#30 裁かれる権力者
私が今夜の標的に選んだ場所は、荒野を抜けた先にある採石場だった。
標的に選んだ理由は、村長から聞いた話で気になったことがあったからだ。話によれば、赤目の人々が強制的に労働をさせられている採石場があるという。
「確かここら辺だったような……」
村長に貰った地図を頼りに、歩を進めると次第に何かを削り取るような音が聞こえてくるようになった。
私は、鉄柵の間を通り積まれている石の陰に隠れる。石は仄かに緑色の光を発していて、幻想的な雰囲気だ。
微量ではあるが魔力も感じられる。恐らく、魔力が足りない者のための補助の役割を果たすのだろう。
私は石に触れ、内部にためられたリソースを解放する。折角採掘してくれたのに申し訳ない気持ちはあるが、この栄養分は最大限活用しなければならない。
「おい! 手が止まっているぞ」
「すみません!」
「……」
汗水垂らしながら働くのは、私と同じ赤目の人間。それを、漆黒の目の人間が監視している。
今は真夜中なのに、まだ働かされているというのか。
「おい……手を止めるなと言っただろう?」
「ぐあっ!!」
私の目の前で当たり前のように振るわれる暴力。
「はは……お前らが働いたところで何にもならねえ……魔術の勉強は赤目は出来ねえもんな!」
「あーあ、全く使いやすいぜ」
「……」
怒りに震える手は、いつしか左腰に収められた剣の柄を握っていた。今日は悪魔へ大量の犠牲を送らねばならない。贄になるには丁度いい素材だ。
邪魔な石を蹴散らして、全力で駆ける。
私には気付いていないらしい。
二人が角を曲がったことを確認した私は、そこまで足を進める。距離が出来たと分かったら、次は木箱の陰に移り、じっと息を潜める。
扉を開く音が聞こえる。どうやら二人の上司がいるようだ。賑やかな声と、栓が開けられる音が聞こえる。稼いだ金で楽しんでいるようだ。
もっとも、それが最後に飲む酒だとは思っていないだろうが。私の密かな企みには気づくはずもなく、彼らは呑気に暫しの幸福を楽しむ。
「今日は働くなぁ。お陰でこの拳も今日は暇してるぜ」
「ボス、それなら一発加えてきてもいいのでは?」
「なーにいってんだ。楽できるなら楽するもんだろ?」
「流石ボス!」
私は深く息を吐いて、漆黒の細剣を引き抜く。
磨かれた闇色の刀身が、血を欲して鈍く輝く。
今日は沢山食わしてやろう。
そんな事を考えながら私は高等氷術の詠唱を開始する。目を閉じて、イメージに意識を集中させる。
「フルール・イーサシブル」
先程石から吸収したリソースを氷の花に変換する。
花たちは私の意思に従って、扉の隙間から内部へと入り込んでいく。
「な……なんだこの花は……」
「ボス、侵入者です! 何者かが凍術を使ったとしか考えられません……」
「チッ……だが、赤目は魔術を習得していないはずだ。誰かスパイがいるのか!?」
「一体誰が……とりあえず逃げましょう!」
しかし、そうはさせない。
私は扉の陰から飛び出し、男の首に剣先を突き刺す。続く援軍も、私の前では無力なものだ。
棚に多くしまってあったボトルが落下し、派手な破砕音を散らせる。しかし、私は止まらない。
一筋の光を閃かせながら、私は敵の胴体に正確な連続突きを叩き込む。目にも止まらぬ速さの攻撃に、彼らは対抗する手段を持っていないようだ。
「私の名はスィエル・キース」
「くっ……殺人鬼め……ここまで来るとは想像していなかった……」
腹から血を零しながら語る男。
指や首にはじゃらじゃらと大量の宝石が付いたアクセサリーを身につけている。
この人物こそ、ここを治めるボスらしい。
「想像していなかった? 言い訳にもならないよ、それ。人間を使って気取ったつもりか……笑わせてくれる。他の人間の居場所を吐け」
「教えねぇよ……貴様に教えたら全員殺す気だろ」
「分かってるじゃないか」
私は男に悪魔のような微笑みを送り、傷口に手袋を外した手を当てる。生温い感触は一瞬で消え、目の前には小さな赤い石が一つ転がる。
「フン……大したことないな。トップでも魔力はそこまでか」
「ひっ……ボスが!」
「今日は沢山奪わなければ。階段が長く伸びている……あの建物の中にもまだいるのかな?」
「はい……そうです! なので俺達だけは……」
必死に命乞いをする彼らには見向きもせずに、私はボトルを一カ所に集める。
「ああ、勿論君達を逃すつもりはないよ? 良かったね、最後に美味しい酒が飲めて」
空になったボトルを持ち、男達の頭をひと思いに殴る。
すがすがしい破砕音と共に、双方が割れる。
私の手にも破片が突き刺さるが、慣れたことだ。
手袋もしているのでそこまでの痛みはない。
ガラスを丁寧に取り、倒れている男達を見やる。
「力もないのに権力者になろうとするなんて……愚かしいにも程があるよ――アドレビトクェ・オプリスク」
この術式は、主に防御用に使用するが、炎の円盤を利用して攻撃も出来るのだ。
高速回転する炎は、火の粉を散らしながら室内を駆け回る。先程まで床や壁を覆っていた氷は溶け、代わりに火が踊る。
勿論、男達は抵抗する気力などもう残っていない。
「今までが全て灰になる気持ちは……どうだろうね」
焦げた臭いが漂う。炎は全てを消し去る。
存在も、過去も、そして未来も消し去る。
深い悔恨の渦にある私の記憶では、炎が一面に広がっている。
それがたまに夢となって私に襲いかかるのだ。
でも、それは夢ではない。三千年前に私が起こした現実だ。
「……次だ」
階段を荒々しく踏みながら、私は更に略奪を行うための計画を立てる。空には綺麗な星達が輝いているが、私の心の中には分厚い雲がかかったままだ。
下を見ると、今も騒動に気づかずに熱心に働く者達。上を見ると、今も酒と権力に酔いしれる者達。
この違いは一体何なのだろうか。