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【完結】孤城の夜想曲 -伝承の復讐者-  作者: 茶ひよ
第1楽章 赤い目の復讐鬼
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#5 宣戦布告

 この街は、ひどく穢れている。極悪人のスィエル・キースを暗殺する任務を受け、それに失敗した女――リーベ・ヴィローディアはそう思いながら、盛大なため息をついた。


 早朝の雨に打たれながら、水たまりに映る自分の顔を、リーベは物憂げに眺める。黄緑色の髪は、前も後ろも綺麗に切り揃えられている。目つきは鋭く、口もきつく結ばれているその表情は、今のリーベの気持ちをそのまま映していた。


 もう一度ため息をついたあとに、リーベは覚悟を決め、三回、二回、四回とノックした後、古びたドアを開ける。この先には、リーベに暗殺を依頼したアルト・フォーケハウトという男が待っているのだ。


 そんな男に、任務失敗の報告をしないといけないのだから気分も重くなるのであった。


 先程の戦闘で負った傷は治癒術式でだいぶ治ってきたが、幾らかまだ冷えが残る。靴に残った氷を敢えて足音を荒々しく鳴らしながら落とし、リーベは席に着く。


 椅子のクッションは潰れており、気の抜けた音がぷしゅーっと鳴るが、それを指摘する気分にもなれなかった。出された水を一気に飲み干し、乱暴にカウンターに置く。その様子を見かねたのか、アルトは顔をしかめた。


「おいおい、可愛いお顔が台無しだぞ? ご苦労だったな。リーベ。成果はどうだ?」


 彼は政府からの命令を受け私のような暗殺者に情報を送る仲介屋をしている。


「……申し訳ありません」


「まあ気にするな。今回は依頼としちゃ殺しだが、ちと俺も無理かと思っていた所でよ」


 報酬に関しては獲得できそうなので、肩の荷は幾らか降りた。出来るだけ早く、妹の病気を治してあげたい。一緒に遊びたい。


 その目的のために、犠牲になる罪人がどれだけ出るのかは検討もつかないが。


「お心遣い感謝します。それで……報告をさせて頂いても?」


「ああ構わんよ。こちらも少し探りは入れておいたが、俺の専門は世界史だ。なのに自国の歴史、しかも三千年前ときた。まさか目覚めるとは誰も思ってはなかったが……」


「ええ。あの瞳には、私達が理解できない領域の憎しみが詰まっていました。私は今まで数々の依頼を受け、実行してきましたが、あのような対象には会ったことがありません」


 感情を刃で削ぎ落としたようなあの瞳は今でも忘れられない。冷たいガラス玉のような目には、一切の人間味が備わっていなかった。


 何を考えているのかもよくわからない。


「まあ、お前さんならもしかしたら、という面もあったがな。やはり単独は厳しい相手のようだ。セーツェン・セントレア・ヤードに依頼すべきか……ただなぁ……」


 いつも豪快な彼が言いよどむのは、中々珍しい。


「何か問題が?」


「いや、ちょっと引っかかる点があってよ……これを見てくれ。同時刻に三十kmも離れたところで同一人物が現れるか?」


 そこに映し出されていたのは、放送局と二時間ほど前に戦ったセーツェンにある路地の一角。


 どちらにも軍服の男が映っているが、少々放送局にいる方が小さく見えるような気もする。


 だが、銀髪、チラリと映る赤い目、同じデザインの軍服。偶然とは思えない。


「これは? あれは幻像ではないはずですが」


 あれほどの殺気が幻像に出せるはずがない。もしもあれが幻像だというのならば、本体の能力は未知数だ。


「つまり、だ。仲間かもしくは分身を作っている可能性が高いって事だよ。何人いるのかはまだ見当がつかないが、これが増え続けるならば、ヤードでも手に負えない」


「くっ……」


「ああ、それと。彼、スィエル・キースの過去を調べてみたんだが、これも中々興味深いぞ。出身はセーツェンだが、貴族の出だというんだ。父がトゥルス・リアン、爵位は伯爵。母がセリーヌ・リアンだとさ。リアン家は後々、ベルガ家に吸収されているようだが」


 ベルガ家。教育、武道など様々な分野で名を馳せる、セーツェンの中でも指折りの家系だ。


「よく調べられましたね。ベルガ家と言えば、あの名門貴族。魔術より剣舞が主と聞きます。貴族なら、そんな不利益しか被らない情報は隠すでしょうに。それにしても、貴族だというならば経済問題では無いと。ならば、あの階級制度でしょうか?」


 セーツェンでは目の色によって、位が分けられるのだ。

 青が1番優秀とされ、黄、緑、黒、そして赤の全五種類。


 青と対をなす色が赤であり、とても珍しいために、忌み嫌われたり、災厄が起きてしまうのではと、棄てられる傾向にあるのだという。


「ご名答。調べた方法は秘密だぞ。他にバレると厄介だからな。彼は階級の中でも最下位の赤目。昔は赤目の子供達を管理するために、軍の孤児院があり、彼はそこに強制的に閉じ込められていたらしい。そこから、出て街を焼き尽くした後、魔術師に封印されたのだと」


 そしてそのまま、三千年間という長い年月が過ぎてしまったのか。彼は寂しかっただろう。普通の人では耐え切れぬような膨大な時間を、たった一人で過ごしたのだから。


「だからといってこんな復讐をしても……」


 街は、酷い有様だった。ガラス窓は粉々に砕かれ、至る所に散乱している。凍結された道路に、鮮血しか残っていない放送局。他にも様々な被害がひっきりなしに報告されている。


