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【完結】孤城の夜想曲 -伝承の復讐者-  作者: 茶ひよ
第2楽章 唯一の理解者
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#24 強欲の悪魔

 悪魔である私は、召喚書に記された紋様を使用して召喚されるのが一般的だ。だが、方法はそれ以外にもあり、私を呼び出した軍の連中も特殊な方法を用いて私を呼び出したようだった。


 私はいつも通りに、召喚者に対して願いを聞き、その対価を受け取ろうと思った。しかし、軍の研究は私の想像を遥かに上回る狂気に満ちていた。悪意を集めて暮らしていた私でさえ、あの目は恐れるべき存在であると思った。


 私に発言権は一切なかった。名も、計画の名をそのまま利用した。だから、特に名前に意味はない。理想郷という意味だというのは後で知った。正直に言えば、馬鹿げていると思った。


 勝者と敗者に二分された世界。

 それのどこが理想郷なのだろう。


 敗者は勝者に慈悲を乞い、勝者はその姿を笑うだけ。


 私はなぜこんな人間達に手を貸してしまったのだろう。そう思った。私は元々、人間の事を愛していた。人間のことを愛し、人間の願いや望みを叶えてきた。


 しかし、ある一件が原因で、私は人間のことを憎むようになった。人間は私のことを乱暴に使いだし、願いを叶えることを当たり前だと思うようになった。


 だが、私は悪魔だ。悪意を吸い取り、人間に寄生し、その上で望みを叶えなければ、身が潰えてしまう。


 神と反対のモノとして悪魔は扱われるが、実はそうではない。悪魔は、人と共にいる。良いところも、悪いところも受け入れたうえで、人間と共に生活しているのが悪魔なのだ。


 だから、私は悪魔を悪く言い、好き勝手に扱う人間が許せなくなっていた。そんなときに、呼び出されたのが彼、スィエルとの出会いの場である孤児院の地下に建てられた、秘密の実験場だった。


「今すぐあの赤目の子供達に移しましょう! どこにも負けない兵器が完成する……ああ、素晴らしい!!」


「いや、待て。まずは試さなければ。子供達は少ないからね。あまり犠牲にはしたくない」


「といっても……時間がありません。緊張は高まっており、民達も不安に思っています」


「ケイオスとは今まで何度も戦ってきたではないか……確かに条約で領土を随分減らされたのは痛いが」


「しかし、ケイオスも時間が経てば強力な兵器を持ってくるでしょう……我が軍が勝つには先制しなければ!」


「分かっているのか。この悪魔の召喚前にも大量の犠牲者を出したんだ。そして、ようやくここまでたどり着いたんだ。表面上は孤児院だが、裏では軍の実験場だ。もしも裏が民達に知られたら、贄の供給も出来なくなるぞ?」


「……ッ……そうですね。では、急いで研究を進めましょう!」


 しかし、実験は失敗続きだった。私の悪意が強すぎたのか、弱った被験者達は朽ちていった。


 赤目が何故虐げられたのか。


 簡単だ。ただそういう噂を広めてしまえば良いのだ。軍による絶対的支配はやがて全土に広まった。


「一から教育が可能な赤目の子供を戦争に使用する」


 それが、計画の内容だった。それに、簡単に民達は賛同した。もちろん、民達に与えた情報といえば、


「赤目の人々を軍に差し出せば人数に応じて報酬を出す」

 というものだったが。


 密告者には莫大な金を渡し、赤目の子供達は忌み嫌われる環境を作るのは簡単だったようだ。


 家族の中で赤目がいる者達は反対した。金を積まれても、首を縦には振らなかった。だが、容赦のない統制が彼らを苦しめた。


 赤目が選ばれた原因は珍しいというただそれだけの話だった。珍しいから普通じゃない。怖い。だから排除したくなる。


 おかしな話だ。それなのに、人々はその間違いに気付かないまま事を進めた。


 噂は噂を呼び、それは更に連鎖する。もはや、赤目の人々にとっては街は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


