第13話 募る焦りと突破口
またタイトル変えてみました……何度もすみません(*´;ェ;`*)
俺がぬいぐるみに転生してから、一か月の時が経った。
最初こそ、ティアナの魔力がなきゃ満足に動けない体に打ちひしがれたり、食事がとれない現実を前に絶望したり、犬っころに好き放題弄ばれたりしたわけだが、これだけ時間が経てば良くも悪くも人間慣れるものだ。
ティアナに抱かれている間、少しずつ拝借した魔力をぬいぐるみの体に溜め込むことが癖になって、今では夜中にそれなりの時間単独で行動出来るようになった。
食事は……美味しそうに食べるティアナの笑顔を見ることでどうにか心の平穏を保てている(?)。
犬っころに関しては、《シャインバブル》の魔法で軽く遊び相手になってやることで、三回に一回くらいは襲撃を凌げるようになってきた。
……半分以上失敗してるし、あの犬っころは生意気にも最近シャボン遊びに飽きてきた節があるから、また対策を練らないとダメだな。
でも現状、そんなことよりずっと大きな問題が横たわっていた。
「はあ、はあ、はあ……」
そう、ティアナの魔法修行は、一か月前からほとんど進んでいないのだ。
疲れが滲むその姿に、俺はたまらず声をかける。
『大丈夫かティアナ? そろそろ休んだ方が……』
「平気だよ、師匠。さあ、もう一回……!」
いつものように、家人に隠れての魔法訓練。真上に登った太陽に照らされるラフールの町の郊外で、ティアナは掌を掲げ、意識を集中する。
額には玉のような汗が浮かび、蓄積した疲労が全く隠せていないが、止めるつもりはないらしい。
「《炎よ、試練の壁となりて、咎人を飲み込む天罰と化せ……! ファイアウォール》!!」
魔法陣に魔力が集い、閑散とした空き地を明るく照らし出す。
火属性初級魔法、《ファイアウォール》。炎の壁を作り出すこの魔法は、特に生身で戦う生物相手には無類の強さを発揮するポピュラーな防御魔法なのだが……。
「っ、きゃ!!」
適性を持たないティアナはそれを最後まで発動出来ず、魔法陣が霧散。飛び散った魔力が小さな体を吹き飛ばす。
すぐに俺は、借り物の魔力で風魔法を発動し、その小さな体が倒れ込む前に受け止めてやる。
こうでもしなきゃ、今のティアナだと怪我しかねないからな……。
「また……ダメだった……」
力なく座り込むティアナに、流石になんと声をかけたものか悩む。
この一か月、様々な魔法を試して貰ってきたんだが、その大半はまともに発動すらしなかった。
それこそ、《シャイニングジャベリン》が上手くいったのは奇跡なんじゃないかと思うほどの有様で、中級どころか初級ですら他の魔法をほとんど覚えられないでいる。
「なんで……ダメなんだろう……」
俺が教えた、動作を交えたイメージの補強などもしてるんだけど、それもダメ。
魔法陣の書き方を一から教え直し、多少効率が悪化することを甘受して強度を引き上げてみたけど、これもダメ。
ただ、全く成果がないわけでもない。
『そう落ち込むな、前よりも確実に上達してるし、そう焦る必要はないよ』
《シャインバブル》みたいなお遊び魔法を中心に、ティアナの適性を探った結果、光属性、水属性、土属性にいくつか手応えのある魔法が散見された。
頑張れば初級魔法をギリギリ発動出来るかどうかってレベルだから、すぐに中級魔法に繋がるわけじゃないけど……上手く共通項を洗い出せれば、ティアナに合った特殊魔法を作れるかもしれない。
そこまで到達出来れば、後少しだ。
「でも、もう残り一か月しかないんだよ」
ただ、そこに到達出来るまで目に見えた成果が現れないのも確かだ。
ましてや、入学試験までの日取りが刻々と近付いている今、焦るなと言う方が難しかったかもしれない。
それに加えて……。
『あの父親に言われたこと、気にしてるのか?』
