第四章 セーヴァたちの密かな楽しみ
【はじめに:セーヴァの接続方式について】
セーヴァが設備や機器のAIとして本領を発揮するための接続方式には、主に以下の三種が存在します。
1.全身接続
本機〈貝殻〉を使用した、最も高度な演算能力を発現する方式です。ナノマシン羊水槽に全身を沈め、感覚器官を全て機器に接続。眼・耳・鼻・舌・身・意の六識回路とマナ識回路をマシンに直結し、アラヤ識回路を全開放して対象を掌握します。セーヴァの精神育成状態が演算力を大きく左右します。また、本機には筐体のメンテナンス機能も備わっています。
2.有線接続※別売
羊水槽を用いず、ヘッドギア等でアラヤ識回路を接続します。設備投資が安価で、単純なシステムに多く用いられます。長時間連続して有線接続をする場合は、長時間対応型の椅子式ヘッドギアコネクター※別売を本機に接続してご利用ください。
3.無線接続
本機と無線通信でアラヤ識回路を接続します。筐体がフリー状態のため自我を保ちつつ生活動作が可能ですが、深い精通と高度な熟練度が要求されます。AS電脳のカロリー消費量が平常時の二〜三倍に跳ね上がるため、長時間の接続は推奨されません。
※いずれの接続方式においても、業務終了後、セーヴァは著しい空腹状態に陥ります。十分なカロリー補給を行ってください。
『超音速車両用新型〈貝殻〉取り扱い説明書』より抜粋
◇
碧い惑星フィグラーレへ向かってたわみながら伸びる、真っ白い六角形シャフトの側面を、『走る最先端ホテル』の異名を持つ、十七両編成のリニアシャトルが時速四〇〇キロで音もなく疾走している。
シャトルの十両目にある薄暗い貝殻部屋。モニターが並ぶ中央に最新の《貝殻》レールスターが鎮座し、その両脇には二台のヘッドギアコネクターが並んでいる。
ピーッと機械音が鳴り、右側のヘッドギアコネクターの座席リクライニングが起き上がり始めた。
「はぁ、おなかすいた……」
八時間のAI業務を終了した私は、接続器から両手を引き抜き、慣れた仕草でヘッドギアを外して黒く長い髪を振った。
私は外見年齢十六歳のTRAS04・ティエイタイプのセーヴァ、ユーシン。シャトルAIセーヴァの制服の上から胸部と腰を固定していたアームが解除されると、スカートの中で股間に吸着している接続器のランプが点滅を始めた。
「んっ」
三本の生体カテーテルがヌルッと身体から抜け、機器の中へ引っ込んでいく。マシンがスカートから出てブーンと振動し、消毒自浄を始めた。
私は周囲を見渡し、スカートの中でサッと粘着物を拭き取って下着の紐を結び直した。髪を整え、制帽をかぶり、交代のセーヴァがまだ来ないことにもう一度ため息をついて、無線接続に切り替える。
シャトルとリンクしている間、私はずっと気になっている二人組がいた。
リーアタイプの幼体セーヴァと、そのマスターであろう陰気なヒュームの青年だ。
きっかけは昼過ぎ。そのリーアタイプが挨拶もなく遠慮なしにシャトルのサーバーにオンラインしてきたことだ。リーアガルド号入港待機中の船舶情報などをガサツに漁り、関係ないどうでもいい情報まで閲覧して出て行った。
(……なに? この子)
というのが私の第一印象だ。図書館に土足で踏み入り、司書が笑顔で会釈しても無視して本を散らかし、片付けもせずに出て行ったようなものだ。
検索履歴も丸出しで、プライバシー意識とマナーの低さは幼体ゆえと判断できたが、問題はその中身だった。
どうでもいい情報からワールドネットへ飛び、何をコピーしたかと思えば、『ヒュームとセーヴァの恋愛について』『異性の気の引き方』『恋人同士の夜のすごし方 ヒュームとセーヴァ用』などといった、アダルトで赤裸々な情報ばかりなのだ。
(……まだ幼体のくせに、何を色気づいてるのよ!)