 それらを全て見たのに、私は無力だった。


 泡に映る私の目は、緋色だった。だから余計に、己の無力さを呪った。助けたいのに、助けられない。この檻から出られない。


 私の力に屈し、何人も贄は朽ちていく。


 別に、私を殺してもよかったはずだ。「不要だ」と切り捨て、新しい実験をしても構わないはずだ。


 だが、彼らは魅せられてしまった。

 それが最大の過ちだった。


 そして、彼の番になった。


 怯えながらではあったが、彼の心の中には復讐を願う炎が燃えていた。己の身も顧みずに、全てを犠牲にする覚悟が、彼の中にはあった。


「力が欲しい」


 その答えを、私は待っていたのだろう。

 兵器として利用される運命に(あらが)い、全てを破壊したとしてもまだ尽きぬ憎しみが、彼の赤い瞳にはあった。


 だから、選んだ。契約した。

 彼を守ると。愛すると。そう決めた。


 三千年間、街を見てきた。

 彼、スィエル・キースの名は、殺戮者として街に残った。誰も、何も、変わらなかった。


 だから、私が彼を守る。

 卑劣な手段を取ってでも、彼に夢を見せ続ける。母親と父親に愛されるはずだった可能性を見せ続ける。


 それでいい。それで三千年間、やってきた。

 頭をそっと撫でる。日なたのような優しい匂いが鼻孔(びこう)をくすぐる。


 私が彼と出会ったときは、酷い身なりだった。

 全身痣だらけで、ボロボロのシャツは着られているというよりも肌にひっついているといった印象だった。


 髪は伸びきり、性別を見間違うような線の細さ。背は高いのに、体重は大してなさそうであった。声を出すのもやっとで、息切れも激しかった。


 そんななか、彼は必死に叫んでいた。


 体も骨と僅かな皮だけだったが、目だけは煌々と燃えさかる炎のような輝きがあった。


「力が欲しい」


 その望みを、私は全てを犠牲に叶えた。

 黒衣の青年は暴れ回り、街を焼き尽くした。


 狂気に彩られた赤い目。

 その色と同じ赤で、街を鮮やかに染めていった。


 狂気に溺れて全てを破壊した青年は、疲れのあまりあの封印の日まで眠り続けていた。もう、目覚めないのではないかとさえ、私は思った。それぐらい、彼を失った悲しみは大きかった。


 窓の外には凍てついた吹雪が吹き付けているのが見える。


 針葉樹が激しく揺れていることから、大荒れだということも分かった。あまりこの氷原に吹雪が吹くことはないのだが。


「ん……もう朝……か」


 銀色の睫毛がふるりと震える。

 美しい赤い目が靄の姿の私を見る。


「今日はもう、出発の日だ。休息も十分取れた」


 フィラレス。赤目の人々が住まう、北の荒野。

 彼はそこに愛を求めに、人々を救うために行く。


 私はそれを止めなければならない。本物の愛を知ってしまえば、彼は私を求めなくなる。私を嫌い、戯れに溺れてしまう。


 それだけは……絶対に回避しなければならない。


「外は……吹雪か。嫌な天気だな」


 もう一日でいい。彼が出発を思いとどまってくれれば、私が独占出来る日が増える。彼を愛し、求められる日が来る。


 だが、彼は微笑みを見せる。


「それでも、行かなきゃならない」


 叶わないと分かっていても、私は手を伸ばす。

 

 羨ましい。妬ましい。憎い。嫌い。

 そんな負の感情で出来た靄を引き摺りながら。


 私は、【強欲】の悪魔。


 奪っても、奪い足りずに貪欲に全てを欲し続ける大罪。それが私の本当の姿。


 だから、戦争に適していると判断された。人間に呼ばれた。

 でも、彼は違った。彼は私に色々な事を教えてくれた。


 だから、愛したい。手放したくない。

 私だけが、彼を支配していたい。三千年間、一緒に過ごしてきたのだ。今更、人間にこの気持ちが分かるはずがない。


 もっと狂ってほしい。もっと私好みになってほしい。

 彼だけが、私を認めてくれるのだから。彼さえも私の元から離れてしまえば、私は本当に孤独に惑うことになる。


 ふと、悍ましい計画が私の中に芽生える。彼の手を取りながら、私はその計画の素晴らしさに震えそうだった。


 彼の弱い心は全部私が支配する。

 誰にも渡さない。誰にも奪わせない。


 私が全て味わい、自分のものにする。共に狂い、果てて、そして……私以外に興味を示さないように、残忍に、残虐に彼を塗り替えてみせる。


 このまま彼が私を裏切ろうとするなら、その時は――。

 私を構成する全ての憎悪をつぎ込んで、彼を()()()

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