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【完結】孤城の夜想曲 -伝承の復讐者-  作者: 茶ひよ
第3楽章 伝承の再現
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#33 得るための選択

「うーむ……うむむむむ……」


 ヴェリテは『兄さんに好かれよう作戦』と銘打って、兄さんの日記を勝手に書斎から引っ張り出して読んでいた。


 しかし、書いてあることは分かるが、どうしてこんな事を書いたのかまるで見当がつかなかったのだ。


《私を除いて、世界は時を進める。同じ場所を何度も回り続けている事には、永遠に続く負の連鎖から外された私だけが気づいている》


《永遠とも思われた私の生存年数でさえ、問題を解くには短すぎる。ああ、助けて欲しい。そんな願いをいつまでも抱いている自分さえ、憎たらしいと思ってしまう》


「うーん、兄さんの書いてること、難しすぎて僕分かんないよ……兄さん、頭良いからバカな僕には理解不能!」


 兄さんに聞いても何も答えてはくれないだろう。仕方がないので、そのまま元あった場所に手帳を戻しておく。


 これがダメなら次は何にしようか。何か、兄さんが振り向いてくれそうなものはないだろうか。頭を抱えてうなりながら、ヴェリテは考え続ける。


 それにしても、兄さんは真面目だ。

 ワインの瓶は綺麗にラベルが前に揃えられているし、術式を書いたメモも、端が閉じられている。


 メモにはヴェリテが知らない術式も書かれていて、ベッドのシワはきちんと伸ばされている。


 いつも勉強をして、夜は戦って、また朝に起きて……最近、兄さんはこの城に戻らない。


 荒野に行っているのは知っているし、通信も毎日来るが、やはり寂しい。一緒に連れて行って欲しかったな、というのがヴェリテの正直な思いだった。


「僕はやっぱり……兄さんには追いつけない……」


 術式の勉強もしたくないし、ワインボトルの方向も気にすることはない。ヴェリテは、スィエルとの違いを分かっていた。それでも、憧れはあったのだ。


「このメモ破ったら楽しいだろうけど、兄さんは絶対怒るし。かといって、真面目にするのも面倒くさい。うん、僕は僕だよね。なんか他の事で頑張ろっと」


 何かを探しながら、ヴェリテは城の中を一人で歩く。ヴァーゲが作ってくれる昼食まではまだ時間がある。


 火加減をいじるイタズラも楽しいが、今日は他を試したい気分だった。


「んー……ここの赤いカーペットをずらすとか? ありきたりかなぁ」


 破ってもダメだ。兄さんに怒られて、他のレムナント達に白い目で見られる。


 ああでもない、こうでもないと考えながら歩き続けていると、ふと誰かが何やら作業をしているのが見えた。


「おっ、ヴェリテ戻ってきてたのか! 俺ずーっとお留守番だったから退屈してたんだ。なあ、一緒にどこかで遊ぼうぜ」


 この元気な声は、フラムだ。

 それを裏付ける証拠として、赤毛が混じった銀髪が、物陰から飛び出してきた。


「フラム、ただいまー! 早速で悪いけど、今日は無理。まだ眠いんだよねぇ」


「どうしたんだ? また飲み過ぎたのか?」


「いやー……兄さんに言われて戦ってたんだけどさ、あの白衣のお兄さん強かったなぁ」


 領主を殺すように言われていたのに、思わぬ邪魔が入ってしまった。ついでに全部壊してしまおうと思ったが、白衣の男は意外にも健闘し、結果的にこちらが撤退する羽目になったのだ。


「白衣のお兄さん? ああ、そういえばイデアが頭抱えてたな。面倒事が増えたってコーヒーがぶ飲みしてたけど」


 イデアはよく、イライラするとコーヒーを大量に飲む。カフェインの取り過ぎのせいじゃないか、とヴェリテは考えるが当の本人は止めようとしない。


「カフェインとか大丈夫かな」


「コーヒーで出来てる女だから心配要らねえよ」


 その言葉は比喩でも何でもない。本当にコーヒー以外に食事を取っているのか心配なレベルで、イデアは食べ物を口にしない。


 いつも忙しそうなので、書庫に籠もって何か食べているのだろうとヴェリテは思っているが。


「なら大丈夫だね! 僕あれ飲めないから凄いと思う」


「ああ……なあ、お前が戻ってきたんだったら他のやつも……」


「うん。ネージュやサンドラも戻ってるよー?」


 その言葉に、フラムは顔を真っ青にした。慌てた様子で辺りを見回している。どうしたのだろうか。


「やっべ……俺まだ城の掃除全然やってねえんだよ。あの雪女に怒られる……掃除やっとけって言われたのに、後でいいやってそのままにしちまった。なあ、ヴェリテ。手伝ってくれないか?」


