2章 始まりが無ければ、別れも無い
二章目突入です。いきなりいつものメンバーと違う視点からのスタートですが、のちに投稿されるパートで状況が理解できる思います。
「はーい、お疲れ様。いったん休憩挟もうか。」
「いやー、犬石を被写体とすると映えるねー。」
「ホント、恵まれた外見してますよね。俺、彼女と同い年の娘がいるんですけど、彼女が乗ってる雑誌見せたら、天姿の差に嫉妬して、泣いてましたよ。」
「マジかよ。まあ、女の子だったら彼女の美貌は相当羨ましいんだろうなー。」
休憩に入ると、スタッフの皆さんが私の話題で盛り上がっているのが聞こえてきた。自分でも恵まれた姿容で生まれたとは思っているが、世間が思うほど、これはいいものなのか、私には分からない。正直、もっと普通の女の子として生まれてきたかったと思うことが多い。
「お疲れ様。はい、これ弁当ね。」
「あ、ありがとうございます。」
マネージャーの吉田さん、彼女とはデビュー当初からお世話になっており、右も左も分からなかった私に一から教えてくれた人で、彼女には顔が上がらない。
「最近人気がどんどん伸びてるし、あなた、やっぱり才能あるのよ。だから、自身をもってね。」
「頑張ります。」
「うん、でもちゃんと息抜きしなさいよ。もう高校生でしょ、勉強大丈夫?」
「はい、ちゃんとついて行けてます。」
「よかったわ。この頃依頼が増えてるから、生活に支障をきたしているか心配だったのよ。」
「ありがとうございます、何から何まで。」
「これがマネージャーの仕事なんだから、気にしないでいいの。いつもぺこぺこしてたら、小心者って勘違いされちゃうわよ。ほら、自身をもって。」
「は、はい。」
中学二年生から二年間モデルを続けているが、吉田さんの励ましが無ければとっくに辞めていたと思う。正直、私はこの仕事とミスマッチな気がする。
モデルを始めたのはお母さんがお金に困っているからで、有名になりたいとか、流行りの最先端になりたいとか、そんなことは思わない。カメラで写真を撮られるのは今でもあまり好きじゃないし、雑誌に載るのも仕事上はありがたいが、正直あまり嬉しくない。特別内気な性格ではないが、どっちかと言うと目立ちたくない。
こんな決意の無い私が、ここまで続けてこられたのは、私に才能があり、マネージャーさんやカメラマンさんたちがそれを引き出してくれているからだろう。正直、一生懸命頑張っている人たちに申し訳ないと、よく思う。
「やっほー六海、今日も撮影?昨日もそうだったよね。」
一人で弁当を食べているときに声をかけてきたのは、学校で同じクラスの満作魔利だった。同じモデル仲間として、仲良くなった友達だ。
「うん。ありがたいことに沢山お仕事貰えて、ここ最近は休みなしだね。」
「すごいじゃん。高校生ですでに人気が出てるとか、マジ羨ましいんだけど。」
「魔利はどうなの?」
「まあ、ぼちぼちかな。うーん、満作さんには何が足りないのかねー。」
「心配しなくても大丈夫だよ、魔利のすごさ、私良く知ってるから。」
「おおー、人気者にすごいと言われちゃったよー。ワンチャン、六海以上のモデルさんになれちゃったり?」
「きっとなれるよ。私なんて、実力じゃなくて運だけで上がってきたみたいなもんだし。」
モデルをやっているのが原因で、学校で友達は少ない。対等に接してくれるクラスメイトはいなくはないが、いかんせん皆距離を取っているように感じる。私としては、自分を一高校生とみて、対等に接してくれるのが一番うれしいのだが、思うようにいかないのが現実だ。そんななか、魔利だけは私と同じ目線で話してくれる。羨ましいとはよく言われるが、そう思っていてもなお私と一緒にいてくれ、私からしては唯一無二の親友だ。
「将来、魔利とグループで、モデル活動したいな、って思うの。魔利はどう?」
「いいねー。その為にも、満作さんはもっと頑張らないとね、だって今のままじゃ六海の引き立て役としか見られないだろうし。」
「そんなことないよ。魔利って、案外ネガティブな面あるよね。」
「そりゃ、六海が比較対象なら、皆こうなるよ。」
私は、本心で彼女の方が私よりすごいと思っている。私と違ってカメラに写っている彼女はいつも自信で満ちており、私より何倍もモデルとしての自覚がある。
「六海ちゃん、もうそろそろ休憩終わるからね。」
「あ、はい。」
魔利と雑談をしているうちに、休憩が終わり、再び撮影が始まる。自分で選んでこの仕事をしているから、文句を言うのは間違っているかもしれないが、やはり人に見られるのは、あまり好きじゃない。カメラで写真を撮られるのは好きではないが慣れた。しかし、現場の皆の視線は、今でも嫌な気持ちにさせられる。男性が向けるいやらしい目、私のことを話すときのドロッとした声、あまり心地よくない。そう言う仕事なのだと割り切っているが、体を触られる時はどうしても抵抗してしまう。女性の目もあまりいいものではない、学校のクラスメイトと同じ嫉妬の目もあれば、期待の目でプレッシャーをかけてくる人もいるし、誰のものであれ、人の視線と言うのが私は苦手だ。
このように、仕事があるたびに嫌な思いをする。お金のために続けてはいるが、仕事の量が増えるにつれ、溜まっていく穢れもまた大きくなり、この頃はよく憂鬱になっていた。負の感情を発散すべく、仕事帰りに家の近くの浜辺に立ち寄った。
