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【完結】孤城の夜想曲 -伝承の復讐者-  作者: 茶ひよ
第1楽章 赤い目の復讐鬼
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#12 罪を贖う哀歌

 公爵との話が終わっても、私はしばらく玉座を離れる事はしなかった。今の気持ちをそのまま言葉に表すならば、面倒なことになった――だろうか。


 流石に宣戦布告を出したのはやりすぎだったかもしれない。そのまま、裏で復讐を続けていれば……と、そこで私は考えるのをやめた。


 過去を悔いても何か得られる訳ではない。逆に、何かを失ったならば、取り返すために行動を起こさなければならない。戦いはもう、始まっている。


 緊張のためか、酷く喉が渇いているようだ。私は玉座の側に置いておいたボトルの栓を抜き、ゆっくりとグラスに注ぐ。そして、そのまま一気に飲み込む。喉を潤すこの液体は、人々から奪った血――しかし、私はこの血を飲まないと生きられない。


 書物で読むような吸血鬼とは違い、日光は浴びても構わないが、悪魔によれば「延命には人間の血を飲む必要がある」らしい。


「セーツェン領主、ですか……厄介なことになりましたね」


「ああ。悪魔も聞いていたんだな。もうそろそろ何か動きがあるだろうとは思ってたけれど、まさか直接通信をしてくるとはね」


 今日は西部の方に、ネージュと他に二人偵察に行かせているが、今のところ目立った動きは報告されていない。


 報告が来るまでイデアが徹夜してまとめた資料に目を通そうかと考えていたというのに、先程の通信が頭によぎり、なかなか集中することが出来ない。


「貴方が派手にやらなければもう少し時間は稼げたでしょうけどね」


「…………」


 悪魔にそう言われて、自分が破壊した街の光景を頭の中に思い浮かべる。レンガ造りの道路は抉れ、硝子窓は割られている。数日前まで綺麗だったはずの街並みは、今では見る影もない。


 ――あの時と何も変わらない。


 誰もいない街を歩いた。あれほど焦がれていた世界の外にあったのは、中と変わらぬ軽蔑の目と、冷たい笑い声だけだった。だから壊した。全部、何もかも。


 いつのまにかワイングラスの中身は空になっていたが、それ以上注ぐことは止めておいた。今日は酷く疲れている。酔えばどんな力が悪影響を及ぼすか分からない。


 悪魔は笑う。その笑みを掘れば、何が出てくるだろう。愉悦か、呆れか。はたまた別の感情か。


「まだ迷っているんですか? 貴方に選択権など、ないでしょうに」


「どういう意味だ」


「まだ狂うことに躊躇うのかと言っているんですよ。貴方はまだ全力を出していない。本気でやれば、あの時のように街を燃やし尽くすことだってできるのに……」


「これ以上、捨てろと?」


「くくっ。捨てる? 何を言っているんです? このままでは願いなんて程遠い。それでもいいと?」


「――!」


「何のために三千年間もこの城で我慢してきたのか……そんな容赦をするために、この城にこもっていたわけではないでしょう」


「……分かったよ。私も、何もなさずに死ぬなど、何のために三千年も待ったのか分からない」


「ふふっ……そう、貴方はそれでいい。何も考えずにただ奪い、殺し、犠牲を私に捧げればいいだけ」


 黒い靄が私の周りを蠢く。契約の時に使った噛み傷を通して、(もや)から放たれる凝縮された魔力が、私の体の中に入り込む。


「……おい、悪魔。いつまで送り込むつもりだ」


 やけに長い。そして、魔力濃度が濃すぎる。このままでは、力を得るどころか――。


「暴走してしまう、でしょう? 分かっていますよ、そんなことぐらい。その上での供給ですから」


 魔力の暴走。それは魔術師であれば最も控えねばならない禁忌のようなものだ。


 私も一度契約の後に街を焦土に変えるほどの炎術を行使したが、普通であればそこまで威力が膨れ上がることはない。


 年齢、家系、性別、健康状態など様々な要因によってその値は増減するが、限界まで魔力を使ったとしても、世界のバランスの中での調整が入るからだ。


 しかし、過剰な魔力の供給、もしくは吸収をしてしまうと、魔力濃度が急激に上がるため、暴走を起こしやすくなるというわけだ。


 苦しいが、この高揚感は悪くない。久しぶりに味わう感覚。それは徐々に私を狂わせていく。


「ぐっ……」


 心の中に深い、深い穴が開く。そこに、何が入っていたのかは、思い出せない。


 ただ、それが何なのかが思い出せないだけであって、何かが入っていたのだという認識はあった。力の代わりに失ったものを、私は取り戻さねばならない。


 ゆっくりと体を起こす。他人の気持ちなど、もはやどうでもいい。


 私は復讐のためには全てを利用すると、決めたはずだ。いつの間に、敵の気持ちまで考えるなどという愚行に走っていたのだろう。遠慮も、感情も、全て犠牲にしたはずだったのに。


