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【完結】孤城の夜想曲 -伝承の復讐者-  作者: 茶ひよ
第3楽章 伝承の再現
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#35 守るための強さ

 着替えも終わり、髪も一通り術式で直してから外に出ると、ザニアが何やら茶色の瓶を持っていた。

 腰に手を当てて、豪快に飲む姿は彼らしくない。


「ザニア? なんなんだそれは?」


「コーヒー牛乳……だったかしら。美容に効果があるって聞いたから買ってみたのだけど、確かにこれは美味しいわね」


 残りの分も一気に飲み干し、ぷはーっと息を吐く。

 口の周りに出来た茶色の丸をごしごしと彼は白い布で拭き取る。


「あ、そうだ。スーちゃんにも。これおしぼりっていうらしいわ」


「へえ……おしぼり、ね。ありがとう」


 渡されたおしぼりとやらは妙に温かい。これもザニアは買ったのだろうか?


「それサービスだから大丈夫よ。東洋じゃ常識らしいけど慣れないわね」


「東洋の感覚がいまいち分からないな……本では見たことがあるけど、体験してみると面白い。さっきの飲み物はどこで買ったんだ? 私も一本買おうと思って」


「そういうと思って二本買っておいたわ。私のはちょっと甘いからミルク少なめを……ってコーヒーとあまり変わらない気がするけど」


 コーヒー牛乳なのだから牛乳を減らすと意味がないのでは……と思わなくもないが、配慮はありがたい。


「んん……まあ、甘いよりは。結構力いるんだな、これ」


 瓶の栓を開けるのにてこずる私をザニアは呆れた顔で見つめる。


「本当に力無いわね……細剣使っているのも筋力が無いからだし。ぐーたらしていたらダメよ」


 はあっと一つため息をついてから、彼は勢いよく蓋を開け、私に手渡した。

 いつも戦闘はこなしているので、ぐーたらしているつもりはないのだが。


「ふう……美味しいな……」


 ソファに腰掛けて、ゆっくりと飲み干す。

 ミルク少なめでもまだ甘い気はするが、文句は言うまい。


 のんびりとくつろいで、もうそろそろ帰ろうかとしたその時だ。


「おや、見覚えがある方がおると思ったらスィエルさんじゃないですか。孫がお世話になっています。いつも帰ってくると、上機嫌で昨日より楽器が出来るようになったと言って来るんですよ」


「あ、こちらこそ……」


 いきなり声をかけられると、戸惑ってしまう。


 皴のある両手に、ゆっくりと足を引きずるようにして歩く姿。

 痩せこけた顔は老人そのものだが、声が年相応ではない。


 違和感が拭えないが、それを問うのも失礼だろう。

 そのため、ひとまず置いておくことにする。


「そちらの方はザニアさんでしたかね。ここのコーヒー牛乳は美味しいですものねぇ」


「ええ、もう何本か買ってこようかしら」


「そういえば、最近貴方を探している方が……」


「探している? いったい誰が?」


 私を探すといったら、レムナント達か私に目をつけている誰かの二択だろう。興味本位で私に会おうとするのは考えられない。


「その人の特徴って何かあるかしら? 例えば……髪の色だとか、服装だとか……」


「緑目なのに、私達には優しい人でしたね。いつも赤目以外の人間と言ったら、暴力を振るったり税金を催促したり。私達がちゃんと収めてもまだ納めろと言ってくるんですが」


 初等雷術を使って、ザニアとコンタクトをとる。

 秘密の話をしたいときには、最適の術式だ。


(ザニア。これは罠だ。いつも虐げている奴らが急に好意を持つはずがない)


(ええ、そうね。それにしてももう追いつかれたなんて……)


(これからは街に危害が及ばないようにしないと、子供達が危ない)


(スーちゃんも慎重にね。何かあったらすぐに連絡するわ)


(ああ、頼む)


「深刻そうな顔をして……何か気になることでもありましたかな?」


「あ、いえ! 何でもないです。情報、助かります。あと他には……」


「そうだねぇ、そういや報告だとか何だとか……よく聞こえませんでしたがな。顔もフードを被っていてよく見えなかったし……」


(やっぱり、敵の誰かだろうな)


(困ったわねぇ……戦闘は避けられないだろうけど、あの子達に見せたら怖がられるのは間違いないし)


(あとでライアとアラネアも混ぜて作戦を練ろう)


「私が知りうるのはこれぐらいですが……大丈夫ですかな? あと聞きたいことが……」


「はい、何でしょう」


 手にはじっとりと嫌な汗が滲むが、焦りを悟られないように涼しい顔をして答える。


 もう、逃げ回ることは出来ない。

 あと数日中には私は何らかの行動を起こさねばならなくなるだろう。


 心臓の鼓動も、心なしか速く感じる。

 この平穏な日常を、失いたくなかった。いつまでも、一緒に続けていたかった。


 しかし、私には許されない。

 そんな甘いことはいつまでも続かない。


 怖い。分かっていたはずなのに。

 いずれこうなることは、知っていたはずなのに。


 思ったより早くしかるべき時が来てしまった事が恐ろしいのか。それとも……


「スィエルさんはいつもどこで過ごされているんです?」


 その瞬間、ザニアは勢いよく立ち上がり、老人をキッと睨み付けた。ザニアが怒ることは珍しい。

 私でもあまり見たことが無い彼の表情を前にしても、老人は不気味な笑みを絶やさないままだ。


「人のプライベートはとやかく質問しないものよ。それじゃ、失礼するわね。ほら、スーちゃん」


「あ、ああ……色々とありがとう」


 強引にザニアに腕を掴まれ、そのまま宿から出る。引っ張られた痛みは、ぼんやりとしていた私の意識を覚醒させた。


「スーちゃん、あの人……何か嫌な予感がするの」


「嫌な予感?」


「気づかなかった? あの人、多分老人に扮しているだけよ。私達の敵」


「……ッ……それか。何かおかしいとは思っていたんだ。声はやけに張りがあって若いし、腰も曲がっていたが不自然だった」


「見るところは同じだったようね」


「情報は特に与えたつもりはないが、ここまで追っ手が来ているのは間違いない。今日の犠牲はよく考えて選ばないと……」


 そこまで言いかけて気づく。

 あの老人は、楽器の練習についても話していた。


 つまり、何日か前からもう察しがついていたか、誰かに情報を吐かせたか。

 もしも子供達と過ごしていた事を見掛けていたなら。


「子供達を利用して私を脅すことも……」


「ええ。スーちゃんがあの子達を思っている事は私はよく分かっているけど、外部の人間に言わせてみれば、悪い言い方だけど悪影響でしかないもの。今後は細剣ぐらいは装備して広場に向かった方が良いかもしれないわね」


 段々と高まる緊張。

 じわりじわりと私が過ごす憩いの場は、侵され始めている。


 それに屈するのか、抗うのか。決まっている。

 私が力を欲したのは、元はあの檻から出るためだった。


 だが、最近は違う。守るために、この力はある。

 自分が守りたいものを守るために、他を犠牲にする。


 犠牲を払って、必死でつかみ取ったものをもう離しはしたくない。

 私は戦い、力を欲し続ける。守りたいものを守れるぐらい強くなるために。

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