第1話 無能少女
新作です!! どうぞよろしくお願いします!!
※タイトルを変更しました。
「我がランドール家に無能は必要ない。……俺の言っている意味は分かるか、ティアナ」
「…………」
氷のように冷たい視線が、私の体に突き刺さる。
少しやりすぎなくらい綺麗に整えられた執務机に腰掛けて、まるで汚物か何かを見るような目で私を見降ろしているのは、私のお父様。クルト・ランドール。
古くからこのアルメリア王国を守護してきた伯爵家の当主で、王国内でも特に優秀な魔法使いだ。
そんなお父様の娘として生まれたのが、私。ティアナ・ランドール。
生まれてから今までの十三年間、一度も魔法が使えなかった無能だ。
「貴族とは、己の持つ魔法の力で国を守り、その行いでもって王に忠誠を誓う者だ。その理屈で言うのなら、お前には貴族を名乗る資格すらない」
これでも、努力はしてきたのだ。
毎日毎日鍛練を重ね、魔力量なら誰にも負けないくらい多くなっているし、体力作りだって必死にやってきた。
全ては、お父様の言う貴族の責務を全うするために。
そして何より、私自身の夢のために。
「そんなお前を未だにこの家に置いてやっているのは、偏に“貴族の血を引いている”というたった一点においてのみ、まだ利用価値があるからだ。下賤な商人は、お前のような者でも貴族との繋がりが出来るならと喜んで大金を積み上げて娶ろうとするからな」
まるで奴隷か何かを売り飛ばすかのような気軽さで、私の将来を淡々と語るお父様。
その表情には家族としての親愛の情なんて欠片もなく、ただ使えない駒をどうすれば“処分”出来るかを考える冷徹さがあった。
私の気持ちも、尊厳も、将来も、何もかもどうでもいいと思っている目。きっとこの人に、私の言葉なんて届かないんだろう。
でも、それでも。
「だからこそ、何度も言ってきたはずだ。……これ以上我が家の恥を晒すような真似をするなと」
「っ……!!」
その言葉だけは、我慢できなかった。
「お父様!! 私は、家の恥を晒してなどいません!! ただ、少しでも貴族たらんと魔法の鍛錬をしていただけです!!」
「それが恥だと言っているんだ!! 出来もしない魔法の鍛錬をいつまでもして何になる、見苦しい!!」
苛立ちと共に椅子を蹴り飛ばしたお父様の怒声が、容赦なく私へ叩き付けられる。
しっかりと鍛え上げられたお父様の体は山のように大きくて、いくら鍛錬しても華奢なまま成長しない私なんて、その声だけで押し潰されてしまいそうだ。
それでも、引けない。負けたくない。
「そんな……ちゃんと日々上達しています!! 魔力はちゃんと増えていますし、魔法だって……! 最近は、小さく火が灯ったりすることも……!!」
「平民の子供とて《着火》程度は使えるッ!! 腐っても俺の血を引く人間が、その程度の魔法に手こずっている姿を外で晒すのが恥だと言っているのがまだ分からんのか!?」
怒りのまま叩き付けられた言葉に、私はぐっと口を閉ざす。
無能と呼ばれながら、それでもと頑張ってきた魔法の鍛練。それは、お父様にとってただ目障りなだけの代物だったらしい。
「分かったら、俺の目の届く範囲で二度と魔法など使おうとするな。当然、屋敷の外に出ることも許さん」
「そんなっ……!! それだけは、許してください!!」
ハッキリとそう口にするお父様の前で、私は必死に頭を下げた。
私に才能がないことなんて分かってる。
見苦しいと言われるのも仕方ないのかもしれない。
でも、だからってどうして、頑張ることすら否定されなきゃならないの?
「お願いします……! 魔法使いになるのは、お母様との約束なんです!! なんでもしますから、どうか私に、魔法の鍛練をさせてください……そして、魔法学園に行かせてください!!」
魔法学園は、王国内で唯一の、魔法使いを養成するための学校だ。
魔法の力を何よりも重視する貴族子弟はそのほとんどがここに通うし、当然その分たくさんの魔法を教わることが出来る。
ここに行けば、私の夢……みんなを守る正義の魔法使いになれるかもしれない。
「ティアナ……」
名前を呼ばれ、私は恐る恐る顔を上げる。
そんな私に歩み寄って来たお父様は、ゆっくりと手を伸ばし――
「あぐっ!?」
私の顔を、思い切り張り飛ばした。
あまりの強さに床を転がる私へと、お父様は容赦なく罵声を浴びせる。
「そうやって他人に縋りついて媚を売るような真似が既に、貴族としての自覚がない証拠だ!! もうお前と話すことなどない、出て行け!!」
「ぅ……」
ハッキリと拒絶された私は、痛む体を引きずりながら執務室を後にする。
自分の部屋へと向かう道すがら、フラフラと覚束ない足取りの私を心配する人はいない。みんな、私を遠巻きに嗤うばかりだ。
「ティアナ様、またクルト様に呼び出されていたようね……」
「どうやら、また隠れて魔法の鍛錬をしていたそうよ」
「懲りないわねえ、どうせ頑張っても無駄なのに」
「クルト様、不機嫌になると私達への当たりまで強くなるんだから、勘弁して欲しいわ」
ひそひそと囁き合うように交わされる使用人達の言葉の棘が、私の心に突き刺さる。
私の頑張りは、無駄なんだろうか?
私がいると、みんなに迷惑なんだろうか?
私は……どうすればいいんだろう?
