1章 まだなんかあるんすか?
当初は一章を三つに分けて終了のつもりでしたが、もうちょっと続きます。理由は後書きで書きます。
今回も牛岡視点です。
「翔、いつまで寝てんの。」
挨拶の間もずっと寝ていた俺を強引に揺さぶり起こす如月。見上げると、夏目さんも一緒にいた。
「なんだよ、別にいいだろ。」
「いや、昨日メールしたでしょ、今日から掃除二か所するから手伝って、って。」
「そうだったな。」
夏目さんが如月と仲良くなったのは双方にとって良いことだが、夏目さんのいじめ問題が解消されたわけではない。それについて昨日話し合い、俺と如月が彼女と一緒にいれば自然と消えていくだろうという結論に至った。カーストトップの奴らも俺らを避ける節があるので、多少効果はあるだろう。
部員となった人の悩み事を放置して昼寝の再開なんてことは、流石の俺でもしない。掃除も勉強とかに比べたら数倍マシだし、素直に二人について行った。
「じゃ、廊下お願いね。」
掃除場所が便所と言うことで、女子トイレの掃除は女子に任せ、俺は廊下を担当することになった。男子トイレは、俺がここのを使わないからと言う個人的な理由で、放置することにした。放置されている割にはそこそこ綺麗で、使える状態で保たれている。多分俺ら以外のお利口さんが定期的に掃除しているのだろう。
「牛岡じゃん、何であんたがここにいるの?」
掃除を始めて一分もたたないで、声をかけられた。振り向くと、同期の女子が三人いた。同期であることは覚えているし、うちの学年のカーストトップの女子組であることも覚えているのだが、名前だけが分からない。多分俺の脳が、特別かかわらない人の名前を覚えるのを拒否しているのだろう。関わるのも面倒くさいので、無視して掃除を再開した。
「いや、無視かよ。まあいい、どきな、ようがあんのはテメーじゃねーんだよ。」
現在、俺は女子トイレの入り口に立ち、彼女らが入るのを妨げている。さりげなく掃除をしながら彼女らの道をふさいだので、今のところ俺が夏目さん側の人とは感づかれていないだろう。
「へー、女子トイレって便器三つもあるんですね、こっち二つしかないんすけどね。」
とりあえず彼女たちが夏目さんをいじめている奴らみたいなので、どうでもいい会話で様子をうかがうことにした。いつもは無表情で、そのせいか典型的な陰キャ性質と思われているので、このことを星光さんと如月に言って実演した時“意外”と言われたが、演技は俺の特技の一つである。人を欺いたりおちょくったりする演技は、その中でも群を抜いて得意と自分では思っている。理由としては、俺が好きになるアニメキャラがそういうゲスっぽい奴らが多く、それらの真似を極めていたら自然と自己流でもできるようになっただけで、根本的にはただのオタク趣味の延長線上にある能力なだけだ。典型的な陰キャ性質も、紛れもない事実だ。
そのような理由があって熟練された煽り演技は、しっかりと効果を発揮しているらしく、目の前の彼女は頭に血が上り始めているようだった。
「んなこたどうでもいいんだよ、どけって言ってんだよ。」
「いや、どうでもよくないでしょ。仮に女子トイレも男子と同じく便器が二つであれば、三人一緒に入っても一人待つ羽目になるじゃないですか。それだったら一人は違うところのを使えばいいじゃないですか。というかそもそも掃除中ですし、便器の数関係なしで違うところの使ってください。」
「別にクソしに来たわけじゃねーんだよ、だからどけ。」
演技力による煽りスキル、それに加えて要点がそこではないと突っ込みたくなるような屁理屈。俺の得意分野二つで、話の主導権はうまくコントロールできている。しかし、得意分野がこんなにくだらなく、人間としてどうなの、と問いたくなるものばかり。得意分野は直接人間性につながっているらしく、いかに俺が惨めな存在かを表している。まあ、いつものことなので、別にへこみもしないが。
とりあえずヘイトは大分集められたので、標的は夏目さんから俺に移りつつある。このまま御託を並べておけば、俺への怒りで頭がいっぱいになるだろう。そう考え、俺は会話を続ける。
「だったら、なんの用があるんすか。掃除手伝ってくれるんだったら中は人足りてるので、廊下一緒にお願いします。」
「おまえ、おちょくってんのか?私らに歯向かったらどうなるか、教えてやってもいいんだぞ?」
彼女の堪忍袋の緒が切れたようで、俺へ敵対の意思を表した。眉間にしわを寄せ、顎を突き立ててくるところが三下感全開で、こんな奴が同学年なのかと思うと、心底世の中が嫌になる。まあ、俺も彼女ら同等のクズなのだろうが。
「サフランちゃん、こいつには絡むなってアネキが言ってるじゃん。」
「そうそう、キチガイにはかかわらないでおこうよ。」