私は呆れ半分、そしてなんだか私まで顔が熱くなるのを感じながら、後々恥ずかしい目に遭うであろうその検索履歴を、手動でそっと消去してあげたのだった。
乗客名簿を確認すると、一番安く狭いツインの部屋を二人でとっている。
恋人関係にしては味気なさ過ぎる。そもそも幼体セーヴァを恋人にすることはマンカインドのモラルに反する。かといって親子関係にしては、二人はベタベタしすぎている。
いったいどういう関係なのか。気になった私は、AI業務の傍ら、監視カメラ越しにシャトル内を散策する二人を観察し続けた。
手を繋いだり、腕を組んだり。幼体リーアは事あるごとに大仰に感動し、主人の腕に飛びついていた。ここまでおしゃべりで落ち着きのないセーヴァは見たことがない。
「見てるこっちが恥ずかしくなるわ。よく口が疲れないわね」
私自身は、恋愛感情というものをまだ深く知覚していない。稼働四年の成体だが、同期にも恋をしているようなセーヴァはいないし、私にはこのリーアタイプのように親愛感情をぶつけたい相手もいない。
今は仕事が楽しくて仕方ないのだ。育ててくれたヒュームの老夫婦に恩返しをするため、このリニアシャトルAIという花形の職に就き、誇りを持って業務にあたっている。家庭と仕事で忙しく、恋どころではない。だからこそ、稼働三ヶ月の幼体が恋愛感情を抱くというのはひどく不自然に感じて、興味をそそられた。
もしかして、あの青年に『違法プログラム種子』や『セクシーウイルス』を使われているのではないか? そう疑ってしまうほど、彼女の様子は常軌を逸していた。
「おーっす、ユーシン」
薄暗いコネクティングルームに、両手にカップと袋を持ったアーゼルタイプのセーヴァが軽快に入ってきた。
「遅刻よ、ミフチル」
綺麗な金髪をツインテールにした外見年齢十二歳ほどの彼女は、こう見えて稼働八〇年の大先輩であり、シャトルの運用責任者にしてリニア界の大アイドルだ。精神年齢を若く保つよう意図的にメンテナンスしているらしく、名前で呼べときつく言われている。
「ユーシン、なに見てんの?」
ミフチルは遅刻を詫びることもなく、「ん」とセーヴァ用の甘いコーヒーを私に差し出し、私が覗いている監視映像に遠慮なくリンクしてきた。
「ほほぉ、この二人」
そこには食堂車の映像が映っている。フォークに刺した肉を青年の口元へ無理やり運ぼうとする幼体リーアと、顔を真っ赤にしてそれを拒否している青年の、騒がしくも微笑ましい夕食の光景だ。
「これ、過去の映像なんだけど、どう思う?」
「ふーん、どれどれ」
共通の趣味でもある人物観察。
車内で起こる人間模様のドラマを密かに楽しむシャトルAIセーヴァたちの、重大な秘匿行為である。このリニアシャトルにはミフチル、ユーシンそしてもう一人の、三人のセーヴァが8時間交代でAI業務にあたっており、この室内でのみ、三人限定でデータの遣り取りができるようすべてにセキュリティがかかっている。
目の前の背の低い金髪ツインテールは、甘いコーヒーを啜りながら映像やデータを高速処理していく。
「よくしゃべるねー、こいつ」
と、たははと苦笑いしながら同時に無線でシャトルとのアラヤ識回路リンクも始めていた。稼働四年の私にはこんなことできない。さすがだと思う。
「どうって、恋人同士なんじゃないの? でもあれ? 稼働3ヶ月って、まだまだ幼体じゃん。ってことは、親子関係? かな?」
人物観察八〇年の大先輩でも首を傾げるらしい。
「気になんの?」
「気になるわ」
私はピックアップした動画を並べた。酒に酔ったように恍惚とした表情で主人を見つめる姿や、腕にしがみついて小さな胸を押しつけている様子。そして、あのアダルトな検索履歴の件と、違法プログラムの懸念も伝えた。
「ははぁ、あー、これは……」
純粋な主人への愛情表現以上に、性的なアピールが感じられるが、明確にミフチルにも判別できないようだ。
「んー、たしかにそそられるね、この二人。親子以上恋人未満って感じじゃない? もしこのリーアタイプがさ、恋愛的なそっち系の感情をこのお兄ちゃんに抱いているんだったらさ、いやたぶんそうなんだろうけど。でもさ、このお兄ちゃんそんなに格好いいって感じじゃないし、稼働三ヶ月でどうしてそこまで好きになれちゃったの?ってあたしも興味わくね。でもユーシンが気にしてるような違法改造はされてないと思う」
「どうして?」
「それがはやったの30年くらい前でね、その時にてってー的に駆除されたからさ。軍用のアリエルタイプ総動員だったね。他にもお手伝いするセーヴァもたくさんいてさ、みんな怒ってたからすごかったよ。それにそういうウイルスとかプログラムとかってさ、セーヴァをべったりスキスキって状態にはしたけど、ここまで相手が困るほど引っ付いたりしゃべりまくったりするほどの『おバカ』にはしないよ。それにしてもこいつしゃべりすぎ。よくここまで口が動くね、こいつの舌、すり減らないようにそれこそ改造でカーボンナノファイバーとかでできてんじゃない?」
「おバカ」という身も蓋もない評価に、私は思わずクスッと笑ってしまった。たしかに、自己アピールがことごとく空回っている。
ツーッと機械音が鳴り、ミフチルがシャトルを完全に掌握したという通知が視界に入った。全車両が彼女の色に染まっていく。
「それじゃ、私あがらせてもらうわ」
私は無線接続を切って、制服を羽織った。
「ほ~い、おつかれちゃ~ん」と言いながら、ミフチルは反対側のヘッドギアコネクターのシートにあぐら座りして、モニターの一つをロールプレイングゲームの画面に切り替え、その傍らに袋からセーヴァヒューム兼用お菓子やジュースを広げた。不作法に座って下着が見えそうで見えないのは、もともとはいていないからだ。何かあった時、すぐに有線接続するなり《貝殻》に飛び込めるようにしている彼女なりの工夫だそうだ。リニアファンの間でカメラアングルによっては「もしかしたらはいていないのでは?」と話題を提供し続けているのも、大アイドルの所以の一つだ。しかしその実体は、お菓子を食べ、ゲームと車内の人物観察をしながらケタケタ笑い、無線接続でAI業務にあたるという姿だ。稼働80年の熟練だからこそできる神業でもあるが、この彼女の当直スタイルは毎度のことなので私はもう口を出す気にもならない。この部屋には三人のセーヴァ以外入ることはできないが、ファンがこの姿を見たらさぞショックを受けるだろう。いや、喜ぶかもしれない。
「今からお風呂だってさ。ユーシンも今から行けば、この名無しのリーアタイプに会えるんじゃない?」
部屋を出ようとした私に、ミフチルが仰け反りながら言った。
空腹でお腹が鳴りそうだったが、私は少しだけ逡巡し、決めた。
「……じゃあ、先に調整槽に行ってみるわ。あとよろしく」
ミフチルは「ほ~い」と呑気にゲームに戻っていった。