「…………」
少し前に、ティアナは初級魔法を習得出来たことを父親に報告した。
そこで言われたのが、「だからどうした」の一言である。よっぽどぶっ飛ばしてやろうかと思ったよ。
「実際、初級魔法しか使えないんじゃ、試験には合格出来ないし……仕方ないよ」
『それでも、娘の頑張りを認めてやるのが親だろうに……!』
貴族の矜持だかなんだか知らないが、ティアナがどれだけ頑張ってるかも知らないで。本当に腹立つ。
でも一番腹立つのは、そうやって落ち込んでいる弟子に、望む魔法を与えてやれない俺自身の不甲斐なさだ。
「大丈夫……師匠が私のこと、ちゃんと見てくれてるから。まだ、頑張れるよ」
俺の気持ちに配慮してくれたのか、ぐっと拳を作って笑顔を浮かべるティアナ。
無理に笑うその姿には、胸が痛んだ。
「さて、もう一度! 次はどんな魔法を試せばいい?」
『ああ、次は……』
次の指示を出しながらも、俺は現状をどうにかする術を見出だすために、ひたすら頭を回し続けるのだった。
ティアナとの訓練を終え、夜。
ティアナや他の家人達が寝静まったタイミングを見て、俺は書斎へと足を運んでいた。
最近の日課となっている、深夜の魔法研究だ。体内に溜め込める魔力の限界から、あまり長時間はやれないのが難点だが、こうして少しでも先へ進めないとこのままじゃ間に合わない。
(ティアナが上達してるのは間違いないんだ。地道な鍛錬のお陰で元々多かった魔力量も更に増えたし、魔法陣の構築精度も速度も上がってるし、魔力そのものの制御も悪くない。詠唱だってスムーズで、最初に覚えた《シャイニングジャベリン》だってもうほとんど実戦級だ)
威力のほどは置いといて、と内心で呟きながら、俺は目の前に《浮遊》の魔法で翳した書物を高速で捲っていく。
ひたすらに流れる、大量の魔法名。そのほとんどが既知のものだけど、俺だって千を超える魔法を常に頭の中に留めておけるわけじゃない。改めて目を通すことで記憶を刺激し、滞った思考を巡らせる“何か”を探し続ける。
(これまでティアナに試させて、ほんの少しでも手応えがあったのは創造系。何かしらの武器やら動物やらを元イメージにした攻撃魔法。それから、自身の体に直接かける強化系)
これだけ見ると、何ともティアナらしいラインナップだ。あいつ、魔法というより肉体言語派っぽいし、イメージにぴったりと言える。
ただ、それもあくまで“ほんの少し”の手応えがあっただけ。中級魔法を使えるような気配は全くない。
(複合属性も試したけど……“白炎”、“蒼炎”、“泥濘”、“虹”、“砂塵”、“嵐”、“鏡”……俺がお試しで作ったものはどれも外れ。お遊びの範疇でなら発動出来たけど、初級すら怪しいものがほとんどだ)
レトナなんかは白炎をかなり使いこなしていて、本人に合わせて調整したら、もはやあいつの中で一番得意な魔法になりつつあるみたいだけど……ティアナはそう上手くはいってくれない。
むしろ、俺が教えた魔法であっさりと強くなったレトナを見て、焦りが募っているみたいだ。
(友達がどんどん強くなってるのに、自分は成長の実感を得られないんだもんな……そりゃあ、辛い)
先日も、シーリャをお供に遊びに来たレトナと模擬戦をして、ティアナがあっさりと負けた。俺のアドバイスを聞いたレトナが、得意な魔法を中心とした隙の少ない立ち回りをきっちりとマスターしてきたのが主な理由だ。
俺としては、魔法研究の手伝いもして貰ったしアドバイスくらい……と思ったけど、少し時期が悪かったかもしれない。
(多少の差異はあれど、ここまでやって取っ掛かりすらほぼなしとはな。ひとまず中級魔法程度の威力が出せる特殊魔法を一つでも作れれば、と思ってたけど……本格的に、属性ごと新しい物を作らなきゃいけないかもしれない)
