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【完結】孤城の夜想曲 -伝承の復讐者-  作者: 茶ひよ
第3楽章 伝承の再現
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#34 つかの間の休息

「……子供達は寝たか」


「兄様ったら、今日の練習はどうされたのです?」


「皆待っていましたのに……」


「あ、ああ……悪い。少し考え事をしていたんだ」


 思った以上に時間が経っていたらしい。

 日はすっかり暮れてしまい、月明かりが灯りの少ない街を照らしている。


「少し疲れているようね。元気もないし、顔色も悪いわ。睡眠不足はお肌の天敵よ。いつもお城のときはケアを欠かさないじゃない」


「それはお前が……わっ!」


 筋トレも美容のためと張り切って取り組むザニアに、必要最低限の筋肉しかつけていない私の体力が上回るはずもなく。


 腕を掴まれた私は半ば引き摺られるような形で一階に降りた。受付で居眠りをする村長を起こすべく、ザニアが勢いよく机の上のベルを鳴らす。


「ハーイ! 元気? 居眠りはスーちゃんもよくやるけれど夜いざ寝ようと思っても、眠れなくなるわよ! 規則正しく早寝早起き筋トレね。貴方も実践すること!」


「は、はい……?」


「ザニア、目覚めの挨拶がそれだったら誰でも引くぞ」


「そうかしら……ごく基本の健康法だと思うのだけど」


「いや、問題はそこじゃないと思うんだが……」


 何かズレている気がしなくもないが、ザニアの話は止まらない。訂正する隙さえ与えずに喋り続ける。


「まあいいわ。アドバイスを受けとるか受け取らないかは自由だものね。村長さん、近くに良い宿ってないかしら?」


「え? ああ、宿ですか……荒野ではありますが、オアシスの近くに小規模な温泉なら……」


「本当に!? ちょっとこの子を連れて行きたいの」


「は、はぁ……キースさん、ユニークな友人をお持ちですね……出て左側にずっと進めば見えてくるかと」


「ありがとう」


 寝ぼけまなこの村長を置いて、ザニアは私を引っ張ったまま、扉を開けて駆け出す。


「ザニア?」


「ちょっとした気分転換も必要よ! スーちゃんがいない間、皆でどうしようか考えてたんだけど、暫くお風呂、入ってないでしょ?」


「あ、ああ……そうだな。戦闘ばかりで軽く水術で済ませてたから……」


「本当、そういう所は器用よね。でも、ゆっくりしたいかなって思って。あれのようね」


 ザニアが指さした先を見ると、確かにパイプが引かれた小さな建物と、オアシスが見えた。


「入ってみよう」


 幕のようなものに頭があたる。書いている文字は読めないが、似たようなものが確か東洋にあったような……


 と、私が記憶の断片を整理する前に、ザニアがどんどん奥へ入っていくので慌てて追いかける。


 幸い、人はいないようだ。もしもここに人がいたら、私は入るのを躊躇っていただろう。私の体に刻まれた傷を見て、いい気分だと感じる人がいるとは思えない。


 腰にタオルを巻き、シャツのズボンを外すと、私が受けた屈辱の数々が露わになる。傷が痛む、というのは錯覚だろう。昔の傷は、とうに塞がっている。


 だが、いつになっても思い出すことは可能だ。表面上は無くなっても、抉られた心は闇をたゆたう。


「スーちゃん? 体冷えるわよ?」


「あ、ああ……悪い。また考え事を……」


「ほーら、悪いクセっていったじゃないの。スーちゃんは悪くないんだから、気にしなくていいのよ」


 私を宥める声は優しく、力強い。


「……ごめん」


「その困り顔、かわいいわね」


「なっ……う、うるさい!!」


 私は勢いよく扉を開けて、蒸気の歓迎を受ける。

 城にも一応浴場はあるが、城自体が氷原にあるので出た後はかなり冷えるのだ。


 椅子に座って、湯を肩にかける。


「あったか……」


 今度は右側に湯をかけようと思った、その時だ。


「スーちゃん! 私が久しぶりに洗ってあげるわー!」


「わぷっ!?」


 泡が私の視界を埋め尽くす。髪もゴシゴシと荒っぽく洗われる。後できちんと髪のケアをしておこう……などと、そんなどうでもいいことを考える。


「あわあわ攻撃よ。私からのラブアタックね」


「色々と誤解を招くからやめろ!!」


「それにしても、血全然落とせてないじゃない。臭いがするわ」


「……だろうな」


 そこまではどうやら限界があったらしい。

 軍服は特殊な服なので洗う必要はないのだが。


「あまり無理はしないのよ? 三千年間、外を見続けて色々やりたかった事、あったんじゃないの?」


「やりたかった事……か。確かに、色々したいことはあった。外に出て、綺麗な風景を見て、楽しくまたやり直せたらな、って。でも……私はもう戻れない」


 三千年間描き続けた未来は、実現しないことを知っていた。それでも私は微かな期待を抱き続けていたのだから、愚か者というしかない。


「まだ、やり直せるかもしれないわよ?」


「……どうだろうね」


 頭の上からざぱーっと湯がかけられる。

 温かい、と思ったのはつかの間で、すぐに冷気が私を襲った。


 やり直したい、とは前まではよく考えていたはずなのに。最近はそんな事を考える暇もなかった。


 湯船につかり、目を閉じる。

 孤児院では、汚れたタオルで体をこする程度だったので、入浴は結構好きな事の一つだ。


「はぁぁ……やっぱり最高だな……」


 心地よい温度の湯が、私を微睡みに誘う。

 気を抜くと寝てしまいそうだ。


 仰向けになって、首まで全部浸かる。

 水術ではこうはいかないので、久しぶりの癒やしだ。


 回復術式を唱えれば、表面上の傷は塞がる。

 しかし、精神面やこりなどは、自分でケアしなければならない。


 全部治せればいいが、そうしてしまうと蘇生までも出来てしまう。世界の法則は、私であっても破ることは不可能だ。


「蘇生が出来たら母さんや父さんにまた会えるのに」


 一人呟いても、何も変わらない。

 私が殺した事実は、もう拭いようがないのだ。


「……」


 一回いい気分になっていただけに、突如浮かんだネガティブな思考が頭を回り続けているのが、無性に気になる。


「気にしても仕方がない」


 そう自分に言い聞かせるように暗示をかける。肩も随分とこっているらしい。念入りにもみほぐし、コンディションを整える。


「ふぅ……やっぱり温泉はいいな……」


 随分と疲れも取れた。今日の戦闘はいい戦いが出来るだろう。


「スーちゃん、ごゆっくり。私は先に上がっておくわ」


「ああ、ありがとう。ザニア」


 一人残された私は、頭の中で思考に耽る。

 作戦の失敗。増え続ける敵。新たな邪魔者。


「……生温い。苦痛から逃れる力はもう、持ったのだから」


 胸を抉られるような痛みが、私を襲う。

 しかし、その苦しみを悟られてはいけない。


 もう、弱い私とは別れた。


 今ある私は、偽りの強者を等しく裁く殺戮者。冷酷に、非情に、空虚な目的を叶えるために犠牲を厭わない復讐者なのだから。


「これ以上つかると、止められなくなりそうだ」


 暫くしたら、ワインを飲もう。

 今日は、特段に苦いものを味わおう。


 私は、置いておいたタオルで髪をまとめて、扉の方へと歩いた。

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