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【完結】孤城の夜想曲 -伝承の復讐者-  作者: 茶ひよ
第3楽章 伝承の再現
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#28 平等な救済

 キース達が荒野へ向かう一方で、レグルス・ベルガの館では戦闘が続いていた。


 館の内部は酷い有様だ。金色の額縁で囲われた肖像画はもうただの白紙と化し、高級そうな絨毯も裂けている。


「流石ですね……私は貴方達とあまり戦いたくはないのですが、どうでしょう?」


「くっ……ヴェリテ! いい加減に起きてください!」


「うーんまだ眠い……」


 少年はまだ眠たげだが、引き摺られながら窓から撤退する。ドスンという音が聞こえたのは気のせいだろうか。


「ふぅ……術式の連続使用は久しぶりでしたから、大分疲れましたね。なかなか、面白い子供達でした」


 魔術師ならそんな事もないが、ディニタスは魔術をあまり使わないのだろう。疲労が色濃く表情にあらわれている。


 しかし、そんな状況を許さぬ者がいた。この館の主、レグルスだ。レグルスの顔は怒りに染まっており、拳も震えている。


 室内ではなく室外で戦闘をしていればまだここまでの損害にはならなかったかもしれないが、後の祭りだ。そもそも、室外に場を移そうという話が出来る状況でもなかった。


「巫山戯るな……あの殺人鬼の手下だぞ! あんな生温い戦いで疲れただと? なぜ倒そうとしなかった」


「私はいつでも平等に接します。だから誰も殺しません」


 ディニタスはどこの国や地域にも属していない。勿論、彼の出身はある。だが、戦場では両軍の兵士を平等に裁くのだ。


「同胞が討たれようが、私は中立を守ります。それが戦場での振る舞い……医者が患者を殺してどうなるのです?」


「患者……だと?」


「ええ、私の中では彼らは治療すべき対象だと思いましたよ。私は色々な方を見てきました。負傷した兵士も何人も治しました」


 これが当時の状況です、とディニタスは何枚かの写真をテーブルの上に広げた。全ての写真に医者は写っていたが、相手はそれぞれ別の軍服をまとった兵士だった。


 首の後ろに手を回したり、一緒に僅かな食料を分け合う姿は微笑ましいものだ。


「皆、何かの正義のために戦っていた。私達第三者にとってはただの殺し合いでも、彼らにとっては祖国や家族を守る大事なものでした」


 戦争。それは、間違いであるはずだ。

 大事なものを守るためといえども、殺し合いで解決するものは何も無い。だが、この男は別の見方をしている。


 戦場へ向かう者と、ここで平和を語る者。

 どちらの論が正しいのだろう。


「何が言いたいんだ……」


「彼らも何かのために戦っている……そう考えることも出来ると思いませんか?」


「だからといってあの男を野放しにすると……? この数日で何人殺されたのか知っているのか!!」


 重い空気が場を支配する。

 スィエル・キースと連れのあの子供達のお陰で出た被害は相当だ。


 だからといって、他の地域はまだ様子を(うかが)っているという様子である。彼一人で様々な対応をしているために、痩せてしまったような印象を受ける。


「……ええ、今日の分は知りませんがね。だから、私は彼を救うつもりです」


「更に話がおかしい……何なんだ貴様は……」


 公爵は胸ぐらを掴むが、医者は僅かに笑みを浮かべたままだ。一体何を考えているのか。


「言ったでしょう、私は平等に接すると」


「貴様……これ以上民達を(けが)すな。そんなに平等を謳うなら好きにすればいい。どうせ、治療したところであの悪魔の餌食になるだけだ」


「なら、それは間違いだということを証明します」


 ディニタスとベルガが放つ殺気が重い空気を打ち砕く。割れた窓からは針のような冷気が入り込み、ビリビリに破られたカーテンを僅かに揺らす。


「お前のその善意で何人が死ぬか」


「さぁ? 私は外部の人間ですが、ここには辟易(へきえき)とします。悪がはびこるこの土地でよく生きられますね」


「煩い……黙れ……黙れ黙れ!!」


 公爵は声を荒げるが、ディニタスは静かに諭す。


「クククッ……だから殺されるんですよ、あの男に。赤目だから何なのです? 何か特別魔力が高いわけでもないのに……全く、先入観というものは恐ろしいですね」


「あの悪魔の恐ろしさを知るがいいさ。死に際で己の愚かさを呪え」


「頭の片隅に留めておきます。最後に、ここで一番大きい病院というのは……どこでしょう?」


 冗談ではないことは、目を見ればすぐに分かった。

 自分の命も省みずに彼は、あの男を救うつもりなのだ。


 アルトは諦めて、メモに詳細な情報を記すことにした。


「セーツェン南部にある、クラティオ病院。それが一番大きい……ディニタス先生、よく気をつけて接触してくれ。彼が持つ悪意は貴方が思っているよりきっと強烈だ」


 直接接触したときのあの深い憎悪の衝撃は、アルトの心に深く刻み込まれていた。


 ガラスのような瞳に、冷たい眼差し。感情を無にした者とはあのような眼を持つ者をきっと言うのだろう。


 しかし、全く情が見えないというわけでもなかった。彼の赤い瞳の奥には悲しみと恐れが揺れていた。


 スィエル・キース。彼は深い絶望の渦の中で、もがき苦しんでいる。


 愛されたい。認められたい。

 そんな願いが彼を狂わせているのだとしたら。


 この医者は暗く沈んだ闇を抜け出すための道しるべになるのだろうか。それとも……毒牙に(はば)まれ、犠牲になるのか。


「分かりました。それでは、失礼します」


 呆然と見送るレグルスをよそに、ディニタスは静かに場を離れていった。

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