第14話 魂の契約と魔法覚醒
(あぁー、今回は死ぬかと思った……)
犬っころに散々弄ばれた俺は、残った魔力を振り絞りながらティアナの部屋へ戻って来た。
まだまだ夜明けには時間があるけど、あれだけ騒いでバレずに済んだのは運が良かった、本当に。
(早くティアナに抱かれて魔力回復しないと、今日一日動けなくなっちまうぞ……と?)
フラフラと部屋に入ると、そこには既に目を覚まし、ベッドの上で座り込むティアナの姿があった。
「師匠……」
『ティアナ、ちゃんと寝ないと体がもたないぞ、こんな時間にどうしたんだ?』
ふらりと落下した俺の体を、ティアナが抱き留める。
いつもなら、寝起きだろうと関係なく元気いっぱいな子なんだが、抱き方にもどうも覇気がないな。
『どこか調子が悪いのか?』
「私は平気だよ。……むしろ師匠こそ、どうしてこんなにボロボロなの?」
『あ、あー、これはその、なんだ……』
……お前の飼い犬にやられましたなんて、流石に言えないよなぁ。
どう答えたものかと迷っていると、ティアナは益々強く俺の体を抱き締める。
「レトナに聞いたよ。師匠、私がいない時はいつも書斎に籠って、調べものしたり新しい魔法を作ったりしてくれてるんだよね? 私のために……」
『それはまあ、師匠だからな。これくらい普通だよ』
「でも、そのために師匠は朝も夜も関係なく、こんな風になるまでっ……!!」
ここに来て、ようやく俺はティアナの手が小さく震えていることに気が付いた。
どうやら、俺が思っていた以上に、ティアナは追い詰められていたらしい。
『大丈夫だって、今回はこれまでとまた違う魔法陣が出来たから、きっと上手くいくさ』
「そう言って、今までだってずっと上手くいかなかったじゃない!!」
『ティアナ……』
予想外の強い言葉に、俺は一瞬口ごもった。
ティアナの言う通り、これまでも何度か同じような言葉を使って期待を煽りながら、その度に落胆させてしまっている。疑われるのも当然か。
『……すまなかった、師匠失格だな、俺は』
「っ……なんで、なんで師匠が謝るの。出来ないのは、私のせいなのに。私が……私に、レトナみたいな才能がないから……!!」
『それは違う! レトナは確かに才能あるけど、だからってティアナに才能が無いわけじゃない、芽が出るのが少し遅いだけで……』
「そんな慰めなんていらない……ちゃんと、ちゃんと私のこと怒ってよ!! 私みたいな出来の悪い弟子のために、師匠ばっかりこんなに傷付いて……こんな、こんなことなら私……っ!!」
一度感情を曝け出したからか、これまで溜め込んでいたものを吐き出すかのようにティアナは叫ぶ。
ざわりと、その慟哭にも似た声に反応するように周囲の空気がざわめき立ち、幼い体から魔力が滲みだす。
これは……まずい!!
「……魔法なんて、いらないっ!!」
瞬間、ティアナの体から途方もない魔力があふれ出し、部屋の中を嵐のごとく吹き荒れた。
その衝撃でベッドの周りにあったぬいぐるみや小道具が俺の体諸共吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。
「師匠っ!? なに、これ……私の体、どうなって……!!」
『魔力暴走だ!! ティアナ、まずはゆっくり深呼吸して心を落ち着けるんだ!!』
まだ感情や魔力のコントロールが上手くいかない子供には、稀に見られる現象だ。激情に呼応して体内の魔力が暴れ出し、無秩序にばら撒かれてしまう魔法使い特有の病気のようなモノ。
放っておけば、撒き散らされた魔力が勝手に魔法となって周囲の物を傷付けたり、最悪の場合は限界まで昂った魔力によって、本人の体さえ破壊してしまう。
あくまで一過性のものだから、本人が心を落ち着け、暴れる魔力をしっかりと制御すれば収まるはずなんだが……初めて直面した症状で、落ち着けと言う方が無理だろう。ティアナの呼吸は目に見えて荒くなっていく。
「っ……だめ、師匠……胸が、どんどん、苦しく……」
『くそっ……!』
普段から真面目に訓練を積んで来ただけあって、ティアナの魔力は相当に多い。それこそ、純粋な量を比べるなら、レトナよりも数段上と言っていいくらいだ。
そんな魔力が、今この時ばかりは仇になっている。このまま放置したら、ティアナが死ぬ!!
