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第10話 怖がり令嬢と寡黙な従者

「きぃ~っ! 悔しいですわ~!!」


 ラフールの郊外に、レトナの甲高い声が響き渡る。

 空き地での模擬戦を終えた俺達は、レトナの従者であるシーリャの計らいで近くを流れる川の畔にテーブルを並べ、小休止を兼ねた優雅なティータイムを嗜んでいた。


 ちなみに、二人掛けの小さなテーブルも茶葉を含めたティーセットもシーリャが全てどこからともなく取り出した物だ。すわ空属性魔法か? と思ったが、そうではないらしい。彼女曰く、「メイドの嗜みです」とのこと。

 そんな嗜みあるかい、と思ったが、魔力の反応もしなかったから本当に謎だ。まあ、深く考えるのはやめておこう、うん。


「まさか、魔法がロクに使えないと言われていた貴女にしてやられるなんて……本当に、無茶苦茶な戦い方しますわね」


 川のせせらぎが耳に心地よく、流れる豊富な水に育てられた色とりどりの緑が生い茂るこの場所は、ティータイムをするには何とも風情ある穏やかな場所……なんだが、侯爵家のお嬢様の敗戦のショックを癒すほどではなかったらしい。

 ぶつぶつと愚痴を吐きながら、シーリャに淹れて貰った紅茶を啜るレトナにジロリと睨まれ、ティアナは「あはは」と頭を掻きながら乾いた笑いを浮かべる。


「だって、あの魔法を覚えたのはついさっきだったから……魔法中心の戦い方って分からなくて……」


「ついさっき!? そんな状態で使ったら暴発の恐れもあるでしょうに、よくやりますわね」


「暴発はいつものことだし」


「そんなことに慣れるんじゃありませんわ!」


 ぽわぽわと何の気なく告げるティアナに、レトナが盛大にツッコミを入れる。

 なんというか、元気な奴だな。ティアナも元気と言えば元気なんだけど、少し方向性が違う感じだ。


「それに、師匠が教えてくれた魔法だもん。失敗なんてしないよ」


「師匠……? ティアナ、誰かに師事してるんですの?」


「うん、ほら、師匠だよ」


 ポン、と、テーブルの上に俺を座らせ、レトナと対面させる。

 そんなティアナの行動に、レトナはただひたすら困惑の表情を浮かべていた。いやまあ、そうなるよな。


「あの、ティアナ? 師匠とは、まさかこのぬいぐるみのことですの?」


「うん、そうだよ」


「……すみません、どうやら私の耳がおかしくなったようですわ。まるでティアナが、このぬいぐるみから魔法を教わっているかのように聞こえましたの」


「だから、そうだって」


「そんなこと出来るわけないでしょう!? あなたは何を言ってますの!?」


「出来たもん。ほら、師匠」


 ティアナから、レトナに話しかけてくれと言わんばかりに背中を叩かれる。

 んー、あまり多人数で繋げると、魔力消費が増えて嫌な感じなんだが……まあティアナの魔力は多いし、少しくらいならいいか。


『あー、聞こえるか? 俺がティアナの師匠、ラルフだ。よろしくな、レトナ』


「喋ったぁぁぁぁぁぁぁ!!?!?」


 手早く構築した魔法陣で《念話》の魔法を発動し、レトナと、ついでに傍らで控えているシーリャに精神を接続したのはいいけど……その途端、レトナは椅子から転げ落ち、凄まじい勢いで飛び退いていった。

 まあ、魔道具ですらないただのぬいぐるみから声が聞こえたら、ビビるよな普通。


「なんなんですの!? なんなんですのこれは!?」


「だから師匠だよ。百年前に死んだ宮廷魔導士の転生体なんだって」


「それ、ゴーストが乗り移ってるだけじゃありませんの!? ちょ、ちょっと、今すぐ浄化魔法をぶっ放します、そこに直りなさいな!!」


『おいばかやめろ』


 俺はゴーストじゃなくて、転生魔法で自我を保ったまま輪廻を潜り抜けた転生体だ。輪廻の輪から外れて、魂だけで地上を彷徨うそれとは違う。

 ……はずだけど、正直こんな状態になってるとあまり自信が持てない。実は俺、アンデッドの仲間になってたりすんの?


