-intro- ある英雄の記録
辺境の雪山に建てられたこの城に、街を焼いた罪で追われた青年はたった一人で閉じこもっていた。
その報告を聞いて、私は青年を討つために念入りに準備をしてこの孤城に来たのだ。
そして、計画は成功した。彼を満身創痍の状態まで追い込み、あとは閉じ込めるだけ。何年もの耐久性を持つこの封印ならば、この青年も死ぬまでこの孤城からは出られないだろう。
赤い目を持った人間は、厄災を呼ぶとこの街では言われてきた。彼もまた、赤い瞳を持っていたために虐げられ続けていたのだ。その反動で、青年は殺戮に走ったのだろう。
「ああ、仲間はいなかった」
その青年、スィエル・キースは無念そうに呟いていた。
孤独のままに過ごした彼の言葉は、むなしく天井へと吸い込まれていく。
「長い間閉じ込められ、ようやく外に出たのに」
返り血がこびりついた手を震わせながら、彼は私に助けを求める。
だが、私はその手を払った。彼を封じる結界が、城の中に張り巡らされる。
最後の力を振り絞って青年は立ち上がるが、発動し始めた封印の破壊は不可能だろう。
「どうして、赤目は虐げられなければならない? 誰も、悪いことはしていないのに。目の色が違う、ただそれだけのことなのに。あとは君たちと同じはずなのに。赤目の人間は、普通に生きたいだけなんだ」
出来上がりつつある結界越しに、彼は悲痛な声で叫んだ。
そこで、ようやく私は己の間違いを悟った。この青年は、きっと後世に血も涙もない殺戮者として描かれる。
しかし、そうではない。血も通っている。感情もある。
彼は、ただ赤い目の人間たちを救いたかっただけだったのだ。
いつの間に術式を詠唱していたのか、彼の手から黒い靄のようなものが放たれ、私を包み込む。対抗しようと術式を詠唱しようとするが、もう遅い。全てが闇に食われていき、視界もだんだんと黒く染まっていく。
もう、手遅れだ。私も助からない。
だが、最後に一つだけ――。これだけは、伝えなければ。私にはしなければならないことがまだ残されている。
私は急いで術式を組み上げて一つの手帳を生成し、そこにこう書き残した。
「彼、スィエル・キースを救え。この世界は全てが過ちだ」