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【完結】孤城の夜想曲 -伝承の復讐者-  作者: 茶ひよ
第4楽章 夢の果てに
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#48 可能性の種

 セーツェンを発って、どれぐらいの時間が過ぎただろうか。いつしか、眼下に見える街並みは砂漠へと変化し、風も乾いたものになっていた。


「降ろすわよ! しっかりとつかまってて!」


「ああ!」


 振り落とされないように、私はしっかりと竜の胴につかまる。


 村の人々からこの光景を見たなら、白銀の流星が空から降ってきたと思っただろう。砂煙がもうもうと立ち込めるなか、私は竜から飛び降りる。


「着いたわ。一応大きな音は出さないようにしたけれど……もしも騒いでいる人がいたらなだめておいてね」


「了解だ。ここまで運んでくれてありがとう」


「どういたしまして!」


「私も降りるよ。ありがとう、エル」


 頑張ってくれた竜の頭を撫でてから、彼女に手を振って見送る。


 私が究極最上位術式を使ったせいで、村の大部分は焦土と化していた。それでも、私がいない間に頑張っていたのだろう。


 倒壊した建物の残骸は撤去され、赤目の人々が住む場所に困らないように、元々広場だった場所には天幕が張られていた。


 その傍らで、私と同じ姿の青年がせわしなく働いているのが見える。


 鏡のように銀色に輝く長髪をまとめたポニーテールに、特徴的なハイヒール。間違いない、ザニアだ。


「おーい、ザニア! すまない、大変だっただろう」


「あっ! スーちゃんじゃない! けがは大丈夫なの?」


 膝についた泥を落としてから、ザニアは立ち上がる。随分長い間作業をしていたのだろう。美が何よりも大事だと考えている彼が、ここまで一生懸命に動いて泥だらけになったのだと考えると、申し訳なくなる。


「完治はしていないが、それよりここの様子が心配で……」


「そう、無理はしないでね」


「ああ、そうだ。村長に話しておかないといけない話があるから、案内してくれないか?」


「分かったわ」


 ザニアに案内され、ディニタスと共に僅かな灯りを頼りに、天幕の間を縫うようにして進む。


「ここが仮の役場になっている所ね」


 確かに、周りの天幕に比べて大きいように見える。前の役場についていた古びたベルは残っていたらしい。棒に括り付けられているベルを何回か鳴らしてから中に入る。


 村長は、居眠りをしていなかった。必死に羊皮紙の上に筆を動かして、何かを書いているようだった。


「忙しい所にすまない」


「スィエルさん……!! よかった、あなたにずっとお礼が言いたくて。でも、どこに行ってしまったのかわからず、困っていたのですよ」


「実は、領主とある魔術師が話していてね。赤目の人々が自由になれるかもしれない」


 その言葉を聞いた瞬間、村長は立ち上がり、椅子が倒れるのも構わずに私の元まで走り寄って手を取った。


「ほ……本当か!! そうか……自由か」


「ああ、長かっただろう。辛かっただろう……ようやく終わるんだ。自由になれるんだ」


「貴方がここに来てくれなかったら、私たちはずっとこの苦しみを味わい続けていたでしょう。本当に、何といえばいいのかわかりません」


 号泣する村長の背中をさする。この人も、きっと多くの犠牲を見てきたのだろう。無力感に苛まれて、ずっと苦しんできたのだろう。


「ああ……よかった……本当によかった」


 安堵の言葉を彼は何度も何度も繰り返す。


「じゃあ、あとは村の人々に伝えておいてくれないか」


 私は、村長の手をもう一度強く握り、最後に抱き寄せる。


 今まで、多くのものを失ってきた。壊して、奪って、捨ててきた。そうしてようやく手にした希望。これを、あとは彼らに守り続けて欲しいと思う。


 もう、私のような醜い殺人鬼を生まないように。寂しい一生を送らないように。もがき苦しむのは私だけでいい。


「私は、今から罰せられに行く。どれだけ他の人間が赤目の人々を傷つけたとしても、私が起こした過ちは許されるべきではない」


「それは……」


「覚悟の上だ。中途半端な気持ちで復讐はしない。命を奪う痛みも、苦しみも十分に理解している。そんな思いを持ちながら、この手を血に染めた」


 視界が、だんだんと滲んでいく。あふれそうになる涙をこらえて、私は言葉を紡ぐ。


「私は、今まで苦しみを味わい続けてきた。その憎しみが、復讐へと駆り立てた。手段を間違ったとしても、君たちが助かったならそれでいい」


「スィエル・キース。あなたは、私たちにとって誇りです。赤目の民を守り、想い続けた英雄であることは否定されたとしても変わりません。世界を見続け、正しき方向に導いたあなたに、祝福がありますように」


 その時、天幕の入口を覆っていた布が、さっと上げられる。


 私が仕立てたつぎはぎだらけのワンピースに、服と同じ色の可愛らしい瞳が私を見つめる。


「スィエルさん、ごめんね。聞いちゃった」


 申し訳なさそうに頭をかく少女の後ろには、私が楽器を教えた子供たちの姿。


「リュヌ……それに、皆まで……」


「スィエルさん、私はあの日助けてもらえて嬉しかった。皆も、楽器を教えてもらっていきいきとしていた。すごく楽しかった。ね、そうだよね?」


「ああ! おれはもっと練習して、スィエルさんみたいにうまくなるんだ!!」


「ばか、それをいうなら僕の方がうまくできる!」


「まあまあ……落ち着いて。ずっとやり続けていけば、きっとうまくなれる。一度では諦めずに、何度失敗してもいいから試し続けるんだ。わかったかな?」


「うん!」


 私がこの荒野でまいた種は、どんな成長を遂げて花を咲かせていくのだろうか。見届けることは、叶わない。でも、彼らならきっとうまくやっていける。そう信じられるだけの可能性を彼らは内に秘めている。


 私はもうここには必要ない。舞台で孤独に弾く奏者も、幕が下りれば自然に姿を消していく。私にできることは、残された人々に託して見守るだけだ。


「スィエルさん……行っちゃうの?」


「ああ……私は、悪いことをたくさんしたからね」


「スィエルさんは悪くない。だって僕たちを助けてくれたじゃないか!!」


「君たちには言っていなかったね……私は、ここに来るまでに、何人も殺しているんだ」


 子供達の顔が、青ざめていく。そう、私は咎人だ。許されるべきではない人間だ。だから、今から罰を受けに行く。


「嫌だ……嫌だよ……スィエルさん!!」


「私は、君たちに可能性を託したい」


「かのう……せい?」


「そうだ。君たちには未来がある。これから、大きくこの世界は変わっていくはずだ。……村長には言ったが、君たちのことを自由が待っている」


 難しくならないように私は慎重に言葉を選びながら、続ける。


「私の分まで、君たちは世界を見てほしい。今までは何も思わなかったかもしれないけど……外には色々なものがある。ここにはなかった、物語がある。希望があるんだ」


「色々な……もの……」


「ああ……そうだ。私も見たことが無いからよく分からないけれど。だから、君たちが持っている可能性を無駄にしないでほしい。私の分まで、君たちに託そう」

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