「違うから大丈夫だって。レトナは怖がりだなぁ」


「こ、怖がり!? 栄えあるファミール家に連なるこの私が、ごごご、ゴースト如きを恐れるはずがないでしょう!?」


「じゃあ、師匠のことも平気だよね?」


「う、うぐぅ……!!」


 ティアナは俺を抱いてレトナの前まで赴き、ほら、と突き出す。

 まあ、アンデッド系の魔物って、人によっては滅茶苦茶嫌いだったりするからなぁ……この子がこれだけビビるのも、仕方ない面はある。

 ただ、それじゃあ話が進まないし……仕方ないか。


『分かった、そんなに疑うなら、俺に浄化魔法を撃ってみろ』


「えっ? い、いいんですの?」


『いいよ。その代わり……まあなんだ、何事もなく終わったら、そんなに怖がらないでくれると助かる』


 俺はティアナの師匠で、少なくともこいつが一人前の魔法使いになるまで離れるつもりはないけど……そのせいで、こいつから友人が離れていくようなことは避けたい。


 魔法の強さは、心の強さ。そして、心の強さは健全な精神に宿るからな。ただでさえ実の家族から冷遇されているティアナにとって、これだけ遠慮ない付き合いが出来るレトナは精神的な成長のためにも必要な存在だ。俺としても、出来るだけ仲良くしたい。


「……分かりました。行きますわよ」


 俺の言葉を聞いて、レトナはそれまでの怯えっぷりが嘘のように、毅然とした態度で立ち上がる。……足はまだ少し震えてるけど。


 それでも、表面上はきりっとした淑女らしい姿のまま、俺の頭上に短杖を掲げた。


「《聖なる光よ、神の溢した雫となりて、不浄なる魂に救済を。ホーリードロップ》」


 展開された魔法陣から、垂れ落ちるは光を凝縮した魔法の雫。

 キラキラと輝くそれは非常に綺麗だけど、たった一滴で小型のアンデッドなら問答無用で浄化する効果がある。

 自分から言い出しておいてなんだけど、もし俺の存在がただのアンデッドだったらどうしようかと、割と本気でビビりながらその雫をじっと見つめ……ポタリ。


 俺の体に、浄化の雫が吸収される。


「……何も起きませんわね」


 そのまま数秒待ってみたが、特に俺の体に異常はなかった。アンデッドなら起きて然るべき、拒絶反応も全くない。

 ふぅ、良かった。


『な? これで俺がアンデッドじゃないって分かっただろ?』


「え、ええ。疑って申し訳ありませんでしたわ、ええと……ラルフさん?」


『ラルフでいい。これからも、ティアナのことよろしくな、レトナ』


「ええ、それはもちろん。ライバルですから」


 レトナが俺の手を軽く握って握手したことで、互いのわだかまりも解ける。

 そんな様子を最後までニコニコと見守っていたティアナは、改めて俺の体を抱き締めると、むふーっと自慢気に鼻を鳴らした。


「分かった? 私の師匠はすごいんだよ」


「ええまあ、確かに色々と常識外れの存在ではあるようですわね……それで、ラルフがティアナに魔法を教えたわけですか。初級とはいえ、全く適性がないところからよくあそこまで」