 一緒に悪ふざけをする仲でもあり、フラムとはこうして手助けをし合う事もある関係だ。真面目にするよりも、きっとこっちの方が合っている。


 いくら兄さんに憧れているといえども、背伸びをし過ぎても疲れてしまう。これぐらいの方が丁度いいのだろう。


「仕方ないなぁ……ワイン三本と交換ね」


「おう。話が早くて助かるぜ」


「僕はワインが飲めたらそれでいいからね。ワインは元気の源! よし、やるぞー!」


「おー!!」


 そうして、ヴェリテとフラムの二人による大掃除作戦が始まった。


「僕は剣でばしばし斬っていくから、フラムは後始末よろしく」


「おうよ、まかしとけ。俺は炎術以外はポンコツだからな……こうして活躍できるのは嬉しいぜ。――シナバー・ヴォルケ」


「いきなり高等炎術!? まあいいけど……僕はあんまり術式使えなくて手作業なんだから少しは緩めてね」


 暫くそんな作業を続けていると、段々互いに慣れてきて効率も格段に上がった。しかし。


「フラム、ヴェリテ! そこ私の花畑……燃やしたらダメ!!」


「あっ……」


 突如聞こえた声に驚いて振り返ると、目を見開く一人の少女と花壇の所まで火が燃え移っているのが見えた。


「ううぅ……全部黒焦げに……」


「ごめん、フローラ……」


 ショートカットに切られた銀色の髪。頭に乗る、小さな花の冠。誰よりも花を愛していて、花や草花の話になると饒舌になるのだ。


 貧血気味なので、彼女は庭の手入れや果実の収穫を担当している。広い農園を管理している彼女は、いつも朝早くに起きてここを歩いている。


「……大丈夫。まだ根っこは残っているはずよ。根さえ生えていれば、術式で回復できるから。――グラスフィール・ウェントス」


 一瞬ふらりと足下がぐらついたが、なんとか踏みとどまり術式の展開を開始する。


「お願い……私に力を貸して」


 その瞬間、燃えなかった花達が一斉に青い光を放ち、空間にリソースの解放を現す光の球が浮かんだ。


 光の球たちは一つの大きな雫になり、燃えて炭になった花の上で弾ける。輝きを放ちながら地面に吸い込まれた光は、どんどん花たちを再生させていく。


「うわ……すげえな……」


「綺麗だね」


「結構魔力使うんだから……これ。でも、良かったわ。お陰で肥料も出来たし。ありがたく使わせて貰うわね」


「ごめんね、本当に。僕達ドジばっかりやっちゃって……兄さんに振り向いて欲しいんだけど、なかなか分かんなくって」


「ああ……俺も謝るよ。悪かった」


「ううん、でも兄さんは私達の事をよく見てくれているわ。大事に思ってないと、ずっと側には置いてくれないはずだし」


「そっか……そうだね。ねえ、フローラ。僕も荒野に行こうかなって思って……兄さんに任されたのは領主の殺害だけど1回失敗しちゃってるし、あと兄さんにいい加減会いたいんだ」


「ヴェリテが、考えていいと思ったらやってみればいいわ。兄さんは色々道を示してくれるけど、それが絶対とは限らないもの」


「俺も、フローラに賛成だ。自分が無理だなって感じたら他の作戦を手伝えばいいし……俺はまだやることがあるから、後で向かうよ」


「二人ともありがとう! じゃあ勝手だけど行ってくるね」


 ヴェリテは、まだ空気中に溢れている花たちのリソースをフルに使用し、風術を展開した。飛行にはやはり慣れないが、荒野までは集中力を切らさないようにしなければ。


「待っててね、兄さん!」

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