九月十二日、まだ夏の暑さが残るこの時期に吹く海の風は気持ちがいい。季節関係なくここにはよく来るので、季節によって吹く風の違いを楽しめる。丸太の上に腰を掛け、ゆっくりとした波の音を聞くのが、私にとっては安らぎの時間だ。イヤホンを付けて音楽を聴くのも好きだが、こうして自然が作り上げた音も趣があり、私は好きだ。
しばらく目を閉じ、波の音を反芻していると、遠くから足音が聞こえてきた。夜遅くに一人で海にいるのは結構危険な行為なのは自覚しているので、その分物音に敏感になっている。瞬時に立ち上がり、周囲を警戒。誰もいないのを確認し、引き続き聞こえる足音の方に標準を合わせる。そこにいたのは、私の学校の二つ上の志垣先輩だった。彼もここの常連で、彼は決まってあることをする。それは、笛の演奏だ。
波の近くで立ち止まった彼は、バッグからいつも使っている笛を取り出した。私が座っている場所は彼からそこそこの距離があり、おそらく彼は私のことに気付いていないだろう。それでも、彼が奏でる音はしっかりと私まで届き、波の演奏とともに私へと届けられる。彼が私のために笛を吹いているわけではないが、それでも、彼の優しさのこもった音色は私への施しに感じる。彼と面識はあまりないが、学校で一応少しは会話をしたことがある。と言っても、すれ違ったときに落とし物を拾ってあげた程度だ。でも、その時に彼が言った「ありがとう」、あの言葉は今でも忘れられない。撮影のスタッフの人たちの嫌な声とは全く違う、まるでどこかの国の王子様のような、透き通った綺麗で優しい声。その時私は、一目惚れと言うものを、身を持って体験した。
その後話すことは無かったが、廊下で彼とすれ違うときや、体育の時間にグラウンドにいる彼を見るたび、彼への思いはどんどん強くなるのを感じていた。しかし、仕事の都合上、恋愛はできない。それは仕方ないことなので、この気持ちは伝えず、片思いを続けている。その片思いの相手が奏でる自然とのハーモニーを聴く、こんな体験ができるのだから、付き合えなくても私は幸せだ。この瞬間は、仕事の嫌なことも、学校での人間関係も全て忘れられる。
再び目を閉じ、音楽を楽しんでいると、不意に笛の音が途切れた。目を開け、彼のいた場所に焦点を合わせたが、彼の姿はなかった。代わりに、波が残した砂浜の模様を見て、何が起こったか察した。思い返してみれば、笛が途切れる直前の波の音は、不自然に大きかった。状況の整理を終える前から、私の足はすでに動き始めていた。全速力で走り、同時に彼が波に飲み込まれ、どんどん浜辺から遠のいていることが確認できた。見た感じ、彼は泳げていない、これは私が思っていた以上に深刻な事態らしい。制服のまま海に飛び込み、彼のいる方へと泳ぎ始める。泳ぎには少し自信があり、海に飛び込むことにためらいはなかった。必死に泳ぎ、浮いているので精一杯の彼のところまでたどり着く。波は激しく、声を上げることはままならなかった。目をつむっている彼は私に気付かず、力尽きたのか沈み始めた。すでに足が地につかないところまで来ているので、考える暇も無く水中にもぐる。時刻は夜の八時ぐらい、日はすでに沈み、月の明かり以外はすべて暗闇。そんな状態の水中で、奇跡的に私の腕は彼をつかむことに成功し、水面へと浮上した。泳ぎが得意と言っても、流石に全力で泳いだだけあって、私の体力は限界に近かった。正直陸にまでたどり着けるか不安だったが、帰りは波が進行方向へ向かっていることもあり、何とか生還できた。すぐさま彼の安否を確認し、息があることが確認でき、一安心した。志垣先輩は目を覚ましていないが、とりあえず死んではいない、その事実が確認でき、緊張感が少しほぐれる。彼を担いでいく力の残っていない私は、一旦彼を波の届かない場所まで引きずり、家に帰り母に助けを呼ぶことにした。徒歩三分ぐらいの距離であるが、疲弊した私にはその道のりがものすごくきつかった。びしょ濡れで帰ってきた私を見た母は戸惑っていたが、説明は省略して車を出すよう頼んだ。
車で海辺へ戻り、その道中で事情を説明した。母とともに志垣先輩のところに向かうとしたが、かえって足手まといになると言われ、母が一人で見に行ってくれた。しばらくして彼女は帰ってきたが、志垣先輩の姿はなかった。彼がどうなったか確認すべく、母に負ぶさり、私を現場に連れて行ってくれた。確かに彼の姿はなく、彼がいたとこから岸部の砂が水で湿っていることから、誰か違う人が助けてくれたと考え、車へと戻った。私が往復するのに五分ぐらいはかかっただろうし、そこに偶然誰かが来るのは十分あり得ること、彼を連れ行った人がまともな人だと願い、私は車の中で眠りについた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。これからしばらく犬石さんメインでストーリーが進んでいく予定です。彼女の設定は結構こだわってり、その分長くなっているのを、書きながら感じております。主人公は牛岡君ですが、この物語は主要人物全員にスポットを当てて書くつもりなので、今は犬石さんがメインって感じです。ここでいろいろ話してしまうとネタバレになってしまうので、今回のあとがきはここまで、次回もよろしくお願いします。