 一晩でこれなのだ。放っておいたらどうなるか。もう少しで日が昇り、人々が動き出す頃だが、今日のセーツェンの人々の目覚めは最悪のものになるだろう。


「彼にも思うところがあるのかもしれないな。一度火の海に溺れたはずの憎い街が、今、こうして目の前にあるのだから。自分を拒絶した街を許せないのだろう」


「ですが、三千年前は伝承通りであれば、彼はこの街を一晩で燃やして破壊したんですよね。なのに、今回は燃やさないのは何故なのでしょう?」


 殺気といい、実力といい、今のセーツェンで太刀打ち出来る代物ではない事は確かだ。


 伝承によれば、軍とも互角の戦いを繰り広げたという。そんな化け物といっても過言ではない者が、何故すぐに勝利を収めようとしないのか。


「俺の推測ではあるんだが、彼はこちらを試しているように思うんだ」


「こちらを試しているとは?」


「ああ。こちらの行動をどこかで見ているんだろう。彼ほどの術者であれば、監視に関する術式は幾らでも知っているはずだ」


 確か雷術系統にそんなものがあったような気はするが、ヴィローディア家の専門は、水術や風術であり、雷術には残念ながら精通していないのだ。


「こちらを見て、彼はどうするつもりなのでしょう?」


「見せしめもあるだろうが、他の理由もあるだろうな。だが、それが何なのかは、俺にも分からない」


「他の理由……ですか?」


「ああ。しかし、それを判断するには謎が多すぎるんだ。さっき、スィエルの親の名前を言っただろう? でも、肝心の本人の名前は分からないんだ。出身も名前もどんな生涯を過ごしたのかも、記録が僅かな噂を除いては一切ない。空白が、彼のデータだったんだ」


「それは単に記録を取っていなかった……というわけではなく?」


「いいや。孤児院の記録は、あったんだよ。ただ、スィエルの記録は一切見つからない……というより、あたかも無かったとでも言いたいように、紛失していたり、厳重な封がされているんだ。あれはかなりの高等術式……場合によっては最上位術式の一種かもな。私でも、開く事は出来なかった」


「――!」


 彼が名を持つ、フォーケハウトは貴族ではないが、有名な魔術師の家系だ。アルトは全ての術式をマスターしており、魔力値も、他の魔術師達と比べて群を抜いている。


 そんな彼でも開けない、スィエル・キースの謎。一体誰が、何のために、そこまで情報を見ることを恐れたのか。リーベはわけが分からず頭を抱えた、その時だった。


 いきなり、室内に流れていた音楽が乱れ始め、雑音が混じるようになったのだ。辺りを見回すと、水晶版のようなものに映し出された映像も、酷く乱れている。


「これは……?」


「分からないが……何かあったのは間違いないな。まさかと思うが……奴ではないだろうな」


「いえ、その可能性は否定できません……街も酷い状況ですし、彼ならやりかねない」


 やがて、映像の乱れが収まり、謎の人物――リーベにとっては、宿敵が現れた。


 煌めく銀髪と、手にはめられた白の手袋。漆黒の軍帽と軍服は、正義感を感じさせる姿なのに、見下したような冷ややかな笑みと、細められた真紅の瞳が、何もかもを壊していた。


「……セーツェンの諸君。今頃はさぞかし憂鬱な朝を迎えているだろう。初めまして。私の名はスィエル・キース。伝承では殺されたことになっていただろうが……残念ながら、私はこの通りだ」


 楽しそうな男の声。殺すことに快楽でも感じているのだろうか。ゾッとするような男の闇に、リーベは酷く寒気を感じた。


 スィエル・キース。赤目を持った殺人鬼。彼を生かしておけば、またこの街で犠牲者が増えるばかりだろう。そんな危険人物からなぜ自分は恐れて逃げてしまったのか。それが何よりも悔しかった。


「この街で、私は何人もの人間から罰を受けた。この身には、貴様らから受けた傷が幾つも残っている。だから、私は復讐を誓った――私ともに、苦痛を受けた仲間たちは皆、死んだ。声を上げることも許されずに、死んでいった」


「だから、私は目覚めた。力の無い者に代わり、この手で全ての加害者に罰を与えるために。炎に呑まれたあの伝承をまさか忘れたわけではないだろう? あの時と同じように、私の邪魔をするならば全員――殺す」


「ふざけるな……奴は何のために……」


「憎しみは憎しみを呼ぶ。だから、私に刃を向けてもらっても構わない。その代わり、命の保証はないと思え。私は、この三千年間復讐を望んでいた……その重みは、苦しみは、痛みは……誰にも分からない」


 スィエルの瞳は変わらずに一点を見つめ続けている。彼は今何を思っているのだろうか。憎しみを溜め続け、復讐を決意した男。伝承に名を残し、蘇り、姿を見せた青年――その燃えるような瞳は、静かに画面越しの人々に向けられている。


 先程の笑みは消え失せ、代わりにあるのは無だけだ。極寒の世界にただ一人いるかのような孤独が、彼の心を包み込んでいる。


「分かるとするならば、それはきっと……死ぬ間際だろう。いかに私達が苦しんできたのかを思い知るといい」


 殺人鬼からの宣戦布告は、そこで途切れた。

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