第15話 体の修理と命属性考察
ティアナの新しい魔法属性が見いだされ、万事解決めでたしめでたし……とは、残念ながら行かない。
あれだけ派手に魔力暴走を引き起こし、部屋の中がどこの森林地帯だってくらいに緑化してしまったんだ。当然、それをどうにかこうにか片付けなきゃならなくなったメイド達や、更には父親のクルトからもこっぴどく叱られることに。
「はあ、あんなにたくさん怒られたのは初めてかも……頭が割れちゃうかと思ったよ」
『まあ、誤魔化すにしても限度があったしな。とはいえ、大丈夫か?』
特に、クルトに関しては殺気すら感じさせるほどの剣幕で叫んでたからな。あくまで感情が高ぶった末の魔力暴走だって言ったのに、ロクに話も聞いてもらえなかった。
本当に、反撃の魔法でもぶち込んでやろうかと思ったよ。
「あはは、大丈夫だよ。むしろ、元気いっぱい!」
かつてないほど明るい表情で笑うティアナに、俺もほっこりとした気分になる。
いくら暴走の結果とはいえ、部屋一つをあそこまで変貌させる魔法規模は、紛れもなく中級と称されるほどの代物だった。
後はきちんとした魔法陣と詠唱を完成させて、いつでもそれを発動出来るよう反復練習を重ねれば、念願だった魔法学園の入学資格を得ることが出来るからな。嬉しくないわけがない。
「ふふっ、早く訓練したいなぁ。そのためにも、早く師匠を直さないとね」
『ああ、頼むよ。体が弾けても意外と大丈夫だったとはいえ、このまま過ごすのは流石にな』
というわけで、今はまず、壊れた俺の体を修理して貰っているところだ。
全体的に女の子らしさの欠けるティアナにあって、ほぼ唯一と言っていい淑女らしい特技が裁縫だし、ぜひともカッコよく仕上げて欲しいな。
……いや、見た目のセンスは全然なかったな。よく分からん魔物ぬいぐるみが好きな奴だし。
「師匠、せっかくだから吹っ飛んだ腕の代わりに大鎌でもくっつけてみる? かっこいいよ?」
『ごめんなさい勘弁してください』
にっこりと笑うティアナを見て、俺は全力で土下座する。……心の中で。
暴走の件でティアナと俺の魂を一部融合し、これまでみたいに《念話》の魔法を使わなくても、少し意識を向ければ言葉を交わせるようになったんだが、代わりに内心が読まれやすくなってる気がする。
いや、緊急時以外はあんなにも深く"繋がって"ないし、大丈夫なはずなんだけど……少し対策を講じないとまずいかもしれない。主に俺の尊厳とか威厳とかそういうあれこれが。
「冗談だよ。師匠の体はちゃんと元通り直してあげるから、安心して?」
『ほっ……』
良かった、これで訳の分からないゲテモノにされなくて済むな。
いや、今のままでも大概なんだが、流石に一か月以上この姿でいると多少なり愛着も湧いて来るし、出来ればこのままでいたいところだ。
「ところで師匠、私の魔法を命属性、って呼んでたけど、具体的にどんな魔法なの?」
『あー、そういえばまだ言ってなかったか。といっても、俺もまだ予測しか出来ないけど』
チクチクと針で縫われながら、俺は言葉を選ぶべく少し間を空ける。
魔法はイメージが大事だけど、現実に起こり得る範囲を過度に逸脱した現象は引き起こせない。ここで変な印象を与えると、それに引っ張られてせっかくの適性が潰れることだってあるからな、慎重にならないと。
『お前の魔法は、“命”に干渉する魔法だと思う』
「命……」
『そう。植物が一番影響を受けやすいみたいだけど、体力とか生命力とか、そういう身体機能の向上なんかにも効果があると思う。お前だって覚えあるだろ? やたらと高い身体能力とかさ』
「あー、なるほど」
一応は自覚があったのか、ティアナの口から納得の声が漏れる。
そう、乙女らしからぬ態度と趣味ですんなり流してたけど、まだ十三かそこらの女の子が、現職の騎士にも匹敵しかねない体捌きを見せること自体がそもそもおかしかったんだ。
それも、他の適性を一切失うほどに適性が高い命属性魔法の影響だとすれば納得もいく。
何せ、高すぎる適性は時に魔法陣の助けが無くても魔法現象を引き起こすくらい、最初からその属性に染まってるからな。そんな魔力を日常的に鍛えていたなら、体に影響があってもおかしくはない。
『植物を操って地形を変えたり、自分の身体能力を上げて物理に訴えるのが基本……になるかな。まあ、あんまり魔法使いっぽくない戦い方になるかもしれないけど……』
部屋の中にすら植物を生やせたんだし、地形の影響はある程度無視出来るとは思う。でも、直接攻撃しようとすれば、どうしても物理攻撃に頼る場面は増えて来る。
調べていけば、他にもっと向いてる戦い方があるかもしれないけど……果たしてこんな概要で、魔法使いを目指すティアナが納得するだろうかと不安に思っていると……。
「それなら、今の私に凄く向いてる魔法ってことだよね! よーし、頑張って覚えるぞー!」
思いのほか好評なようで、ティアナは大喜びしていた。
どうやらこの子としては、魔法で戦えるなら何でもいいらしい。
剣で戦う魔法使いは、魔法使いじゃなくて騎士って呼ばれることが多いんだが……うん、気付いてないみたいだし黙っとこう。世の中知らない方が幸せなこともあるよね。
「師匠? 何か言った?」
『いいやなんでも』
それにまあ、メインでなくとも剣を使う宮廷魔導士だっていないこともなかったしな! 俺だって、接近された時の自衛手段として杖をメインにした棒術を習ったりもしたから、ティアナが魔法使いを名乗っても問題ないだろう。
……多分。
『じゃあ、最初に作るのは身体強化系、自己回復系かな。一応、直接攻撃用の魔法についても考えてみよう、中級魔法って判定されるには、やっぱり直接攻撃系があった方がいいし』
「うん! 中級魔法なんて言わずに、いっそ上級魔法くらいまで覚えて、特待生入学目指しちゃうよ!」
『おいおい、まだ初級魔法も作れてないのに、気が早いぞ』
「あはは、ごめんなさい。でも、特待生入学出来たら、学園長にも会えるかなって思って」
思わぬ言葉が飛び出して、俺は目を丸くする。
そんな俺に対して変わらず微笑みながら、ティアナは当たり前のように言った。
「師匠は学園長に会いたくて転生したんだもんね? 私が学園に通いたいのはもちろんだけど、今度は私が師匠のために頑張りたいんだ」
『ティアナ……お前、俺のことまで考えて……!』
まさかそんなことまで考えてくれてるとは思いもよらず、俺は心の涙を流す。
うぅ、まだ出会って一か月と少しだけど、立派になったな、ティアナ……!
『分かった、お前は俺の自慢の弟子だからな、入学しに来る貴族連中全員あっと驚かせるくらいの魔法、絶対モノにしようぜ!』
「うん!」
実際のところ、あと一か月もない期間で上級魔法を覚えるのはまず無理だし、そんなもんに手を出すくらいなら、中級魔法をしっかりマスターすることの方が大事だけど……今はこれくらい、夢を語ってもいいだろう。
そんな風に笑い合いながら、俺の体が直るまでの間、二人で他愛ない雑談を交わし続けるのだった。