ニーミの時に、一度はやっていることだ。俺の“切り札”を使えば、ティアナの魔法適性を見つけられるかもしれない。
とはいえ、あれはほとんど偶然の産物だったからな……ティアナが同じように上手くいくとも限らないし、危険も大きい。出来ればやらずに済ませたいんだけど。
(ティアナの夢を考えたら、避けては通れない、か)
残り期間は一か月。仮に特殊魔法が完成したとしても、ティアナ自身がそれに慣れるための訓練期間を考えたら、もう猶予がない。どうしても魔法学園に行きたいのなら、覚悟を決めなきゃならないのかもしれないな。
(それでも、やっぱり何か取っ掛かりは欲しい。何かないか? まだティアナに試していない、これまでと違うアプローチは……)
「ワンッ、ワンッ」
と、そんなことを考えていたら、またも犬っころの鳴き声が聞こえてきた。
いい加減、夜にこいつが傍にいるのにも慣れてきたな。というか、それを見越して今はそれなりの高度で浮遊してるわけだし。
『悪いな犬っころ、今は相手してる暇ないんだよ』
「ワンッ」
『って、おい!?』
犬っころが書斎の本棚を駆け上がり、俺に向かって飛び掛かって来る。
俺自身は慌てて躱したものの、そのせいで本棚から何冊か本がぶちまけられ、俺が読んでいる最中だった本と混ざって分からなくなってしまった。
『あーもう、何てことしてくれるんだお前は。えーっと、どれだったか……』
ただでさえ、最近は何度かメイドと遭遇しかけて危ない場面もあったのに、こうも派手な音を立てて誰か気付かなかっただろうな……?
そんなことを考えながら拾い上げたのは、さっきまで俺が読んでいた本ではなかった。
子供が読むようなおとぎ話……いわゆる、絵本だ。
この世界を作った創世神と、この世界を侵略に来た魔王の戦いを描いた物語。
ところどころ違う部分もあるけど、俺が子供の頃から既にあった、この国では有名な寝物語だな。
(懐かしいなぁ、ガキの頃もこうやって黙って書斎に忍び込んで、こういうの読み漁ってたっけ)
邪悪な魔王の軍勢と、創世神によって生み出された人類の激しい戦闘。
人間だけでなく、獣人、エルフ、ドワーフなどと言った他種族まで入り乱れ、炎、水、雷と多種多様な魔法が飛び交っている。
無限にも等しい魔王の軍勢を前に、疲弊していく人類。そんな彼らを支援するように、後方から癒しの光を振りまく創世神。
それを見て、俺はふとあることを思い出した。
(……そういえば、魔法は創世神から託された神の権能だ、なんて話もあったな)
この大陸では有名な、創世神を信仰する宗教の教えに、そうした一文があった気がする。
実際、この物語に出て来る魔法は大抵が実在する魔法の元になっていたりするから、あながち間違いとも言い切れない。
(……じゃあ、この力は?)
物語の終盤、創世神がその身を削って発動した魔法によって倒れた人々が命を吹き返し、傷んだ大地が実りを取り戻し、魔王の軍勢が消滅していく。少なくとも、俺はこんな魔法を知らない。
所詮は作り話と言ってしまうのは簡単だけど、魔法の中にはこういった概念的存在の力をモチーフに作られた物が数多くある。
(……ここまで強力なものは無理にしても、試してみる価値はあるな)
そうと決まれば、早速魔法陣を構築しよう。これまでとは全く違う物になるだろうし、少しは期待が持てそうだ。
『お手柄だ犬っころ、これでお前のご主人様にも顔向け出来るぞ!』
「ワンッ!」
『ハッハッハ、今晩だけは好きなだけ付き合ってやるよこの野郎!!』
俺の褒め言葉を理解しているのかいないのか、いつも通り容赦なく飛び掛かって来る犬っころを、今回ばかりは快く受け止める。
その後、明け方近くまで遊び倒された末、解放されたころには全身ボロボロになってしまったのは言うまでもない。
うん、俺やっぱりこの犬畜生は嫌いだ!!




