表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】孤城の夜想曲 -伝承の復讐者-  作者: 茶ひよ
最終楽章 空への祈り
60/72

#56 共闘

 スィエル・キースの暴走について、ヴェリテ、サンドラ、アルト、ディニタス、ベルガ公爵の五人はリヒトの病室で作戦会議をしていた。


 いきなり現れたレムナント――ヴェリテとサンドラの二人にアルト達は戸惑ったものの、スィエルに取り憑いた悪魔のせいで再び街が脅威にさらされるという話を放っておくわけにはいかなかった。


「キース様は悪魔の言いなりになっています。悪魔を引き剥がし、討つ。暴走を止める方法はそれ以外にありません」


「だが、ちょっと待ってくれ。君の名前はサンドラ……と言ったか。悪魔と戦うって言っても……どうやってそんな化け物を退治する気だ?」


 人格を根本から変えてしまうような恐ろしい怪物に対して、一体どんな攻撃を繰り出せば効くというのか。


 魔法で魔物を退治することはあるが、悪魔を退治するというのは聞いたことがなかったのだ。アルトは記憶の隅々まで辿って、読んだ書物の内容などを思い起こすが、全く参考にならない。


 そんな疑問に答えるように、サンドラは静かに手をあげた。


「悪魔に効く攻撃はあります。悪魔は人間の悪意を吸って生きているそうです。つまりそれを上回るような逆の力……善意があれば打ち勝つことができます」


「人間の善意……」


「そう。それがないと、兄さんは元には戻れない。僕たちレムナントも少しは人間の感情がわかるけど、とても兄さんを癒すには足りないんだ」


「だが私達だけで人間の善意とやらは足りるのかい? 私は医者だが、癒やすのに人間の善意というものが必要になる……なんて事には遭遇したことがなくてね。だいぶスィエルも、悪魔にどっぷり囚われているようだし」


「……足りないと思う。だから助っ人にも話をつけておいたんだ」


 ヴェリテがパチンと指を鳴らすと、赤い光が床から伸び上がり、とある風景を映し出す。


 一面が焦土と化しており、草木や動物などの自然が見当たらない。わずかな池はあるが、その水も枯れ果てる寸前のような場所だ。一体こんなところに助っ人などいるのだろうか。


「これは……荒野……?」


「フィラレスだよ。……兄さんが、短かったけど一番楽しそうに笑ってた場所。ここが何よりも、善意を集められる場所だと思ったからね」


 光の向こう側では赤目の人々が手を振っているのが分かる。これがあの男、スィエル・キースが得たという仲間なのだろう。レムナントの二人が着ている軍服とよく似た服をまとう者たちもいるようだ。


 殺人鬼という皮を剥げば、スィエルは誰に対しても優しく、温厚な青年なのだ。そんな彼を変えてしまったのは、他でもない。赤目以外の人間達だ。


 その事実を再び突きつけられたようで、アルトの胸はずきりと痛んだ。彼にもっと可能性をあげられたら、悪魔に心を許すこともなかっただろうに。


 やはり赤目の人間を差別するような制度は、もう要らない。せーツェンの未来のためにも、改革が必要だ。そして、赤目の人々へも謝らなければ。


「ザニア! 今から宝石を送るからこの中に皆からの想いを詰めてほしい。兄さんが悪魔に乗っ取られちゃって大変なんだ……」


 ザニアと呼ばれた青年は頷いて、転送された赤い宝石がついたネックレスを受け取る。


「その話はイデアから聞いているから大丈夫。この宝石に皆からの思いを詰め込めばいいのね。皆、力を貸して頂戴!」


 ザニアがそう叫ぶと、荒野の人々は一斉に手を組んで祈り出す。人々の体から放たれた七色の光が、宝石の中へと吸い込まれていく。


「うん、いい感じね。これでどうかしら?」


 赤い光に包まれて戻ってきた宝石は、たくさんの想いを詰めて七色に輝いている。これがあればきっとスィエルも元の心を取り戻してくれるだろう。


「じゃあ兄さんを助けに行こう。もう時間もないし……」


「ああ、術式を解除するのは少し待ってくれ。赤目の人々と話がしたい。……ベルガ公爵」


 何やら考え込んでいたらしい公爵の首根っこを掴み、アルトは公爵を赤く灯る光の前に立たせる。その顔を見た赤目の人々は、揃って顔をしかめた。


「貴方は……セーツェンを治め、血も涙もないような法を私達に命じた……レグルス・ベルガ公爵ではないか……! 村長である私に何度も何度も無理難題を押し付けた暴君……」


 先ほどまではにこやかな笑顔を見せていた初老の男が、今では顔を大きく歪ませている。後方の人々も黙り込んでしまった。


 アルトが公爵の方をチラリと見ると、彼は拳を震わせていた。頬に、つうと透明な雫が垂れる。


「それに関しては……すまなかった。赤目の人々には、本当に申し訳ないことをしたと思っている。いくら先代が続けてきた伝統だといえども、この制度はあまりにも酷すぎた」


 声も震わせながら、深々と頭を下げる公爵。普通平民に対して貴族の身分である彼が頭を下げる必要はない。だが、ベルガの中にあった後悔が、自然にそうさせたのだ。


 一瞬の沈黙の後、僅かな嘆息とため息が入り混じったような音が光からこぼれた。村長が発したものだ。いまだに固まったままの赤目の人々に代わって、村長が言葉を紡ぐ。


「顔をあげてください、公爵」


「……何か、言いたいことがあったら何でも言ってくれ。私が悪かった」


「私たちは普通の暮らしができれば満足です。赤目が皆に受け入れられる事を願って、先祖も私たちも今まで生活を続けてきました。特別なことは願いません。一緒に手を取り合うことができれば……それが、私達赤目の永遠の願いです」


「ああ……約束しよう。この騒ぎが収まったなら、絶対に赤目の民を守ると……ヴェリテ、サンドラ。ありがとう。私達を彼の場所まで案内してくれ」


「ええ、キース様を早く助けなければ。皆さん、準備はいいですか?」


 全員が頷き、サンドラが転移術式を詠唱する。五人の体が光に呑まれ、病室から姿を消す。


「スィエル、大丈夫だからね。皆があなたの事を大事に思っているから、安心して」


 病室に一人残されたリヒトは、花瓶に挿した真紅の薔薇を見ながらそう呟いた。



* □ *



 雪と氷で包まれた城。城の前には一面の銀世界が広がり、来るものすべてを圧倒するような神秘的な風景だ。三千年間そこにあり続けたという歴史が、そう思わせているのだろうか。


「こうして見てみると凄い所に住んでいたんだな」


「兄さんは文句ばかりだったけどね。周りに何もないし、誰かが来るわけでもない……本当に一人だったんだ」


「確かにここに三千年住め、と言われたら俺は断りそうだな。時間がないんだろう? 早く行こうか」


 針葉樹に囲まれた孤城の外壁には、汚れ一つない。魔法か何かで当時の形を保っているのだろう。


 だが、外側は何もなくても、内部はどうなっているか検討がつかない。今の城主は半ば意識を失った状態であり、魔力の乱れも微妙に感じられる。


 このまま崩壊が進めば、美しい城も姿を変えてしまうだろう。そうなる前に、どうにかして押さえ込まねばならない。


「うん、ありがとう。真正面から向かったらきっと兄さんに気付かれちゃうから……裏から回ろう。ついてきて!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