『待ってろ、今助ける!!』
幸い、今いる場所は屋内で、暴走したティアナの魔力が満ちている。これなら、魔法を使うのに不足はない。
俺は素早く自身に《飛行》の魔法を使って宙に浮かびつつ、正面に風属性初級魔法《エアブロウ》を発動。暴れる魔力を押しのけて道を作った。
『ティアナ、俺を抱け!!』
「う、うん……!!」
一瞬だけ切り開かれた道を通り、ティアナの胸に飛び込む。
さて、ここからが勝負だ……!!
『いいか、絶対離すなよ……!!』
《念話》の魔法によって出来た俺とティアナの精神を繋ぐ道を、更に拡張。ティアナの“魂”に接続する。
「んぁっ……!」
『《静かなる闇よ、母なる慈愛の女神となりて、彼の者の心に安寧を与えたまえ。マインドリセッション》!!』
まずは、闇属性の魔法で混乱するティアナの心を落ち着ける。
これで少しはマシになったはずだけど、一度暴れ始めた魔力はそれだけじゃ止まらない。
ティアナが自力で制御するのが一番だけど、これほど膨大な魔力を抑え込めなんてのは流石に無茶な要求だ。
そして、俺が外側から抑え込んだところで、器であるティアナの体自体が崩壊してしまったら意味がない。
だからこそ、俺がティアナになって内側から抑え込む!
『ティアナ、よく聞け。この暴走を抑え込むためには、俺のぬいぐるみの体を使って、体内に溜まったお前の魔力を一度全部解き放たなきゃならない。そのために、俺とお前の魂を一部融合する!!』
「魂の、融合……? なに、それ……」
『説明してる時間がない。でも、この魔法はお前自身に拒絶されたら絶対に成功しないんだ。だから、もう一度だけでいい……俺を信じて、受け入れてくれ!!』
我ながら、なんて滅茶苦茶なこと言ってるんだと思う。ついさっき、自分の不甲斐なさのせいで泣かせたばかりの少女に対して、魂の全てを曝け出せと要求してるんだ。
それこそ、俺に生殺与奪の権利を寄越せと言うに等しい暴挙。いくらこんな状況とはいえ、拒絶されて当然とすら言える。
「うん、いいよ……! 師匠のことなら、私……信じてるから……!」
それなのに、ティアナは俺を信じてくれた。
本当にこの子は……全く、ここまで言われて応えられなかったら、それこそ師匠失格だな。
大賢者の名に懸けて、絶対に助ける!!
『《万象交わりし混沌の化身よ、永久の盟約を結ぶ担い手となりて、我らの魂に断たれぬ縁を結びたまえ!!》』
俺とティアナの魂の結びつきを、どこまでも強固に。
俺自身の魂とティアナの魂を重ね合わせ、融合させる!!
『《混沌契約》!!』
俺達の間に、魔力で出来た一筋の道が繋がる。同時に流れ込んでくるのは、ティアナの感情。
幼い頃から受けて来た、周囲の大人達からの蔑視、冷遇、陰口……それに伴う悲しみと孤独感。
そして……それ以上に大きな母親への想い。魔法への憧れ。
(そうか……この人が、ティアナの母親か)
ティアナとよく似た、白銀の髪を持つ美しい女性の姿が一瞬だけ頭を過る。
声が聞こえたわけじゃない。それでも、女性の口は確かに、こう言っているように見えた。
『娘を頼みます』
(ああ……任された!!)
魔法は成功した。俺とティアナの魂が繋がり、これまでのように制御に割り込むような形ではなく、自分の魔力を操るような感覚でティアナの魔力を操れるようになったのが分かる。
その繋がりを利用し、暴走するティアナの魔力を俺の体に注ぎ込んだ。
『ぐっ!?』
「師匠!?」
バツンッ!! と、俺の腕が片方弾け飛ぶ。
いくらなんでも、魔道具ですらないただのぬいぐるみの体で、これだけ膨大な魔力を受け止めるのは無理があったらしい。それでも構わず、魔力を受け止め続ける。
「ダメ、師匠!! それ以上やったら、師匠が……!!」
『心配すんな……!! 言ったろ? 俺が、お前を魔法使いにしてやるって』
ブチッ、バツンッ!
