1章 そっすか
一章の2/3の部分です。視点が変わる時点で区切る予定です。あんま前回とつながりを感じられないかもしれませんが、最終的になるほど、ってなっていただけたら幸いです。
いじめ、人間の嗜虐心や優越感などが作り上げた、忌まわしき因習。主に学校や職場で起こるもので、地域によってはこの問題に対策を取り、減らすように努力するところもある。市全体が真っ黒のここ、東ノ方市では、いじめがない学校の方が珍しく、この学校も例外ではない。俺は小学校の頃から孤立することはあったが、いじめを受けたことは無い。ので、いじめを受ける人の気持ちなどは知らない。アニメなどでいじめによって自殺、なんてことは良くあることだが、自分の目で、自分の生きる世界で、いじめを原因として自殺を試みる人を見るのは今日が初めてだった。
夏目みかん、彼女のことはあまり知らない。彼女に限らず、同期の奴らで名前を憶えていない奴は結構いる。好きなものだけにアンテナを張り、自己中心的な人生を生きているが故、周りで起こっていることに関しては情報がほぼほぼない。彼女がいじめられていることを聞くのも、今日が初めてだった。
そんな彼女だが、屋上に来たときに見せた表情に、シンパシーを感じた。世の中の理に絶望し、嘆いているような感じだ。かつて俺もよくそのような感情に苛まれていたので、あまり人の気持ちを読み取るのがうまくない俺でも分かった。まあ、嘆けるだけまだマシだろう。それに、如月に会えたのも、また幸運だっただろう。
重たい腰を上げ、柵を飛び越え、内側に立って少しの間、何もせずにぼーっと立っていた。夏目さんといじめのことを何かしら考えていたのだろうが、我に返った時にはすべて忘れていた。こういうことはよくあるのであまり気にせず、室内へと足を進めた。多分部室では、如月が夏目さんの着替えを手伝っているところだろう。全身濡れていたし、着替えるのに少し時間がかかるだろう。三階へ降り、部室の方へ向くと、星光さんが立っていた。俺に気づいた彼は、いつものように呆れたような表情で言った。
「今日も寝れなかったのか。」
「そっすね。」
「その方が良いさ。」
俺の最初の理解者であり、今の今まで俺が生きている理由の一つである彼、孔雀星光。俺と如月の一個上の先輩で、雑談部の部長。俺らにとって星光さんは実の親より信頼できる、心の支えとなっている人だ。
いつ着替えが終わるか分からないので、彼の横で壁にもたれかけ、少し話すことにした。
「如月が連れてきた彼女、夏目みかんさんだよな?」
「良く知ってますね。」
「何があったんだ?如月からは何も聞いてないから、現状をイマイチ理解できていないんだが。」
「俺を迎えに来た如月が、そこにいた夏目さんを部室まで連れて行った。そんな感じですよ。」
「いや、言動だけじゃなく、経緯とか細かきところも頼む。」
「いじめられて自殺しようと屋上まで来た夏目さん。だけど怖くてできなかったんでしょう。そんで如月が来て、おせっかい焼いて彼女を連れ帰った。言うてそれぐらいしか起きてませんよ。」
「やはりいじめか。」
俺の返答を聞いた彼はそう言い、両手を組んで何か考え始めた。
「星光さんは知ってたんすか?夏目さんがいじめられていること?」
「その事実は一応耳にしていたぞ。」
「そっすか。」
他学年である星光さんでも知っているのか。いやはや、本当に俺は周囲の事情に鈍いようだ。
「星光さんはいじめられたことないんすよね。」
「そうだな。如月もそうだし、俺らに彼女の苦しみはあまりわかってやれんだろうな。」
「そっすね。」
「ま、俺らの中で彼女の心の支えとなれるのは、同性である如月だろうな。」
「夏目さんの面倒見るつもりですか?」
「面倒って、その言い方は俺が保護者みたいだからやめろ。新しい部員として、候補にしているだけだよ。」
この頃というか、以前からなのだが、雑談部で新しい部員が欲しいという話題が良く上がる。只今部員は俺、星光さん、如月の三人のみ。少ないのには理由があり、実際全員少人数を望むのだが、なんというか、三人とも荒んでいるので、なんか純粋な意見を出せるメンバーが欲しいのだ。その他いろいろな条件があり、夏目さんは見事全てをクリアしているように見える。
「確かに、彼女は荒んでなさそうでしたよ、見た感じ。」
屋上で見た嘆きの感情、それがまだあるということは、俺みたいに諦めきってはいないということ。その他言動にしろ、俺らと違い学生らしさが垣間見える。
「そうか。あとは如月がどうかだな。ま、彼女も女子との話がしたいってよく言ってるし、多分賛成だろう。」
「そっすね。」
一連の話し合いが終え、その後しばらくお互い話は出てこなかった。沈黙が訪れても無理して話題を作らなくていい関係、シンプルではあるが案外難しいものだ。俺ら三人はそれが出来る仲で、だからこそ一緒にいて落ち着く。