『まあ、これでも俺は元世界最強の大賢者だからな』


「自分でそれを言うのは何とも微妙ですわね」


 割と容赦ないツッコミを受け、俺はぐっと言葉を詰まらせる。

 そりゃあ、今の俺にはそれらしい力はほぼ残ってないし、見た目も微妙にブサイクな魔物ぬいぐるみだし、威厳なんて欠片も残ってないだろうけどさ……ちょっと寂しいぞ。


「しかし、この分ならティアナも魔法学園の入学にこぎつけられるかもしれませんわね。頭の固いお父様方は何を言うか分かりませんが、私は歓迎しますわよ」


『レトナは、違うんだな』


「当然でしょう? どのような形であれ、一対一の決闘で負けた相手。それ相応の敬意を払うのは、貴族として当然のことですわ。魔法が使える、使えないなど、関係ありませんわ」


 ハッキリと言い切るレトナの姿に、俺は「へえ」と感心の声を上げた。


 ティアナの境遇を見る限り、この国の魔法至上主義なところは百年前からあまり変わってないのかと思ってたけど、こんな子もいるんだな。


「入学出来ないようなら、いっそうちの養子にでもなればいいですわ。私の従騎士として、面倒見てあげますの」


「気持ちは嬉しいけど、いいよ。私は魔法学園に行って、ちゃんと魔法使いとして認められたいし」


「"正義の魔法使い"、でしたか。騎士ならともかく、宮廷魔導士になるのはあなたの魔法適性では厳しい気もしますが……まあ、あなたが決めたことでしたら、とやかく言うつもりはありません」


 高慢そうに見せて、実のところ心配なんだろう。言葉の節々に優しさが滲むレトナを見て、付き合いの短い俺でも微笑ましさから頬が緩みそうだ。

 緩むような頬はないんだけども。


「どちらにせよ、魔法学園の入学には中級以上の魔法を習得する必要がありますし……あなたのお父様、ランドール卿への説得も含めて、精々頑張るとよろしいですわ」


「うん、頑張るよ。ありがとね、レトナ」


「お礼なんていりませんわ。私はただ、私達の決闘があなたの勝ち逃げで終わってしまうのが嫌なだけですの。学園に通い始めたら、こちらにはあまり戻って来られませんもの」


 どこまでも本音を語ろうとしないツンデレぶりに、ティアナは嬉しそうに笑みを漏らし、俺はニヤニヤと意地悪く笑う。

 そんな俺達の感情が伝わったのか、レトナはこめかみをひくつかせながら声を張り上げた。


「ああもう! 貴女も早く飲みなさいな、せっかくシーリャが淹れた紅茶が冷めてしまいますわよ!」


「あ、そうだった。じゃあ、いただきます」


「ええ、ごゆっくりご堪能くださいませ」


 俺がレトナと交わしていた一連のやり取りすら涼しい顔でスルーしていたシーリャが、ぺこりと会釈する。

 いやだから、この人何者なんだよ。俺みたいなわけわからん存在を前にリアクション一つ取らないってマジか。


 まあシーリャのことは非常に気になるけど……それよりも今は、もう一つのことが問題だな。


「師匠、どうかした?」


『いんや、何でもない』


 魔法学園の入学には、中級魔法の習得が必要。

 ティアナの低い魔法適性でも、初級魔法までならどうにかなる。でも、中級はまず無理だろう。

 やっぱり、ティアナと魔法学園に行くなら新しい特殊魔法の開発が必要だ。それも、一発で中級以上だと判断されるくらいの攻撃魔法が。


(魔法の位階は、ほとんどがその威力によって決定されるからなぁ……難易度や有用性によっては、攻撃能力がなくても中級以上と認められることもあるけど、それもほとんどが軍事転用前提。困った決まりだよ、ほんと)


 軍事には使えなくても、便利だったり面白かったりする魔法もあるんだが……まあ、そのお陰で、全く新しい魔法を作っても“中級”だって問答無用で理解させやすい面もあるから、今回に限ればよかったのか。


(ティアナだけじゃない、俺も頑張らないとな。師匠として、約束を守るために)


 ちらりとティアナを見やりながら、俺は改めてそう決意を固めるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >「メイドの嗜みです」 >まあ、深く考えるのはやめておこう、うん。 ハイファンタジー系作品ではよくあることですねw
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