「ワンッ、ワンッ!」
「あ……アッシュ」
迷う私の前に、一匹の犬が現れた。
灰色の毛並みが特徴的なこの子の名前は、アッシュ。
数年前に病で亡くなったお母様の忘れ形見で、この家にあって唯一私に優しくしてくれる存在だ。
ただ、ちょっと悪戯っ子なのが困りものだけど。
「もうアッシュ、勝手に私のぬいぐるみで遊ばないの」
「ワンッ!」
アッシュが咥えていたぬいぐるみを取り上げ、そっと胸に抱く。
ちょっと厳つい顔つきをした熊の魔物、ワイルドベアのぬいぐるみであるこの子もまた、お母様の忘れ形見。
ただ一人、魔法使いになりたいっていう私の夢を応援してくれていたお母様が、一人残されることになる私を想って病床の中で作ってくれたものだ。
たとえ辛くても、寂しくても。これを母親代わりと思って、頑張りなさい、と。
「後でたくさん遊んであげるから、ね?」
「ワンッ!」
私が頭をよしよしと撫でると、アッシュは嬉しそうに尻尾を振り回して駆け回る。
アッシュにとっても、お母様の存在は大きかった。きっとこのぬいぐるみに、お母様の影を重ねてるんだと思う。
それとも、落ち込んでる私を気遣って、部屋から持ってきてくれたのかな……なんて、それは考えすぎか。
「さてっ、いつまでも落ち込んでいられない!」
アッシュの元気な姿を見て、私も少しだけ気分が前に向いて来た。
お父様や家の人達が私に冷たいのなんて、それこそ今に始まったことじゃない。落ち込んでる暇があったら、頑張らなきゃ。
「お母様も見てくれてるし、ね」
ぬいぐるみの無機質な目を見つめながら、私はそう自分に言い聞かせる。
大丈夫、私はまだ頑張れる。
魔法の訓練は禁止されちゃったけど、魔法使いになる夢が完全に絶たれたわけじゃないんだから。
「あーでも、これからどうしようかなぁ……」
ただ、それでも……やっぱり、心のどこかでは思ってしまう。
このぬいぐるみが、本当にお母様だったらいいのに、って。
そうしたら、悩んでいる私を見て、たくさん励ましてくれたのに。
私の進む道は間違ってないんだって、背中を押してくれたのに。
「また隠れてやってるところを見られたら、どうなるか分からないし……」
お母様はもういないって、頭では分かってる。
でも……やっぱり、一人は寂しいから。
「うーん……あれ? アッシュ?」
せめて……先の見えないこの道を、一緒に歩いてくれる人がいたなら――
「アッシュー、どこ行ったのー?」
私があれこれ悩んでいる間に、アッシュがどこかへ行ってしまった。
いつものことと言えばいつものことだけど、お父様に叱られたばかりで傷付いていた私の心は、いつも以上に愛犬の癒しを求めていたらしい。
「アッシュー? ……あ、いたっ!」
声をかけながら、たまたま空いていた近くの部屋を覗き込むと、アッシュが何やら戸棚の前で必死に前足を振り上げていた。
どうやらここは物置らしく、棚の上に何かしらアッシュの興味を引く物があったらしい。
しょうがないなぁ、とそちらへ向かおうとした私の前で……アッシュが勢いよく跳び上がった。
「あっ……!!」
アッシュの前足が戸棚に並べられた物品に引っかかり、その列に並んでいた小物や魔道具が連鎖的に引きずり出される。
少なくない物がアッシュの頭上に落ちていくのを見て、私は咄嗟に飛び出した。
「アッシュー!!」
ここで魔法があったなら、もっとカッコよく助けられる手段もあったのかもしれない。
でも、魔法が使えない私には、アッシュの上に覆い被さって壁になってやるくらいしか、大切な家族を守る術が思いつかなかった。
「っ……!!」
アッシュを抱え、痛みに耐えるようにぎゅっと目を瞑る。
けれど、恐れていた衝撃は中々やって来なかった。
『気持ちは分かるけど、魔法が使えないなら無理するなよ、危ないだろ?』
恐る恐る目を開ければ、そこには今の今まで抱えていた熊のぬいぐるみがひとりでに立ち上がり、魔法陣を展開して落ちて来た物を受け止める姿があった。
何がなんだか分からなくて、私はぽかんと口を開ける。
『けどまあ、その根性は気に入った。お前なら弟子にしてやってもいいかもな』
「いや、えっと……あなた、は……?」
やたらと偉そうなそのぬいぐるみが、私の知ってるそれと同じなのかいまいち自信が持てなくて、思わずそう問いかけた。
それに対してぬいぐるみは、『俺か?』と小首を傾げながら、落ちてきた物を棚の上に戻していく。
大小様々な物体を、まるで机についた埃を払うかのような気軽さで十個以上同時操作するなんて、とんでもない魔法技術。多分、お父様でもこうはいかない。
そんな凄まじい技術をさも当然のように披露したぬいぐるみは、この程度誇るまでもないと言わんばかりの軽い口調で、堂々と名乗りを上げる。
『俺の名はラルフ、世界最強の大賢者だ。俺がお前を魔法使いにしてやるよ』
「魔法……使いに……」
私がずっと、求めても求めても届かない場所に、このぬいぐるみは連れていってくれるという。
あまりにも唐突で、とても現実のことと思えなくて、何も言えずに呆然としていると、"彼"は何を思ったのか、バツが悪そうに頬を掻く。
『あー、こんなぬいぐるみにいきなり言われても信じられないよな? でも違うんだよ、この姿には訳があってな……ちょっと長くなるが、聞いてくれるか?』
そう言って、彼は自分の身に起こったことを語り出す。
この、可愛い見た目でやたらと偉そうなぬいぐるみとの出会いが、私の運命を大きく変えることになるだなんて……この時の私にはまだ、想像も出来なかった。
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