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【完結】孤城の夜想曲 -伝承の復讐者-  作者: 茶ひよ
第1楽章 赤い目の復讐鬼
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#11 孤独な奏者

「あの悪魔め……」


 セーツェンを統べる統治者である、公爵のレグルス・ベルガは頭を抱えていた。


 ベルガ家は他の追随を許さぬ名門貴族。


 音楽会や茶会、食事会などを定期的に開き、一般人との交流もしてきた。それ故に民達の事をよく知っている。


 統治者である為、毎日の連続殺人事件は早急に解決せねばならない問題だと思っていたし、情報も日に日に私の所に寄せられる。犯人も判明している以上、少しでも早く民達の不安を取り除きたい。


 伝承に名を残す、悪魔と称された男、スィエル・キース。これ以上の極悪人もそうそうないだろうと思わせるほどの許しがたい所業は、三千年経った今でも語り継がれている。


 彼が目覚めてからというもの、毎日犠牲者が出ていることが確認されている。共通点は、必ず夜に犯行が行われているということぐらいだ。


 昨日の夜には政府からの命令を受け、レグルスは銃を持たせた少年兵を目撃情報が相次いでいたセーツェン西部辺境地帯に派遣した。しかし、少年兵達からの連絡はない。恐らく、彼に殺されたのだろう。彼らは赤目を持っていたから、少しは遠慮すると思ったが、甘かった。


「レグルス様。ホットミルクをお持ちしました。あまり無理はされませぬよう」


「ああ、ありがとう」


 苛立っている主の様子を見かねたのか、執事がカップをレグルスの前に出す。ハチミツの香りがほっと漂い、温かな味が喉を滑る。


「この前のメッセージから逆に繋げば、会話ぐらいは応えるかもしれませんが……やってみますか?」


「できるならば頼みたい。とりあえず奴に言いたいことがある」


「承知しました」


 白い手袋を外し、執事は書斎の上に置かれた蓄音機に取り付けられた液晶をタップし、解析作業に取りかかる。そしてしばらくたった後、レグルスの方を振り向いた。


「……ああ、繋がりましたよ。申し訳ありませんが私は少々用件を残してきましたので、必要があればベルを鳴らしてお呼びくださいませ」


 扉がパタリと閉まったのを確認したレグルスは、液晶を少々乱暴に叩いた。


「おい! キース……殺人鬼スィエル・キース!! 聞こえているなら返事をしろ!」


 数秒の沈黙の後、面倒だと言わんばかりにため息が吐かれる。


「……煩い。そこまで大声でなくても聞こえている。何の用だ」


 多くの命を奪っているはずなのに、彼はこの態度である。命を奪うことに何の罪悪感も持っていないのだろう、とレグルスは思った。怒鳴りたい気持ちはやまやまだったが、レグルスは大きなため息をついて気持ちを落ち着かせた後、伝えるべき事を伝えることにした。


「今すぐ殺戮をやめろ。私は、セーツェン領主レグルス・ベルガだ。貴様のせいで民達に大きな影響が出ている」


「……そうか」


 スィエルは、なおも無表情を貫いている。氷の彫像のように整った顔ではあるが、今は人の命に関わる話をしているのだ。それをこうも軽く流されると、先ほどせっかく抑えたはずの怒りが沸いてくる。


「貴様の遊びに一体どれだけの犠牲者が出ていると思っている!?」


「四十七人殺した。遊びではない……これは、貴様らに対する復讐だ。この前言ったはずだが」


 間髪を入れずに、彼は抑揚のない声で答える。冷えた瞳から放たれる圧は、尋常ではない。奪われた命は今、彼の手中に収まり、望まない殺戮を強いられている。彼は死者さえも利用する。それは一体、どれだけの屈辱なのか。


「なら、少年兵も……」


「ああ、あの少年達か。殺したよ。そういえば、悪魔が嬉しそうにしていたな」


「貴様……!」


 子供であっても、彼にとっては関係ないのだろう。光のない瞳からは、感情を読み取ることも難しい。


「私は、復讐のために利用できるものは全て利用する。赤目の苦しみを味わわせ、貴様らがどれだけ私たちを苦しめてきたのかを思い知らせる」


 狂っている。こんな殺人鬼と同じ生物であるとは、とても思えないし、思いたくもない。


 希望を捨てた、深淵に至った者の言葉。感情を氷の刃で削ぎ落とし、見るもの全てを破壊した者の言葉。それは、もう人間が踏み込んで良い領域ではないのだろう。

 