縫い目が解れ、耳が飛び、首元から綿が飛び出す。
人間の体のままだったらとっくに死んでいそうな状態になりながら、それでも俺は笑ってみせる。
今なら、無機質なぬいぐるみの体だろうと、この気持ちが届くと信じて。
『俺は、一度交わした約束は絶対に守る。だから信じろ』
「師匠……うん、わかった……」
ぎゅっと、ティアナのか細い手が俺の体を優しく包む。まるで、傷ついていく俺の体を少しでも労わるかのように。
そんな愛弟子の想いを受けながら、俺は試作していた魔法陣を使い、ティアナの魔力を属性変換する。
魔法になるかは分からないが、無秩序に暴れる魔力に属性という方向性を与えれば、少しは抑えやすくなるはず。問題は、ティアナの魔力をこの魔法陣が受け入れるかどうかだが……頼む!!
『うおぉぉぉぉ!!』
最後の一滴まで搾り取ろうと、魔力を引き込み、魔法陣へと叩き込む。
まるで乾いたスポンジのように魔力を取り込んだ魔法陣は、その全てを特定の属性へと書き換えながら放出し、そして――
『はあ、はあ、はあ……』
周囲を吹き荒れていた魔力の嵐が、不意に止んだ。
どうやら、ようやく暴走が止まったらしい。
ほっと息を吐く俺の顔に、ぽたりと小さな水滴が垂れ落ちた。
「うぐっ……ひっく、うぅ……」
『泣くなよ、ティアナ……助かったんだぞ?』
「でも……私のせいで、師匠が……こんな……」
『気にするなよ。さっきも言ったけど、弟子のために師匠が体を張るのは当然のことだ。将来有望な弟子なら、尚更な』
「どうして……どうしてそこまで、私のこと信じてくれるの……? 私、どれだけ頑張っても、全然ダメだったのに……」
ティアナの感情が俺に伝わったように、俺の感情もさっきティアナに伝わったんだろう。これだけは聞かなきゃ納得がいかないって、これでもかってくらい顔に書いてある。
『あー、なんていうかな……俺も、お前くらいの時は無能って呼ばれてたんだよ』
「え……師匠が……?」
『ああ。適性がどれも半端で、中級以上の魔法が一切使えない器用貧乏……ってな』
ティアナやレトナの価値観からは考えられないだろうけど……百年前の魔法使いは、複数の属性を使い分けられる汎用性より、とにかく一つでも強力無比な上級魔法を使えることが絶対的な評価の基準だった。
その中にあって、全属性の適性をほぼ均等に持っていた俺は、実戦じゃ役に立たない無能扱いだったんだ。
『家族も、貴族の連中も、みんな俺をバカにして……それが悔しくて、どうにか認めさせたくて必死に魔法を勉強して……どうにか中級魔法を習得しても、周りの評価は相変わらずで……だからな、ティアナを見たら昔のことを思い出して、手を貸してやりたくなったんだよ。それに……』
未だ涙で濡れるティアナの目元を、そっと拭う。
どんな時でも……それこそ、父親に酷いことを言われても、何度魔法を失敗しても潰えなかった強い意思の籠ったその瞳を見て、俺は笑う。
『昔の俺よりずっと悪い状況で……それでも諦めずに頑張れる奴に才能が無いなんて、そんなことあるわけないだろ? 元無能から大賢者までのし上がった俺が証人だ、間違いない』
「ふふっ……何それ……」
『冗談でもなんでもなく、本気でそう思ってるぞ? 実際……ほら、見てみろよ』
「んぅ……えっ……?」
俺に促され、顔を上げたティアナの視線の先に広がっていたのは、魔力の暴走によって散々に荒れた彼女の部屋。でも、それだけじゃない。
部屋の至る所から、生命力溢れる豊かな緑色の植物達が生い茂っていた。
『まさかここまでの物が本当にあるとは、流石の俺も予想外だよ』
「師匠……なに、これ……?」
『何って、決まってるだろ?』
呆然と呟くティアナに、俺はそれを口にする。
彼女が長年追い求め続けてきた、その現象の名を。
『お前の、お前だけの魔法だよ。そうさな……《命属性魔法》、なんて名前でどうだ?』
ついにティアナの力が覚醒! ちょっと長かった!!




