確信を抱いた、次の瞬間――
どしゅっ、と、俺の胸を何かが貫いた。
「ふふっ、私が追い詰められたと思った? こんな演技に騙されるなんて、賢者の癖に単純ね」
防壁の中には、俺に向かって掌を掲げる少女の姿があった。
恐らく、閉じ籠ったと見せ掛けて、俺がそれをぶち破る瞬間を狙って魔力弾を撃ち込んで来たんだろう。
少女の持つ特殊な魔力のせいか、被弾したところが腐り落ち、胸に大きな風穴が開く。
かはっ、と血の塊を吐いた俺の体は、そのまま前へと倒れて行き――
「さて、厄介なラルフも仕留めたし、後は王都を蹂躙して、目的の《至宝》を手に入れるだけね。ふふふ、これで“あの方”もお喜びに……え?」
――途中で踏みとどまり、少女の頭を掴み取った。
「な、なんで……心臓を潰されて、生きていられるわけが……!?」
「心臓一つ、失ったくらいで……死んでなんて、いられるかよ……!!」
先ほどのような演技ではなく、少女の顔が本物の恐怖に染まっていく。
まあ、ぶっちゃけるならこれは、ただの強がりだ。今は水属性魔法の応用で無理矢理血液を循環させてるけど、こんな延命措置、そう何秒も続けられるもんじゃない。
でも、今この瞬間に意識が繋ぎ止められるなら、それで十分だ。
「くっ……あなた達、私を守りなさい!!」
俺が倒したアンデッド達から魂が抜け出し、少女の体に纏わり付いていく。
恐らく、防御系の魔法だろう。でも、無駄だ。
「《炎よ、水よ、大地よ、風よ。我が手の中で交わりし混沌の光となりて、邪なる者に破滅をもたらせ》!!」
「何よ、その詠唱と複雑な魔法陣、そんなの見たことも聞いたことも……!!」
そりゃあそうだろう。火、水、土、風の四属性複合特殊魔法。俺が作り上げた完全なオリジナルだ。
残り僅かな魔力で発動出来る中では最大威力。これで終わりだ……!!
「《エレメンタルバースト》!!」
掴んだ掌から放たれた四色の砲撃が、周囲のアンデッドを浄化しながら大地を抉り、少女の体を消し飛ばす。
俺の渾身の魔法によって、この世界に存在した痕跡すら残さず消滅した少女の最期を見届けると、俺はその場に崩れ落ちた。
「つぅっ、はぁ……アンデッドは、まだ全滅したわけじゃないけど……まあ、残った数千体程度なら、騎士団の連中でもどうにかなるだろ……ぐっ、げほっ……!!」
魔法の制御を離れ、好き勝手に蠢き始めたアンデッド達を横目に、俺は再び吐血する。
……くそっ、魔法による延命もこれまでか。とてもじゃないけど、このまま生きて帰るなんて出来そうにないな。……でも。
「約束は、守るぞ……」
俺は最後の力を振り絞り、溢れ落ちる自らの血を使ってその場に魔法陣を描いていく。
今から発動するのは、俺が人生を賭けて編み出した究極の魔法。
転生魔法だ。
「さて……後は、上手く行くのを祈るだけ、だな……」
この世界では、死んだ魂は輪廻に戻り、次なる器へ引き継がれるとされている。その理に干渉し、輪廻の中でも元の記憶と人格を保持するのがこの魔法だ。
初めて使う魔法だから、上手く機能するかは分からない。仮に想定通りの効果が発揮されたとして、輪廻が巡るのにどれだけの期間が必要なのかも分からない。
十年か、百年か、はたまたもっと長いのか……いずれにせよ、エルフの寿命は千年もある。弟子が生きているうちに転生出来る可能性は十分あるだろう。
どっちにしろ、これしか手はないわけだしな……だから。
「ぜったいに、もどるから……それまで、しっかり……修行しとけよ……ニーミ……」
弟子の名前を呼び、ニヤリと口角をつり上げる。
それを最後に、俺は完全に息を引き取るのだった。
闇に沈んだ意識が再浮上し、俺の世界が彩りを取り戻す。
まず視界に映ったのは、見知らぬ部屋の内装だった。
庶民にはとても手が届かないであろう、高級な家具の数々。
一人で使うには少々大きすぎるベッドの上には無数のぬいぐるみが並び立てられ、俺はその中に紛れるように座り込んでいる。
見た感じ、どこかの貴族の子供部屋か? どうやら、無事に転生出来たみたいだな。
いやー、転生魔法なんて、作ったはいいけど一度も実験出来なかった魔法だし、上手くいって良かった良かった。
貴族の子供なら待遇も良さそうだし、これで心置きなくニーミのやつを探しに行けるな。無事に生きててくれるといいけど……
と、そこまで考えたところで、俺はふと違和感に気付いた。
……あれ、おかしいな。俺の体、指一本動かせないんだが?
仮に赤子に転生したにしても、自力で全く動けないっていうのはおかしい。手足くらいは動かせるはずなのに、それすら無理だ。
寝たきりの病人なのかとも思ったけど、それなら"寝ている"はずであって、"座っている"のは変だろう。
どういうことなのかと、改めて周辺へ意識を向けた時、ふと鏡が目に入った。
恐らく、この部屋の主が着替えの時に使う姿見なんだろう。その中に、ぬいぐるみの中に紛れた俺の姿が映し出されている。
まず目につくのは、俺の全身を覆う絹の布地。
茶色く染め上げられたそれは、紛れもなく俺の体の一部分なんだろう。いくら否定したくとも、俺の感覚は間違いなくそれを自分自身だと認めている。
全体的に丸みを帯びたその形状は手足が短く、頭が大きめ。随分と動きにくそうに見えるが、そもそもとして勝手に動く物じゃないんだから当然だ。
頭の先からぴょこんと飛び出た丸い耳に、やたらと厳つい黒の瞳。
熊型の魔物、ワイルドベア……その形に似せて作られたぬいぐるみ。
正直、あまり良い趣味とは言い難いそれが、今の俺自身の体だった。
(って、なんじゃそりゃあああああ!?)
ここまで読んでいただきありがとうございます!!
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