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【完結】孤城の夜想曲 -伝承の復讐者-  作者: 茶ひよ
第4楽章 夢の果てに
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#49 鏡映しの二人

 私が手にできなかった可能性。それを、私は赤目の子どもたちに託す。


「スィエルさん……」


 この子供たちなりに、何かを察したのだろう。私の言葉がただのつぶやきによるものではなく、心からの願いであることを感じたのかもしれない。


 私は子供達に微笑みかけてから、胸の中の奥深くにため込んだ言葉を、一気に吐き出すようにして語り続ける。


「夢を叶えるんだ。私は、とある場所で十人の赤目の子どもたちに先立たれている。だから、重いとは思うけれど……君たちには自由に世界に羽ばたいてほしい。夢をたくさん持って、立派に成長してほしいんだ」


 あと、数日も経たないうちに私は何らかの罰を受けるだろう。殺されるか、よくても投獄されるかだ。その覚悟はとうに出来ている。


 だが、やりきれなかったことを思うと、悔しさもあるような気がした。


「スィエルさあぁぁん……うわあぁぁん!!」


「頼む、君たちは私のようにはならないでくれ」


 私の復讐は終わり、彼らには普通の生活が待っている。当たり前の生活を、ようやく送れるようになるのだ。


 大声で泣き叫ぶ子どもたちをなだめ、私はディニタスの方を見やる。


「気が済んだかい?」


「……ああ、もう満足だ」


「そうか、それならよかったよ。君をここに連れてきた甲斐があったというものだ」


 私は、ディニタスに礼を言い、共に天幕を後にする。見送ると言って私の腕をつかみ、鼻をすすりながら手を振ってくれた少年達のむせび声が、私の耳を捕らえて離さなかった。



* ◆ *



 靄で自らの姿を隠しながら、赤目の人間との交流を見ていた私は、思わず歯噛みした。


 どうして彼はあんな人間を許せるのだろう。傷つけられ、切り捨てられたのに、信じることが出来るのだろう。憎む心を忘れ、復讐をやめようとしているのだろう?


「貴方の穢れた心がなければ、私は生きられない」


 悪魔である私は、どう頑張っても人間にはなれない。人間の姿に化けることはできても、完全に人間になることはできない。


 人間より多い六本の指。伸びきり、丸く曲がった爪。背からはコウモリのような醜い翼が生えている。足は触手のようなものでできており、ぬめりとした光沢がてらてらと輝く。


 自分の姿は、まだ彼には見せたことがない。自分でもこの姿が気持ち悪いと考えているからだ。本当の私を見せたら、スィエルはどう思うのだろうか。


「貴方だけが、私を欲してくれた。認め、愛してくれた」


 なのに、どうして彼は人間を愛するのだろう? 私を捨てて、勝手に人間の元へと行こうとしているのだろう?


 許せない。人間も、彼も。私を裏切るなど、許されない。三千年間のあの苦しみは何だったのか。


 こんなに半端な復讐で、満足できるはずがない。泣きながら誓いを叫んだあの日を、私はずっと忘れない。


「悔しい、悔しい」


 そう何度も彼は言っていたではないか。唇をかみながら、共に願いが叶う日を待ち望んでいたはずなのに。


 それなのに、彼はいつの間にか遠くに行ってしまった。人間達と関わり、心を通わせる事で仲良くなってしまった。


 人間の善意は、私の毒だ。

 だから、最近は体力の消耗が激しい。あの戦場で得た血液もずいぶん飲み尽くしてしまった。


 私はただ、それを黙ってみている訳にはいかない。もう、甘えは終わりだ。少し自由にさせただけで、彼はやすやすと赤目以外の人々までもを信用し、裁かれてもいいと戯言を言っている。


 契約違反にもほどがある。だから、スィエルに強力な魔術をかけて、私への服従を約束させるのだ。


 そして、前のように愛を求めあう関係に戻す。

 人間の愛など要らない。私に愛されればそれでいい、と思えるように。


 この街を再び恐怖に陥れて、私はあふれる悪意を余さず吸収する。


 絶対的な支配で、彼を愛して縛り付ける。


 人間に存在の全てを忘れ去られてしまう。それは、悪魔にとって――いや、我々魔族にとって、一番避けなければならないことだ。誰にも認識されない、と考えるとすさまじい恐怖が襲ってくる。


 人間界の夕闇よりもなお濃く深い闇の中に埋もれてしまえば、「いるのにいない」という最悪な在り方になる。憑く人間がいないというのは、魔族の中では最大の恥なのだ。


 憑かないというのは、魔族としての資格を放棄するようなものだからだ。


 憑いて、人間に悪事を働かせて寄生しながら生きる。それでしか、人間たちに追い出された我々は生きていけない。


 彼を手放したくない。大事にしたい。捨てられたくない。


 あれほど冗談で「別の贄でもかまわない」と言っていたのに。自分の変わりように、何よりも私が驚いている。


「人間らしい、か」


 長い、途方もなく長い年月を彼と共に生きてきた。彼の笑顔、怒った顔、泣き顔。癖、好きな事、特技……全部知っている。


 きっと、私は彼に似てしまったのだ。外見だけでなく、中身までも。鏡映しのような存在である彼とは、これからも一緒にいたい。


「いつまでも……共に……」


 ただ、それだけなのに。彼と共に暮らした時間が、今では尊い。こんな事になるとは、夢にも思わなかった。


「人間はいつでも変わらない。期待しても、裏切られるだけ。ただ……貴方の事だけは、信じていたかった。愚かにも、私は貴方の事を贄だとは思っていなかった」


 誰にも届かぬ声を、私は虚しく叫び続ける。


「私も孤独だった。嫌われ、疎まれ、ずっと人間を憎み続けていた。そんな憎悪の塊でも、貴方は優しかった」


 失うことが怖い。彼に嫌われることが怖い。

 私は、彼にいいように見られたい。


「私を必要としてくれた貴方は……もういない」


 頬を伝うこの雫は、何なのだろう。涙を流す機能は、私には備わっていないはずなのに。止めようと思っても、止まらない。


 血の気のない青白い舌で、塩の利いた雫をなめる。……ああ、なんて苦くてまずいんだろう。


 ずっと仕え続けてきたのに。夢を見せ続けてきたのに。彼を、幸せにし続けてきたはずなのに。


「……どうして貴方は私を裏切ることができるのでしょう?」


 それは、純粋な疑問だった。

 何度問うても、これだけは分からない。



 ――彼に裏切られた理由が、私は分からない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 茶ひよさん、人外の表現がうまくて、参考になります♪ 悪魔の気持ち……読んでてこっちまで苦しくなりました……こういうキャラ大好きです♪
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