キチガイ、か。まあ、結構的を射た表現だな、と侮辱されながらも感心する。どうやら後ろの二人は割とまともな人らしい。ここで引き下がってもらうのも構わないが、後々のことを考えると、今とどめの一発を入れてといた方が良い。どっちが上か、はっきりとさせるのが一番だろう。その為にも、彼女には沸点を超えてもらわないと困る。気体になるには、まだ少し温度が必要だ。
「いやー、別にそんな気はないですよ。でも、もし歯向かってしまったときのため、何が起こるか少し興味があるので、お教え願えますか?」
「いい度胸してんな、コラ。スミレ、ライラ、止めるんじゃねーぞ。」
そう言った彼女は躍起になり、ポケットに右手を突っ込み、あるものを取り出した。彼女がそれをひょいっと傾けると、先端から刃が出てきた。海外ドラマの高校生がよく持っている感じのナイフだ。実物を見るのは初めてで、殺傷性のありそうなものだと期待していたのだが、出てきたものは割と小さく、フルーツナイフがちょっと大きくなった程度のちんけな刃物で、少しがっかりした。
「こいつをお前の腹にぶっ指してやったら、どうなると思う?」
「いや、聞いてるのはこっちなので、逆に質問されても困りますよ。」
本来は“質問を質問で返すな”とかっこよく決めたいところだが、そうすると雰囲気が俺の望まない方向へと行ってしまうので、そのままあざ笑うような態度で会話を続ける。彼女の思考能力は見事蒸発してくれ、闘争本能のままに、ナイフを腹に突き立ててきた。
「やっぱおちょくってんな、テメー。自分がどういう立場か、理解したか?」
「同じことを二度言わせないでくださいよ。」
「分かってないみたいだな、このまま刺してぶっ殺してもいいんだぞ?」
殺すと思った時、すでに行動終わっている、と言いたくなったが、そもそもこいつはギャングじゃない。言葉のチョイスを少しでも間違えると、夏目さんにだけでなく、如月にも迷惑をかけることになる。短時間であれど、こいつらのやり取りにそこそこ頭を使い、ここまで順調に事を進めている。ここでオタク癖を優先してボケるのは、ここまでの流れをパーにする行為だ。気を引き締め、会話を再開する。
「そこ刺してもワンチャン死にませんよ。人殺したいときは――」
さっきのへらへらした態度とは一転、俺は声のトーンを従来のテノールに戻し、緩んでいた表情から一変、いつもの無表情へと切り替えた。彼女の右手首を素早く掴み、自分の首元へと持ってくる。無表情と言っても、だるさを感じさせるものではなく、アンドロイドのような感情の読み取れない、ある意味不気味な顔面になっているはずだ。
「首を狙うんですよ。ここなら浅くても、頸動脈さえ切れれば殺せるんですよ。標準を定めたなら、ナイフをしっかり握りしめ、少し振りかぶって――」
自分の言葉通り、少し勢いをつけて、彼女の手を俺の首元へ引き寄せる。が、しかし、俺の首にほんの少しだけ当たったところで、俺は手を止めた。正確に言うと、手を止めてしまった。
ナイフは彼女のグリップが緩くなったのと俺の首にあたった反動で、地面に落ちた。彼女の手は震えており、顔を見て見ると、まるで化け物を見ているかのように青ざめている。全く、感情の浮き沈みの激しい奴だ。彼女の手を離し、地面に落ちたナイフを拾う。
「ヤッパを人に向けるんだったら、殺す覚悟ぐらいしとけ。これはお遊びの道具じゃねーぞ。」
刃をおさめ、彼女の鞄に放り投げた。すべて俺の計算通りに進んだが、釈然としない。夏目さんをいじめている奴らを追っ払う役目は果たせそうだが、その裏に企んでいた自殺計画は失敗したのが癪だ。立ちすくむ三人に、今湧いてきた鬱憤をぶつけるかの如く、少し強めのトーンで言った。
「まだなんかあるんすか?」
自分でも表情が穏やかでなくなっているのは感じたが、まさか逃げ出すほどおぞましい顔をしていたとは思わなかった。三人が猛ダッシュで階段まで行き、そのまま降りて言った。
俺は嫌いなことに対しては結構真剣に怒ってしまう癖がある。少し熱くなったことは反省すべき点だな、とのんきに考える。まあ、それ以外の時は基本“無”を貫き通しているが、俺も感情の浮き沈みが激しい部類なのかもしれない。
「あんたねー、」
首を触り、血が出ているか確認していると、不意に後ろから肩を掴まれた。声からして如月であるのは分かっていたが、振り向くまで彼女が怒っていることに気付かなかった。胸ぐらをつかまれ、彼女は必死に俺を前後に揺らしながら。
「いつも言ってるじゃない、死なないでって。何でこう言うことするのよ、周りの身にもなってよ。」
彼女は怒ってはいたが、同時に泣いていた。“死なないで”、いつもの会話で彼女が重みもなく使っているからあまり真剣にとらえていなかったが、これは彼女の切なる願いだったようだ。それを俺はずっと無視してきた。全く、周りが見えていないにもほどがあるな。