珍しくハプニングと言うか、新たな出会いがあったので、俺の頭はいつも以上に働く。只今脳内に残り続けているのは、いじめと言うアスペクトだ。
現代社会の自殺とそこそこ関係があり、がん細胞のごとくこの世にしつこくしがみついて離れないいじめという言葉。その理由は人間の本能的な機能と関係があるのだと俺は思う。嗜虐心と言うのはイマイチ俺には理解できない感情なのだが、サディストというジャンルが存在することから、人間に備わっている感情の一つであると言える。それが少数派であろうと、ジャンルとして成り上がっているので、一定数の人間がサディズムを持っている。であれば、ある個人が人類史上類に見ないような方法で人格が作り上げられ、その人個人が持った感情、と言うものでは無かろう。きっと嗜虐心とは、あらかじめ人間に備わっており、何かをトリガーにそれが強くなるだけなのだろう。
その反面、優越感と言うものは俺にでも分かる感情だ。ゲームで勝って楽しいのも、優越感が一つのファクターだろう。それが一勝負ではなく、人としての価値であれば、味わう快感は何倍にも増すのだろう。いじめと言う行為をすることで、いじめる側はいじめられる側より優位であることが証明される。勝った方が正義と言う暴論があり、ある場面ではそれが正解であるように、弱い者いじめというものは実は、弱いものがいじめられるのではなく、いじめられているものが弱い、と言うものなのかもしれない。まあ、弱くなければいじめが始まらないケースもあるので、これもまた暴論であろう。
いじめにはこれら以外にいろいろな気持ちが含まれるが、正直それは今の俺にそれほど重要なものではない。俺は人の心配をするほど優しい人間ではない。今俺が懸念しているのは、夏目さんをうちの部活に入部させることで、彼女以外のいじめられている人たちの面倒を見る羽目にならないといけないことだ。如月は優しいからこんなこと思いもしないだろが、あいにく俺は冷徹である。友人にしろ教師にしろ人は選ぶし、それが助ける対象となればなおさらだ。もし仮に、うちの部活がいじめられっ子保護機関になろうものなら、俺のオアシスは星光さんの家のみになってしまう。しかも、来年から星光さんと言うブレーキはなくなり、うちの部長は如月になる。そうなれば指導権は彼女になり、おせっかいかつ姉御肌の彼女なら、俺の安地の保持より、悩め苦しむ者の救いの場を作るのを優先しかねない。
嫌だ。この部活の居心地の良さがなくなるのは勿論嫌だが、それより星光さんがあと一か月で卒業し、一年後には合うことも叶わなくなる事実の方がもっと嫌だ。
…
この考えはやめよう。俺はどうせ何もしない。どれだけ施行を巡らせても答えは存在しないのだ。何もしなくても世界は周り、物事は進む、仕方がないのだ。どうしようもないものを考えるのは実に哀れな行為である。
「お待たせしました。終わりました。」
扉が開き、如月がそう言いながら出てきた。さてと、今日は何を話すのだろうか。あ、でも、まず夏目さんをどうするかからか。とりあえず、星光さんの後ろをついて行き、部室に入り、ドアを閉めた。
「みかんちゃん、一応紹介しとくね。この人がこの雑談部の部長の孔雀星光さん。私たちの一個上の先輩。良い人だよ。」
「よ、よろしくお願いします。」
中央の机の周りの椅子に座っていた夏目さんが慌てて立ち、一礼した。その低身長おかっぱという各学校に一人はいそうな(これは俺の偏見)いたいけな少女の目の周りは赤くなっており、泣いていたことが見受けられる。如月が彼女を下の名前で呼んでいるところなどから加味して、俺らが待っていた間いろいろ話し合っていたのだろう。
「よろしく。できれば下の名前で呼んでくれるとありがたい。で、こんなこと言うってことは如月、もう入部申し込んだのか?」
「はい、って星光さんもその気でしたか、良かったです。入部に関しては前向きに考えてくれています。今日は体験ということ形でいいですか?」
「もとからそのつもりだ。さてと、今日は何を話そうか。せっかくだから、夏目さんがお題決めていいよ。」
「え、あ、ありがとうございます。ま、まず、この部の主な活動内容を教えてもらえると、助かり、ます。」
どうやら如月は部活に入ってくれと頼んだものの、活動内容に関しては何も話していないらしい。それでも前向きに考えているということが本当であれば、相当如月になついたのだろう。星光さんが部活の説明を始めたので、俺は待っている間お茶を用意することにした。その後も俺へ話がふられそうになかったので、夏目さんの私物を取りに行き、乾かす作業に取り掛かった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。今回かなり短いですが、一応一章のメインは夏目さんとなっているので、ご了承ください。また物語があまり進みませんでしたし、あまり面白いと呼べる内容ではないですが、続きも読んでいただければ嬉しいです。