 私は復讐者。それは、自らを呪い、他者を憎む者。全てを蹂躙し、全てを奪われた者。


 それでいい。


 こんなに地獄の奥底に沈められた人間が、普通の人間に戻れるだろうと期待すること自体、間違いなのだ。地獄から這い上がることは出来ても、地上に上がることは決して出来ない。


 そんな簡単なことを、何故今まで理解できないままだったのだろう。


 自嘲の笑みがこぼれる。口端だけに留まらなかった嘲笑は、私の頬に数滴の涙を落とす。


 軍服の袖をめくる。そこには契約の前から負っていたおびただしい数の傷が刻み込まれているが、これは敢えて残しておいたものだった。切り傷、刺し傷、火傷(やけど)(あざ)……復讐の理由が、今も私を容易にあの頃へ連れて行く。


 何もしていないのに、傷付けられた。「赤目だから」「醜いから」ただそれだけの理由で。誰も異議を唱える人はいなかった。それが当たり前だと、誰もがそう信じて疑わなかった。


 被害者である私を除いては。


「思い出しましたか? そう……貴方は復讐をする権利がある。だから、何も悪くない。貴方は間違っていない。犠牲になるのは、貴方を虐げた愚かな人間たちなのだから」


 頭が酷く割れるように痛い。目眩が私を襲い、ぐにゃりと景色が歪む。あまりの痛みに私は悶え、うつむいてしまう。何か、何か大事なものを、私は奪われてはいないか。


「悪魔……私から()()()()()()()?」


 その問いに悪魔は答えなかった。

 答えられないのではなく、あえて答えていないだけなのだろう。僅かな笑い声が闇から聞こえる。


「答えろ。奪ったのは血だけではないんだろう」


「フフ……さぁ、どうでしょうね。力の代償は自分で好きなように考えてください。私から言うことは特にありませんよ」


 闇の集合体は四方八方に飛び散る。

 ため息をつきながら、私は書類に目を通し始めた。


* * *


 それから数時間後。辺りが夜の静けさに包まれ、人々が眠りにつき始めた頃。


 暗く闇に包まれた玉座に()は静かに腰掛けていた。灯りもつけぬまま、一人微睡みの中で、ぼんやりと思考を進める。


「人は他人が持っているモノによく執着し、欲する。自分に手が届かないものだと気付いていたとしても、欲しい。手に入らない。だから奪う。ただ、それだけの繰り返し」


 虚ろな瞳に映るのは、思うようにならない世界。理想とは遠く離れた世界。人間という低俗な獣たちを眺めて、もう何年もの月日がたっている。だからといって、眼下に見える世は何も変わらない。


 手に持つワイングラスの中身は、窓から差し込む月光を受けて毒々しい赤色に輝いている。


「奪ったところで何もないと知りながら、それでも、奪い続けることをやめることは出来ない」


 グラスを宙に放る。赤い華が一瞬闇を彩り、虚しく深紅の絨毯にへばりつく。勢いがついていたためか、ワイングラスも呆気なく破壊され、きらきらと輝きを散らせる。


「面白くて、滑稽で、愚かしくて。やめたくて仕方がなくて。苦しくて、自分が嫌で、なぜ悪魔などに頼ってしまったのだろうとそう思うかもしれません」


 唇を引き、笑みを作る。


「それでも復讐は終わらない。願ってしまった力で、全てを奪い尽くすまで」


 彼は膨大な魔力と、憎しみを手にした。それを与えたのも、全ては自らの楽しみの為だ。三千年間の日々は、退屈ではあったがそれなりに面白かった。


 憎しみを絶えず植え付けた結果、狂いに狂った時もあった。自我が崩壊し、泣き叫ぶこともあった。


 その後に私は彼を慰め、彼が欲する愛を余すことなく与えた。完璧とはいかなくともここまで従順に、愚かに殺戮に走るように仕向けるのも、苦労したのだ。


 彼の望みを叶え、自らの興も確保する。見返りがなければ、交渉など最初からしていない。


「サァ、続けましょう。どうせ、これは終わりのない始まりに過ぎないのですから。永遠に続く演奏を……この孤城に奏で続けましょう?」


 夜想曲。それは夜を想いながら奏でる曲。


 力を望まぬ彼にとっては――罪を(あがな)う為の曲。

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