#21 満月の夜の訪問者
今日は綺麗な黄金色の満月が空に浮かんでいる。いつもは働き者の青い星達も、今日は一休みだ。
雲一つない空は、満月を最大限にサポートしている。
リヒトはその月の明かりを頼りに、一人黙々と読書を進めていた。
「あまり遅くまで本を読みすぎないのよ」
「はーい」
と、そんな会話を今日したばかりなのだが、ページをめくる手は収まらず、残すところもあと数十ページなのでそのまま読んでしまおうとリヒトは思ったのだった。
そんな満月の光を遮るものが見えた。しかも、それは段々と近づいてきている。
何かが窓に激突し、がっしゃーん!!と派手な音を立てて窓が割れる。ガラスの破片が部屋中に飛び散るなか、侵入した何かは、床にバタリと倒れた。
「なんだろう……これ……人間?」
床につっぷしっているのはコウモリや梟ではなく、人間だった。腕もあるし、足もある。生きては……いるようだ。
デザインの良いオシャレな黒の帽子が転がっていたのでそれに被せてみると、ピクリと反応した。
「あいててて……方向転換間違えちゃったなぁ……久し振りに失敗したよ……」
腰をさすりながら、唖然とするリヒトの前でゆっくりと何者かが起き上がる。
乱れた銀髪を整え、帽子を外し、前髪を分け直す。その長い前髪から垣間見えるのは、真っ赤な瞳。
この人は……まさか。
「スィエル!?」
「ん? 兄さんを知ってるの?……まあそっか。連日大暴れだし、こんな辺境にも噂ぐらい通るか。僕の名前はヴェリテだよ」
流れるような銀髪は肩より少し下まで伸びている。きらりと輝く赤い目は、映像で見たときよりも鮮やかな光を放っていた。
若干目つきが違うということ以外は彼にとてもよく似ている。
スィエルとよく似た人物がいるようだとニュースで何回か聞いたことはあったが、これならば無理もないと思った。
「あなた、スィエルにそっくりなのね」
「そうかな? 兄さんはもっと格好いいし、強いよ?」
確かにちょっと抜けているところはありそうだ。ぴょこんと飛び出た髪の毛が可愛らしくもある。
スィエルなら、窓を割るより夜の闇に紛れながら何らかの方法で侵入するだろう。
不敵な笑みを浮かべたまま、そっと首に刃を忍ばせるかもしれない。
「スィエルはあなたのお兄さんなの? それともそっくりだから双子?」
「うーん、強いて言うならお父さんかな? でも、兄さんって呼べって言うから僕は兄さんって呼んでるんだけどね……」
「へえ……そうなんだ。ねえ、私スィエルに会いたいの。どうにかならない?」
その問いに、彼は若干悲しそうな顔をした。
「……兄さんはあんまり人間が好きじゃないんだ。ごめんね」
「ううん、大丈夫。でも、何か力になれないかなって」
リヒトは話を聞くことは好きだった。皆が教えてくれる外の世界の話は、この狭い籠から連れ出してくれるからだ。
「不思議な子だね」
微笑を浮かべたまま、彼は話を続ける。
「兄さんはね、他の人と関わるのが怖いんだって。怖い目にあったから、人が信じられないんだ」
悲しげな瞳の奥深く、憎しみの裏に、彼は弱さを隠していたのだ。怖くて、それでも自分を奮い立たせて「全員を憎む」と言ったのだ。そこにはどれだけの苦痛があっただろうか。
「僕と僕の仲間はレムナントっていうんだけどね。僕達はロボットとか人形みたいなものなんだ。気付いたら兄さんが目の前にいたんだ。目を覚ました僕達を涙を流しながらしっかりと抱きしめて、『ありがとう』って言ってくれたんだ」
「……」
理解される事の無い復讐。彼も人間に戻りたいのではないだろうか。寂しくて、自分を慰めて、本当は人と関わりたいのではないのか。
「だからね、僕達がいつもいるお城で人間なのは、兄さんだけなんだよ。僕は色んなことがよくわからないんだ。全部兄さんよりは劣るように作られてる。だから……」
「ロボット? あなたが? そうは見えないわ。だって、こうして私とお話が出来ているんだもの!」
ロボットでも、人間でもどうでもいい。私は友人と呼べる存在があればいいのだから。
「でも、兄さんと比べちゃうんだ。ごめんね、誰にも相談できなくて……ずっとくすぶってたんだ……」
悲痛な叫びが、彼の喉からこぼれる。
「僕は失敗ばかりだ。兄さんに振り向いて欲しくって、いつも色々してるんだけどね。作戦会議にも呼ばれなくて、一人で今日は飛んでたんだ。どこでもいいや、遠くに行ければいいやって……」
「それでここまで飛んでたの? あなたのお家はどこかわからないけれど、飛べるなんてすごいわ! 私の家系も得意な人はいるみたいなんだけど、私はこれっぽっちも出来ないの!」
空を飛べるなんてそれこそ絵本の中のおとぎ話のようだ。憧れるが、今の様態のままではずっと飛べないだろう。
「私は貴方の味方よ。勿論、スィエルも」
「……本当に?」
「うん! 良かったら、スィエルに伝えて。私はあなたの気持ちが分かるって。あなたの苦しみや悲しみがよく分かるって」
「……そっか。それは多分、兄さんも嬉しいだろうな。ずっと寂しがってたから、君をお城に連れて行ってあげたいぐらいだよ」
「ダメなの? 私、スィエルを困らせるぐらいいっぱいお話が出来る自信があるわ!」
本ならいっぱいある。どんな話でも私は出来る自信があった。それこそ、彼が見た世界以外の、東洋の話なんてのはどうだろう。
鉢を被ったお姫様や、小さなこびとが鬼を退治する話を聞かせれば彼は楽しんでくれるかもしれない。
そんな期待をしたが、彼は小さくかぶりを振った。
「兄さんの中には、悪魔が居るんだ。その悪魔が君をどうするか分からないんだ……もしかしたら、君は悪魔の餌食になっちゃうかもしれない。それは嫌でしょ?」
そんな話は初めて聞いた。興味深いが、スィエルと喋る前に殺されてしまっては、話にならない。
「そうね……悪魔に食べられちゃうのは嫌だわ」
どうしたものかと考えていると、リヒトさーん大丈夫ですかー! と病室の外の廊下から私を呼ぶ声が聞こえた。
「色々話したいけれど、ここまでみたいだね」
少し悔しさをにじませながらそう呟き、彼は割れたままのガラス窓を見やる。
「うーん……窓は直せないから、言い訳を作ろう。ファルサ・クレアチオ!」
ぼすんと鈍い音を立てて、漆黒の翼と胴体の鳥が現れる。かなり大型なので、確かにこれがぶつかって割れたのだと言えば納得して貰えそうだ。
「この鳥はどうすればいいの?」
「大丈夫だよ! これは少し時間が経てばリソースになって自然に帰るから! じゃあ、僕は帰るね。また会えたら、会いたいな」
そう言って彼は窓から上手く風に乗って、遠くの空へと飛び立っていった。