「悪かった。」
謝った。が、“もうしない”とは言えなかった。俺は心底自己中心的だな、と思ったのはこれで何回目だろうか。俺のために泣いてくれる人の気持ちなんて蔑ろにして、自分が良ければそれでいい、今でもそう思っているのだから。本当、自分のことが嫌になる。
「ごめん、私もついむきになっちゃった。みかんちゃんのためにやってくれたんだよね、ありがとう。」
そういい、彼女は手を離し、両手で涙を拭った。数秒すると、彼女はいつもの調子を取り戻した。
「ごめんね、みかんちゃん。さ、掃除再開しよっか。」
「あ、は、はい...」
彼女はそう言い、女子トイレに戻っていった。いつもの調子を取り戻したと言ったが、正確にはそう演じているだけだ。こんな時でも、彼女は夏目さんに気を使わせないことを優先し、自分の感情を押し殺す方を選んだ。彼女も彼女で、困ったものだ。言ってもどうにもならないという点だけは、俺らは似ているのかもしれない。
便所の掃除が終わり、如月の担当場所であるB組の掃除も済ませ、部室へ来た。未だにおどおどしている夏目さんを見た星光さんが、何かあったことに感づき、説明する羽目になった。説明は如月に任せ、彼女はしっかり起こったことを説明した、もちろん彼女の内に秘めた気持ちは話さずに。
「もう、本当に死んじゃうのかと思って、私泣いちゃいましたよ。でも、翔からしては全部計算通りにことを進めていただけなんですよね。私の心配返せよ、って感じですよ、ホント。」
如月は笑いながらそう言い、星光さんもそれ以上追求してこなかった。彼女の演じているものは、俺の先ほどの趣味からなる、自分の普段見せない一面を出しているだけの、実際演技と呼んでいいのか微妙なものとは違う、本心とかけ離れた、自分でない自分を演じる、一般的にいう“演技”だ。彼女の演技が星光さんに通用しないなんて如月は分かり切っているはずだが、それでも演じ続け、星光さんもそれについて何も言わない、彼女の努力を踏みにじらないように。実際夏目さんは如月の説明を聞いて少し落ち着いているように見えるし、彼女には如月の本当の気持ちはばれていないのだろう。今は如月の素顔を隠す手伝いをするのが、俺と星光さんのできることだろう。
「ま、大変だったんだな、お疲れ様。翔、結果的にお前の計算通りになったかもしれんが、流石に危ないぞ。リスクの無いやり方を選ぶか、素直に俺を呼べよ、次そう言う場面に遭遇したら。」
「もう当分ないでしょ、そんな機会。あいつら、えっと、名前忘れましたけど、ものすごく怯えてましたから。」
「そりゃ、本気でお前が怒れば大半の人は怖いだろうよ。」
「そうなんすかね。」
確かに自分の外見が異様であることは認識しているが、怖いとはあまり思わない。まあ、自と他の意見が噛み合わないなんて、いつものことだ。
ともあれ、完全にではないものの、いじめ問題は解決した、と言っていいだろう。力あるものが上に立つ、悲しいがこれがこの学校、いや、この社会においてのルールだ。俺は物理的に強い方ではないが、身長と声、見た目のせいか自然と強者扱いされている。いや、どっちかというと、菌みたいな存在だろうか。強弱関係なく、シンプルに“嫌がられる”という感じで避けられているだけ。なんであれ、結果は俺たちにとってプラスになった、俺はそれだけで十分だ。
「大事に至らなかったということで、この話はここまでにしよう。今日のお題、誰か話したいこととかあるか?」
如月は何か提案する気分でもないだろうし、夏目さんも案はないらしいので、俺からお題を出すことにした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。前書きで書いた、一章が伸びた理由はというのは、次の二章がそこそこ長くなりそうなので、少しでも各章の長さに差を作らないため。これが一つ目です。二つ目の理由は、次の章も新キャラメインになるので、初期三人組の雰囲気を少しでもつかんでもらうため、一応主人公である牛岡君視点をもう一回書こうと思い、一章に組み込みました。彼のキャラ設定上、他の初期メン二人と違い、他のキャラと関わることが少なくなるので、自然と彼視点で書きづらくなりそうなので、一応出番を、ね。
次章は今回と少し変わった投稿の仕方になると思います。まあ、上がってからのお楽しみと言うことで。
ここまでありがとうございます。また次回もよろしくお願いします。
P.s.分かる人は本文で感じたと思いますが、私(投稿者)はかなりのアニメ好きです。ちょくちょく好きな作品のネタが入るかもしれませんが、本文でわけわかんないこと言ってるな、って思ってもあまり気にせず読み続けていただけると幸いです。では。