「叫声をもっと聞かせてくれ。憎しみ、怒り……そうすれば、彼も満足してくれる……ああ、そうだ。君には特別に音楽を聞かせてあげよう。私は音楽が趣味でね」


「音楽……?」


 あまりにも話が飛びすぎていて、展開について行くことができないレグルスをよそに、スィエルはバイオリンを肩に乗せた。しかし、こんなに白いバイオリンをレグルスは見たことがなかった。陶器のようにつるりとした表面に、三本の細い弦が乗っている。


「サァ、共に奏でよう」


 その音は、酷く哀しげで、心を締め付ける。その音は、酷く痛々しく、心を抉る。気付いたときには、楽器が叫んでいた。多彩な表現や高度な技術といったレベルのものではない。


 楽器が唸り、荒れ狂い、泣き喚いていた。物寂しい木枯らしのような響きが、鼓膜を震わせる。


 段々と、黒い感情がレグルスを支配していく。目の前の奏者に憎しみを叩きつけたいという衝動が暴れ始める。彼が、民の命を奪った。その事実が、レグルスの首を絞める。


 抗いたい。こんな感情を民達にぶつけてしまえば、統治者として失格だ。レグルスは拳を震わせながら、彼が演奏を終えるのを待った。



「ククッ……無駄だよ。どうせ、膨れ上がった憎悪に対抗することなんて出来やしないんだから……」


 このバイオリンは、奏者の気持ちをそのまま反映する。楽しいと想えば明るい音になるし、悲しいと想えば、暗い音になる。この楽器は特別で、私の思いをいつも受け止めてくれる。だから、私にとってこのバイオリンは癒やしだった。


「貴様……!」


 怒りを抑えられないのだろう。声は荒く、目はギラリと私を真っ直ぐに睨み付けている。貴族だとは聞いていたが、ここまでの憎しみを見ると、砂粒程度の親近感は湧く。


「フフッ……もっと聞かせてあげるよ。君達を滅茶苦茶に壊したら……面白いだろうね。今、私の気持ちが少しは分かるだろう?」


「弄ぶな! お前のような化け物の気持ちを誰が分かるか!」


「へぇ……まだ分からないんだ。まだ理解してくれないんだ」


 理解されない苦しみ。痛み。それをようやく分かってくれると思ったのに。期待した私が愚かだった。力を望んだのは私だ。力で何もかも壊したのも私だ。でも、誰も私の思いなど考慮しない。私が叫び続けたあの地獄の二十一年間など、誰も知らない。


 誰もが私を嗤う。蔑む。「お前は悪魔だ」と罵る。


 でも。私を悪魔にしたのはお前達じゃないか。

 私の心を、体を、願望を傷付けたのはお前達じゃないか。


 他人が愛されていたとき、私は檻の中で震え続けた。

 他人が褒められていたとき、私は一人自分を罰し続けた。


 「自分は悪い子なんだ」と、そう自分を責め続けた。植え付けられた価値観の中で、私は欲を我慢し続けた。


 それなのに、どうして?


 どうして誰も、私を慰めてくれない?

 どうして誰も、私を認めてくれない?


 ――どうして誰も、私を愛してくれない?


 強くなった。犠牲を食らって、強くなった。私は暴力しか知らない。暴力以外に他人と干渉する術を知らない。


 力が無ければすぐに実験台にされたあの孤児院では、私は強くなるしかなかった。甘えることも、媚びを売ることも、全て無意味なもの。


 だから私は復讐する力が欲しかった。状況を変える力が欲しかった。それが例え、悪魔との契約という禁断の取引であったとしても。


「……別に良いよ。分かってくれないなら、敵として見なすだけだから」


 諦めよう。もう、誰も本当の私のことなど知らないのだ。伝承で語られたことしか、彼らは知らない。刃を振るい、ただ欲望のままに力を貪る私の姿しか知らない。一人でも仲間がいれば、まだ気持ちは楽なのに。それも、きっと永遠に叶わない夢なのだろう。


「私の孤独は……きっと君には分からない」


 雷術で通信電波を阻害し、そして乱暴に切る。ブツリと絶たれた通信は、私と敵との関係を、痛いほど明確に示していた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前回の感想の返信で、主人公のお茶目ポイントを見つけてくれと言われた気がしたのでw 君に音楽を聞かせてあげようと言って、本当に音楽を聞かせてあげるキースくんが素直ですねwww それから…
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